落としただけ
下校前の廊下。人の流れ、ゆるい。
靴箱の前で、ひもも何もないローファーに足を入れて立ち上がると、
前方に柏木くんと久我くん。その少し後ろに、篠原くんがいた。
――カツン。
篠原くんのポケットからスマホが滑って、床で一回跳ねた。
篠原「……あ」
足元のスマホを拾うため、篠原くんのきれいな指が伸びる。
透明ケース。内側に白い紙。
角がまるく曲がってて、消しあとがうっすら灰色。
見覚えのある絵。心臓がドン、と一回だけ大きい音を出した。
篠原くんがスマホを拾い上げ、ポケットにしまう寸前——
柏木「なにそれ、スマホ角から紙はみ出てるぞ」
篠原「これレシートっす」
そう言って、隠すように素早くポケットへ。
久我「色ついてるレシート、ある?」
篠原「最近は進化してるんすよ」
一瞬、沈黙。
表情はいつも通りの篠原くん。
(たぶん、気のせいでも偶然でもない)
私は靴箱の列から外れて、校門の方へ歩く。
(……もしかして、挟んでるの、私の最初のスケッチだよね)
信号待ち。頬は熱くない。心臓も普通。
ただ、歩き出すときに足取りが少しだけ軽かった。
その夜、ノートのリフィルを補充してから、ふと思い出す。
(スマホに挟んでくれてたんだ)
ちょっとだけ、嬉しい。
誰もいない部屋で、ムフフって小さい笑いが出た。




