15.
ニシオ「どういうことだ? これは。」
フシミ「私のカードの能力は【願望変身】なのです。カードに触れた人を、その人が望むものに変身させることができます。」
ニシオ「んで、その力で、さっきの男を無理やりロボットに変えたってわけか。」
フシミ「語弊が生まれる言い方ですね。私はなにも、能力を貸し出しただけです。本人が自分の意思で自分から変身した。それ以上でもそれ以下でもありません。」
ニシオ「そうだな。犯罪を犯した。それ以上でもそれ以下でもねぇわな。」
フシミ「どういうことでしょうか。」
ニシオはココアシガレットの箱を取り出した。
ニシオ「人間の体に戻れねぇ障害を与えることは『傷害罪』って刑法があるんだよ。そこに本人の意思は関係ねぇんだ。」
フシミ「やはり勘違いをされている。」
ニシオ「あ? どういうことだ?」
フシミ「自分の意思で人間の体に戻ることはできますよ。もしその意思を持たないモノに変身した場合は十分間ぐらいしか変身が持続できない仕様でしてね。」
ニシオはココアシガレットを口に挟んだ。
ニシオ「ってことは、傷害罪じゃねぇって言いてぇのか?」
フシミ「えぇ。こちら側が少しでも故意に動けば罪に問われます。例えば、自由を奪う罪のように。ですから私は常に受け身なのです。私はカードを貸し出しただけであり、本人は自らの意思で変身した。」
ニシオ「ってことは、おまえさんは自由を奪ってないって言いたいわけか。」
フシミ「この世は罪刑法定主義。刑法に予め書かれている内容でなければ罪には問われない。」
サカエ(例えば、時の権力者が自分勝手に刑法を作って、自分の思い通りにする、などのようなことが起こらないようにするルール。)
フシミ「たった一枚のカードを差し出したことに対する犯罪はあるのでしょうか? そんな荒唐無稽な能力なぞ想定してなんかいないでしょう。もちろん、私は受け身という前提ですけどね。」
ニシオ「だが、その『結果』でロボットになっちまってる。こりゃ手遅れじゃねぇの?」
フシミ「そうですね。その『事実』は確かに受け止めましょう。」
ニシオ「あくまで受け身なんだろ? まっ、だがな、おまえさんは教唆罪や幇助罪を犯しちまってるようだぜ。」
アサヒ「教唆罪? 幇助罪?」
アサヒがサカエの耳元で囁く。
サカエ「犯罪や自殺などを唆して、その人に犯罪をさせたり死なせたりすることです。犯罪の機会や手段を提供することは、それに当てはまります。」
アサヒ「ふーん。なるほどな。分かんねぇ。」
アサヒがため息を吐いた。
フシミが深く息をついた。
フシミ「ですね。潔く認めましょう。」
ニシオ「それに、だ。さっきロボットにした男は先日の中学生誘拐犯だ。証拠隠滅に協力してんじゃねぇのか?」
フシミ「先程の彼は誘拐犯だったのですね。知りませんでした。」
ニシオ(顔が割れず指名手配し損ねたのが仇になったな。こっちでの余罪追求は難しそうだ。)
ガリッ。
ココアシガレットが砕かれる。
ニシオ「署まで来てくれるか?」
フシミ「えぇ、もちろん。」
すんなりとニシオの命令に応じるフシミ。
ニシオの後について進んでいく。
サカエ「どうして、こんなことをしているんです?」
フシミ「約二万人——」
サカエ「二万人……?」
フシミ「とある年の統計ですが、一年通して自死する大体の人数です。」
サカエ「そんなにも……。」
フシミ「約一万五千人——」
サカエ「今度は何の人数なんです?」
フシミ「薬物で検挙された人数です。」
アサヒ「多いな。」
ニシオ(それが嘘だったらいいんだけどな。事実なんだよなぁ。)
フシミ「自殺未遂。検挙されずにいる人々。それらを合わせれば、さらに数は増えますね。」
ニシオ「まぁな。んで、それがどうかしたのか?」
フシミ「人は感情によって自死したり違法な薬物に逃げたりしてしまう。それがいけないことだと分かっていながら。しかし、そのように逃げても絶望のまま終わっていくでしょう。」
建物の外でパトカーを待つ。
フシミ「そんなどうしようもない人達を救うのがこのカードなのです。自殺や薬物使用するぐらいなら、永遠に幸せを噛み締められるロボット化の方がよっぽど健全で、世のためになるとは思いませんか?」
サカエ(本当に一理あるのがとても嫌らしい……。)
パトカーがやってきた。
サクラ「後はA県県警の私達に任せて。」
フシミがパトカーへと乗り込んだ。
アサヒ「一件落着だな。」
サカエ(なんか胸騒ぎがするような……。)
空にかかる曇天と遠ざかっていくパトカーを眺めていた。
◆◆◆
フジ「休職中の間はできるだけずっとミズキちゃんの側にい続けようと思ってます。ようやく立ち直れてきてるんです。」
サカエ「それは良かったです。ミズキさんが立ち直りかけているのは、心の拠り所になってくれたフジ先生のお陰です。」
フジ「うちだけじゃないよ。アカイくんのお陰でもあるから。毎日欠かせずやってきて励ましてくれてるから。」
アカイ「こんにちは。」
アカイが元気よく挨拶をする。
ミズキ「こんにちは。」
ミズキも遅れて挨拶をする。
サカエ「気持ちはどう? 大丈夫……?」
ミズキ「うん。ようやくちょっと動けるようになったかも。」
その言葉を聞いて、サカエは安堵していた。
フジ「フシミは捕まったんっすよね。」
サカエ「えぇ。三日前に。」
その時、電話が鳴る。
ニシオからだった。
ニシオ『もしもし。サカエか。』
サカエ「もしもし。サカエです。」
ニシオ『フシミが釈放された。』
サカエ「えっ。どうして?」
ニシオ『そもそも科学的根拠がない。異能力カードの厄介な点だ。他人じゃ使用不可だからな。』
サカエ(例え殺されたとしても、その人の能力を他人が使うことができない。そう、他人じゃ能力を使えないから証明できない。)
ニシオ『黙秘権は認められた権利だ。証拠を出させようと使わすように言っても、フシミには使わない選択肢がある。』
サカエ(裁判でフシミのロボット化を証明するものがない!)
ニシオ『他にも起訴するための証拠が足りないと検察上層部が判断した。』
サカエ「じゃあ……」
ニシオ『さっき堂々と署の正面玄関から出ていったよ。——まさしく、法の限界だな。』
サカエ「じゃあ、もう彼を止める手段はないってことですか。」
ニシオ『普通ならそうなるな。だが、一つだけチャンスを作る方法がある。』
サカエ「チャンスを作る方法……?」
ニシオ『検察審査会って知ってるか?』
サカエ「検察審査会……?」
ニシオは電話越しでココアシガレットを噛む音を鳴らしていた。
ニシオ『不起訴の判断を覆す一手だ。』




