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珠景色の春風鈴  作者: 美珠夏/Mishuka
第1章 十四歳の春、日常の景色
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大扇の野望

 

 宮殿の近くに、御三家の屋敷は建てられている。

 珠景姫(みかげひめ)色歌(いろか)が幼少期を過ごした神島家の屋敷は、先祖が建てた古い建物だ。


 玄関の戸を開けて中に入ると、どこか懐かしい香りがした。

「久々に帰って来ましたね」

「宮殿に住み始めてからは、初めての帰省だもん」

「この家、結構好きなんですよ。家主は嫌いですけどね」

「……聞こえたらどうするの?」

「構いませんよ。むしろ、耳元で叫んであげたいくらいです」

「なんて恐ろしい妹なんでしょう。お姉ちゃんびっくりしてます」

「えへへ。可愛いですか?」

 照れたように笑みを浮かべる色歌(いろか)を見て、珠景姫(みかげひめ)は何も言わずに頷く。

 玄関先で茶番を繰り広げていると、屋敷の奥から一人の青年が出て来た。


「姫様、お待ちしておりました。色歌(いろか)さんも付き添いご苦労様です」

 大扇の付き人である佐藤栄一(えいいち)は、珠景姫(みかげひめ)と同い年の爽やかな青年だ。

 仕えている主とは対照的に温厚な性格であり、世渡り上手な一面もあって大扇にも気に入られている。


 珠景姫(みかげひめ)大扇(だいせん)とは主従の関係にあるが、色歌(いろか)にとっては仲の良いお兄ちゃん的存在だ。

 親の付き合いの関係で話す機会も多く、神島家の屋敷に住んでいた頃は良く遊んでもらっていた。今でも時々相談を持ちかけたりしている。


「では、ご案内しますね」

 栄一(えいいち)の背中を追うように、二人は実家の廊下を歩いていく。

 壁に飾られた般若の面と、廊下の隅に置かれた木彫りの鬼と目が合った。

 この廊下を一人で歩くのが怖くて、珠景姫(みかげひめ)に泣きついた事を今でも鮮明に覚えている。

 夜になると暗闇の中に姿を消し、明かりをつけたら突然姿を現す般若の顔と鬼。


 怖くない訳がない。十四歳になっても、やっぱり怖い。

 恐怖体験を手軽に出来る場所が実家の廊下にあるのは、本当に迷惑な話だ。何も気にせず歩く珠景姫(みかげひめ)栄一(えいいち)は、特殊な訓練でも受けたのだろうか。肝が座り過ぎている。

 前を歩く珠景姫(みかげひめ)の華奢な手に、色歌(いろか)はそっと手を伸ばす。


色歌(いろか)?」

 小さく振り返った珠景姫(みかげひめ)に声をかけられ、色歌(いろか)は慌てて手を引っ込める。

 無意識に手を繋ごうとしてしまった事に気づき、恥ずかしさが込み上げて来た。

「な、なんか虫が飛んでました。飛んでましたよー」

「え……背中に付いてたりする?」

「大丈夫です。もう、どこかに行っちゃいました」

「良かった」

「はい。良かったです」

 気づかれなくて。


「こちらの部屋でお待ちください。大扇(だいせん)様を呼んで参ります」

 栄一(えいいち)に声をかけられ、色歌(いろか)は気を引き締める。 

 客間に案内された二人は、姿勢を正して座った。

 部屋に入って来た父に、珠景姫(みかげひめ)色歌(いろか)は一礼した。

 仙人のように髭を伸ばした大柄な男。

 頭が固いうえに貪欲で、良い所は一つも無い。


「早速だが、本題に入るぞ」

 少しだけ前に座る珠景姫(みかげひめ)が、静かに固唾を呑む。


「八月八日。十七歳となる日に、『長姫(おさひめ)』に昇格してもらう」


 拒否権は無いらしい。

 重たい空気が二人の心を蝕んでいく。


「神島家が今後も権力を握り続けるためには、一刻も早く女子を授かる必要がある。相手はお前が選んで良い。早急に、結婚を済ませろ」


 姫が長姫(おさひめ)に昇格する際の条件には、結婚と妊娠が含まれている。

 また、女子を一人以上産むのがしきたりだ。


 長姫(おさひめ)が最初に産んだ子供が女子であれば、娘が次の世代の姫になる。しかし、女子を授かる前に、他の名家から女子が生まれると、その家に姫の権利が譲渡されるのだ。

 大扇(だいせん)は、何としても権利の譲渡を避けたいのだろう。


彩美家(あやみ け)の双子は子供を産める年じゃないから良いが、問題は侍屋敷家(さむらいやしき け)だ。あそこの姉妹はお前よりも年上で、既に結婚している。どちらかが先に女を産めば、次の姫は侍屋敷家(さむらいやしき け)の子供……良いか、これは急務だ」


 長姫制度(おさひめせいど)の裏では、御三家による権力争いが何百年と繰り返されて来た。

 それは今も変わらない。きっと、これからも続いていく。


「お前は女だろ。黙って従えば良いんだ。分かったか?」

「……はい」

 珠景姫(みかげひめ)大扇(だいせん)の威圧的な声に頷く。

 そして、要件を伝え終わった大扇(だいせん)は、何も言わずに部屋を出て行った。

 緊張から解放され、二人は深いため息をつく。


「帰ろっか」

 珠景姫(みかげひめ)は辛そうな表情を崩して、無理やり笑顔を作った。


 もう言葉は出て来ない。

 何もしてあげられない自分が情けなくて、悔しさが涙を滲ませる。

 苦しい程に締め付けられた心が、痛みを紛らわす為に叫ぶ。


 大嫌いだっ!


このエピソードを、

珠景姫 視点で楽しみたい方はこちら↓

『 珠景姫 Mikage hime 』:父の野望

https://ncode.syosetu.com/n2627jv/26


珠景姫Mikagehime ⇔ 珠景色の春風鈴

✼••┈┈┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈┈┈••✼

どちらから読んでも楽しめる物語


❀ 春風鈴→珠景姫(時系列順)

❀ 珠景姫→春風鈴(神島家の姉妹を深く知る)


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