ペアになった日
「今日は水草の葉の観察。スケッチはまず前の席、レポートは後ろの席」
先生の声に、胸が少しだけ固くなる。
(スケッチ……苦手なんだけど)
顕微鏡の前に座ると、篠原くんが何も言わずにプレパラートを渡してくる。
視野は合っている。見える。けど、描けるとは限らない。
湊「スケッチ、頼む」
短く言われて、うなずくしかない。
鉛筆が紙に触れる。
輪郭、ゆがむ。影、濃すぎる。
(だめ、線が震える)
焦るほど、手が言うことを聞かない。
篠原くんの視線が気になって、ただでさえ苦手なスケッチなのに、余計に上手くかけない。
沈黙のあと、かすかな息づかい。
湊「……あ、変わります」
優しく、でも茶化す温度で。
鉛筆がそっと抜き取られる。
私は気まずくて、視線を紙に落としたまま。
湊「佐伯、絵、苦手なんね」
私「う、ん……」
喉が乾いて、声が細くなる。
一瞬絡んだ視線に耐えきれず目を逸らし、
私「篠原くんがあんまり見てくるからだよ」
小さい声で思わず反撃してしまった。
でもすぐに、篠原くんみたいな人の視線を気にしてるなんて
自意識過剰みたいな発言だったかなってまた恥ずかしくなって、
必死にレポートに意識を向けた。
湊「倍率、10×からでいい?」
由奈「だ、大丈夫。条件、メモするね」
私は呼吸を整えて、ペンを持ち直した。
彼の線は迷いがなく、最小限で形をつくる。
私の文字と彼のスケッチが、ひとつの用紙の上で並ぶ。
(たぶん、それだけのはず)
そう思うのに、胸の奥だけ少し熱かった。




