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人ならざる彼ら〜人生に疲れていた僕、死にかけた先で邪神たちのなんでも屋に就職することになりました〜  作者: 鮎ヶ瀬お米
プロローグ

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4/11

なんでも屋の店長

 ——そのとき、先程まで鈴木が気にしていたパーテーションの隙間から、黒い猫がするりと入って来たのを湊は見た。

 

 二人は気が付いておらず、その猫は湊の隣にしとやかに座る。

 つややかな黒い毛並みに、しなやかにうねる尻尾。気品のある佇まいに、彼は思わず一瞬見惚れた。


「わあ……え、あの、この猫って……」


 慌てて、まだ言い訳している鈴木に小声で呟くが、聞こえないようだった。


「そもそもあそこに置いておくのが」

「にゃーん」

「うわっ」

「あああああ!?」

「うわあああああ!?」


 湊は思わず叫んだ。湊の小声よりもよくとおる声でその猫が鳴いた途端、高橋が短く、鈴木が騒々しく悲鳴を上げたせいだ。


「うるさいです」


 耳を塞ぐ高橋。

 鈴木は肩で息をして、パーテーションの角に縮こまっている。

 二人は猫の声にというより、その存在に驚いているような、同時になぜか少しだけ怖がっているような気が湊はした。


 しかもどういうわけか、叫んだ瞬間に鈴木の頭からは三角形の立ち耳が生えた。

 明らかに動物のものである黄土色のそれは、鈴木の驚きを現すように時々小刻みに揺れている。


「にゃあん」


 黒猫はもう一度鳴くと、大きな丸い目で湊を見上げた。


 その目に湊はどきりとする。


 毛の色によく映える黄色いその目に、品定めされているような錯覚に陥ったのだ。人間性を一瞬で見抜かれたような感覚。


 怖くなって湊が思わず目を逸らし、助けを求めるように鈴木を見ると、鈴木は頭に生えた耳を撫でつけて引っ込めようと格闘していた。

 湊の方に気をとめる余裕はなさそうで、高橋に見守られながら必死に耳を撫で付けている。


 助けてもらえなさそうだ、ともう一度黒猫の方を見て、そして湊は目を見開いた。そこにもう、猫はいなかった。


 代わりに、髪の長い女性が隣に腰かけて、湊を見下ろしていた。湊は目をこする。こすりおわっても、女性はまだそこに居た。


「ひ、と……?」


 思わず口から零れ落ちた呟きに、女性は口角を上げる。


「残念、人じゃない」


 瞬きをしても女性はやはりまだそこにいて、芯のある聞き心地の良い声は耳に滑り込んでくる。

 女性は組んだ足に乗せていた手を持ち上げて、胸に当てた。


「邪神さ」


「……え」


 仰天。

 刹那、先程からの違和感を思い出す。


 店と呼ばれたここになぜ高橋のような少年がいるのか。客にしては馴染んでいた。


 驚いた鈴木の頭からなぜ動物の耳が生えたのか。黄土色のそれはおよそ人間に生えて良いものではない。


 そして、猫がいたはずの場所に入れ替わったように突然現れた女性。


 まるで、まるで——異世界にでも来てしまったようだった。


 ◆


「お兄ちゃん」


 妹——結月が湊を見上げる。

 病院のベッドの脇に置かれた椅子には、今日は湊だけが座っていた。普段は両親も来ているのだが、休みを取り続けることに限界が来たらしく、今日は仕事に向かっていた。


「神様って、いると思う?」

「え」


 藪から棒に、という慣用句が頭をよぎる。直前までは両親が来ていないことを嘆いていたはずなのに、突然静かになったと思えば、先ほどの言葉だ。


 ただ、なんとなく適当に答えてはいけない気がして、湊はしばし黙った。

 そして、口を開く。


「いるよ」


 彼が静かに告げれば、結月は少し驚いてから、花が咲いたように笑みを浮かべる。


「そうだよね、そうだよね! ……でも、お兄ちゃんは『いない』っていうと思ってたから、ちょっとびっくり」

「そう言うつもりだったよ。夢みがちな自覚はあるし……でも、僕の妹がこんな目に遭っているんだから、神なんていない、いるわけない。……たださ、信じるしかないじゃないか。縋るしか……ないじゃないか」


 湊の声が弱々しく尻すぼみになる。結月はそれを見て、少しだけ表情を歪めた。そんな表情の機微に気がついて、湊は我に帰る。


「あっ、ご、ごめん。一番辛いのは結月だよな。僕がこんな、弱ってちゃだめだ……結月を、元気づける立場なのに」

「……違うよ。ないよ、一番とか。お兄ちゃんは私がこんなふうになってるのを見て、私と同じように、それ以上に治るよう願ってくれてる。それが私は嬉しいんだよ」


 不謹慎かもしれないけどね、とはにかむ彼女を見て、湊はやりきれなくなる。一番不安で一番怖がっているはずの結月は、今まで以上に明るく振る舞っている。自分より辛いはずの彼女に慰められることが、どうしようもなく湊をやるせない気持ちにさせた。


 着実に弱っていく妹を救う術が湊自身にないことが、嫌だった。


 結月が亡くなったのは、その数週間後だった。


 ◆


「そっか……神様なんですね!」


 湊は、驚かなかった。なぜなら湊は夢物語を好むタイプであり、そして、目に見えない類のものも片っ端から信じるタイプであったから。


 そして、妹がずっと、妹と共にずっと。信じてきた存在だったから。


「……驚かないのかい?」


 今度は女性が目を丸くした。話を聞いていた高橋と、やっと耳を引っ込めた鈴木も面食らっている。


「元々神様や幽霊は信じるタイプなので……この世のどこかには居るかなって」

「信じているのと実際に見るのは違う」


 高橋が静かに言った。


「まぁ、そうなんですけど……思ったより人っぽいから、かな」

「へぇ……中々肝が据わってるねぇ」


 女性が喉の奥で笑う。高橋は不思議そうに湊を見ていた。


「嗚呼、申し遅れたね。私は佐藤。この店の店長だよ」

「あっ、こんにちは……」


 湊が慌てて会釈すると、微笑んでから佐藤が、さて、と鈴木と高橋に向き直る。二人は途端に背筋を伸ばし、居住まいを正した。


「この子が無事だったのは何よりだけど、私の猫たちの憩いの場が大丈夫かは後で確認するからね」

「猫……?」

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