8.
アサヒ「よっ、と。」
アサヒが丸めたゴミをゴミ箱目掛けて投げた。しかし、ゴミ箱の縁に当たり、箱の外側にゴミが転がった。
アサヒ「惜っしぃ!」
サカエ「はいはい。ゴミは投げません。」
アサヒ「これぐらい、いいじゃん。」
サカエ「駄目です。」
サカエは落ちているそのゴミを拾ってゴミ箱へと入れた。
サカエ「これからぼく一人で仕事にいってきます。留守番頼みましたよ。」
アサヒ「おぅ。任せとけ。」
今度はヤオに向かって、
サカエ「ヤオさん。何かやらかさないか、アサヒさんを見張っておいてくださいね。」
アサヒ「やらかさねぇよ。」
ヤオ「もちろん。任せて。」
サカエ「では、いってきます。」
◆
N市にあるとあるビルの中。その屋上。
市長「よく依頼を引き受けてくれた。心から感謝しているよ。ワシはN大都市の市長ツルマだがや。よろしく頼むでりゃ。」
サカエ「よろしくお願いします。」
市長「さて、この現状を見て欲しい。」
そこから見下ろす先には役所があり、その近くを多くのデモ隊が彷徨いている。
市長「見て分かる通り、今はデモ活動が活発だ。中には過激すぎるものも多くいる。今日、新条例を決行する。そのためには役所に行かなければならないが……」
サカエ「——デモ隊がいて迂闊には入れないってことですよね。」
市長「その通り。邪魔されて入れないのはもちろん、最悪身の危険も考えられる。まさにどえりゃあ状況だ。」
プラカードを持って列を組んで行進する人達。
市長「そこでサカエ君には役所へと安全にいく方法を見つけてほしいのだ。そして、もう一人、助っ人を頼んでいる。」
そこに現れたのは優しそうな微笑みを浮かべる男の人だった。
フシミ「初めまして。わたしはフシミと言います。この度はよろしくお願いいたしますね。」
サカエ「こちらこそ、よろしくお願いします。」
二人は頭を下げあった。
フシミ「しかし、ここまでのデモが行われるとは……」
市長「ああ。今じゃ、A県、世紀の大悪党。やつらにとってワシは倒すべき悪らしいからな。ワシを殺そうとしてる奴もいるという噂が広がっておる。」
フシミ「実にくだらないですね。現実で勧善懲悪を考えている人間は、『無知』か『保身』か、それとも『無心』か。少なくともろくな行動ではありません。」
サカエは頭の上にはてなを浮かべた。
サカエ「すみません、噛み砕いて説明してもらえますか?」
フシミ「もちろんですとも。上辺っ面で判断して、それ以上の理解をしようとしない。その『悪』とされる人と関わるほどに『そういうもの』と理解していきますから。これが"無知"です。」
サカエ(ほへー。)
フシミ「人は失うことを嫌う。だから、抗うのです。特に自分のこととなると強く。では、この場合はどうでしょうか。子育て支援金削減が、デモ隊の人たちにとって直接害することになるのでしょうか。」
市長「いや、ないな。」
フシミ「いても数名。そのほとんどは関係ないでしょう。では、なぜそこまで熱烈に行動に移せるのか。その答えの一つが"保身"です。何かが変わることを極端に怯えた可哀想な人たち。」
サカエ「では"無心"とは?」
フシミ「それが大半を占めているでしょうね。周りの人に流されているだけ。『目の前の多くの人が善』と考え、それに身を任せるだけ。深く考えることもないでしょう。いや、そもそも深く考えることのできる脳をお持ちではないのです。」
フシミはデモ隊を眺めながら言う。
フシミ「いずれにせよ、わたしにとっては、ろくな行動とは思えない。」
サカエ(そうなの……かな?)
サカエは疑問をそのまま飲み込んだ。
フシミ「さて、ここでいくら批判したところで物事は動かない。ツルマ市長を役所に届ける策略を考えましょう。」
サカエ「そうですね。デモ隊の位置的に正面突破は厳しそうですもんね。」
市長「では、裏口からは?」
サカエ「裏口からもです。」
市長「では、どうしようもないではないか!」
サカエ「はい。なので、道を開くためにぼくらが工作して市長さんがいけるようにするための作戦を今から考えるんです。」
フシミ「普通なら事故でも起こして気を逸らすのでしようが、私にはこれがあります。」
フシミはカードを取り出した。
サカエ「フシミさんもカードの能力者だったんですね。」
フシミ「えぇ。私のカードの能力は【願望変化】です。その人が望む"物体"にその人を変身させることができます。思考ができないモノなら平均十分間、変身を持続させることができます。」
市長「十分か……。(デモ隊の)近くで変身してバレてはいけない。離れた場所から変身する必要がある。少し心もとないな。効果を伸ばすことはできないのか?」
フシミ「難しいでしょうね。時間制約のないモノも例外も存在しますが、決議に出ることができなくなりますからね。」
市長「そりゃ、わや、だがや!」
サカエ「無理に方言使わなくていいですよ。ここにはぼくらしかいませんから。」
市長「……。」
サカエ「少し作戦を思いつきました。実はぼくもカードの能力者なんです。」
市長「なんと!」
サカエ「サシブカードの能力は【五感強化】——。五感を強化することができます。」
市長「そりゃ、頼もしい。」
フシミ「それで作戦とはなんでしょう?」
サカエ「はい。これは少し相談しなくてはいけない方法なのですが——」
サカエは二人に作戦を伝えた。
市長「本気で言ってるのか。いや、それならバレることはないが……。」
フシミ「実に面白い。試してみてもいいでしょう。」
市長「まあ、よい。大事なのはデモ隊に襲われることなく無事に役所に着くことだ。その作戦、試してみよう。」
◆
フシミ「では、変身させますよ。カードに触れて下さい。」
市長「ああ。」
市長はフシミの持っているカードに触れた。
すると市長はドッチビーのフリスビーへと変化した。
フシミ「これならツルマ市長が傷つきにくい。そして、ここから役所へと早く行かなければ……。」
フシミはループ——電動キックボード——へと乗り、そのまま役所へと向かった。
役所の近くはデモ隊で埋め尽くされていて、近づくことができない。
フシミはループから降りて役所へと近づくもデモ隊によって、まともに進むことができない。
フシミ(もう少し近くで投げたかったのですが、仕方ありませんね。サカエさん——)
フシミはフリスビーを投げた。方向は役所から少し離れた方向。
風に運ばれながら進んでいく。
その先にサカエがいた。
サカエ(五感強化の一つ触覚強化で、ぼく自身の体の動きを簡単に把握できる。)
サカエはゆっくりと落ちながら進むフリスビーをキャッチした。
サカエ(体の動きの把握は運動神経の向上に繋がる。今なら上手にフリスビーを投げられる。)
サカエは役所へと向かってフリスビーを投げた。
フリスビーは役所の中——人に見られない草の中へと入っていった。
そして、少しして市長の姿が元に戻る。
市長(ひとまず役所に来れた。後のことは、なんとかなる。……と思い込んで、今は目の前のことに集中しよう。)
しばくぞ隊と呼ばれる人達が息を荒らげて市長を待ち伏せている一方で、市長はそんな彼らを無視して役所の中へと入っていった。
無事に送り届けることができた二人。
二人はベンチに座って自動販売機のジュースを飲んでいった。
フシミ「サカエくん。彼らがもし市長を食い止め、政策を防げだとしたらどうなると思います?」
サカエ「真逆の考え、異次元の少子化対策の方針になっていくのではないのでしょうか?」
フシミ「つまり、それは子育て支援等にお金をたくさん投資する、でいいですかね?」
サカエ「はい。」
フシミ「ククッ。異次元なんて言っているのに、その政策はあまり効果がない。少しは子どもが増えるのかもしれませんが、少子化を食い止めることはできまい。本気で思っているのなら、中身のない話です。」
サカエ「そうなんですか?」
フシミ「少子化への対策は、二つ考えられます。」
サカエ「何ですか?」
フシミ「一つは"何もしないこと"。人はいつか死にます。寿命がありますからね。今いるお年寄りはやがて亡くなり、今いる少ない子ども達がその年代となる。今は少子だとしても、その頃には『それが普通』になっているはずです。」
サカエ「身もふたもない……。では、もう一つは?」
フシミ「これは、きっと誰も認めたくない方法だと思います。もちろん私も、あなたも。」
サカエ(そう言われると、ちょっと気になる。)
フシミ「日本は少子高齢化が進んでいる国です。欧米の国々もそのあとに続いていて、アフリカの一部の国でも同じような動きが出てきています。そこから考えれば、答えは見えてくるはずです。」
フシミは缶コーヒーをクイッと飲んだ。
フシミ「社会が便利になるほど少子高齢化は進むのですから、わざと不便にすればいいのです。そうすれば人は助け合わないといけなくなる。集落みんなで支え合うようになれば、家族という枠を超えて、子どもという存在の大切さが高まるはずです。」
サカエ「そっか。今は家の中にいても、スマホに夢中になったりして、家族の絆すら薄くなったりしますからね……。」
フシミ「そして、子どもを産めるのは女性だけです。ですから——」
サカエ(なるほど。女性だけ特別な待遇を作るってことですね。)
フシミ「女性の立場を、わざと低くします。希望は少ない方がいい。」
サカエ「えっ? そうなの? ええっ!?」
フシミ「えぇ。その方が子どもの重要性が高まりますから。苦しい人ほど、未来の希望"子ども"の必要さが増していきます。そして、子どもへの依存が高まる。さらに、馬鹿となれば子どもを産むリスクを考えずに済む。」
フシミはコーヒーを飲み干した。
フシミ「一方で、立場があって賢い人ほど、その立場を失わないように行動するので、必要とする子どもの数は少なくなります。大人数の子どもに大量のお金をかけるのは現実的ではありません。少ない人数にたくさんのお金と愛情を注ぎ込んだ方が子どものためにもなるし、現実的ですからね。」
サカエもジュースを飲み干した。
フシミ「飽和した希望の現在——。子どもを必要とするには考えることが多すぎる。その一方、地位が低ければ低いほど、希望を見上げて、考えることを無意識に放棄できる。即ち——」
フシミはデモ隊の声がする方を見ながら言った。
フシミ「乏しくなればいいんです——。本能優先の馬鹿な頭へ、希望に縋らざるを得ない発展途上の地位へ。まずは女性に対して始める。これが少子化対策の真髄なんです。どうでしょう、サカエくん。」
サカエ「ぼくは、それを認められないです。」
フシミ「そうでしょうとも。初めに言ったように誰も認められない。けど、認めなければ少子化対策はできない。私が言いたいのは一つ——」
フシミはベンチから立ち上がった。
フシミ「少子化対策の意見や案を言ったところで何かよくなる方法はないのです。なぜなら、その対策は、誰もが認められない方向にあるのですから。」
虚しい風が吹いていった。
フシミ「この世界は人にとって理不尽なんです。人でいる限─かぎ─りはとうしようもないことだらけなんです。」
デモの声は聞こえなくなった。さっきの声は解散の声だったのだろう。
フシミ「私はここで失礼します。あなたに会えて良かった。やはり、サカエくん、あなたにはナゴの面影がある。」
サカエが急いで立ち上がった。
サカエ「ぼくのお父さんを知ってるの?」
フシミ「えぇ。仕事仲間でしたから。」
フシミはカードを取り出していった。
フシミ「始まりの能力カードである【イルカード】を持つ私と、終わりの能力カードである【サシブカード】を持つあなた。数奇な縁で、またどこかで会える気がしますよ。」
そのままフシミは立ち去っていった。
無事に例の会は終わり、なんとか市長も無事に帰った。アサヒもそれを知って安堵の息を吐いた。
◆
『見つけ屋』の中。
アサヒ「なっ。お前っ。フシミと一緒に仕事したって本当か? 何にもされてないよな?」
顔を近づけるアサヒと遠ざけるサカエ。サカエは困った様子で汗をかいた。
アサヒ「何もされてねぇなら良かった。いや、よくねぇ。アイツはヤベェやつだからな。気は抜けねぇ。」
サカエ「そんなヤバイ人とか悪い人とかには見えなかったんですけど……」
アサヒ「何言ってんだ? フジ先生の暗殺に俺と一緒に関わった奴だぞ。」
サカエ「えっ?」
アサヒ「実際、フジ先生の家族に手をかけてる。」
サカエ「本当……に?」
サカエは動揺を隠せなかった。




