大扇の野望
宮殿の近くに、御三家の屋敷は建てられている。
珠景姫と色歌が幼少期を過ごした神島家の屋敷は、先祖が建てた古い建物だ。
玄関の戸を開けて中に入ると、どこか懐かしい香りがした。
「久々に帰って来ましたね」
「宮殿に住み始めてからは、初めての帰省だもん」
「この家、結構好きなんですよ。家主は嫌いですけどね」
「……聞こえたらどうするの?」
「構いませんよ。むしろ、耳元で叫んであげたいくらいです」
「なんて恐ろしい妹なんでしょう。お姉ちゃんびっくりしてます」
「えへへ。可愛いですか?」
照れたように笑みを浮かべる色歌を見て、珠景姫は何も言わずに頷く。
玄関先で茶番を繰り広げていると、屋敷の奥から一人の青年が出て来た。
「姫様、お待ちしておりました。色歌さんも付き添いご苦労様です」
大扇の付き人である佐藤栄一は、珠景姫と同い年の爽やかな青年だ。
仕えている主とは対照的に温厚な性格であり、世渡り上手な一面もあって大扇にも気に入られている。
珠景姫や大扇とは主従の関係にあるが、色歌にとっては仲の良いお兄ちゃん的存在だ。
親の付き合いの関係で話す機会も多く、神島家の屋敷に住んでいた頃は良く遊んでもらっていた。今でも時々相談を持ちかけたりしている。
「では、ご案内しますね」
栄一の背中を追うように、二人は実家の廊下を歩いていく。
壁に飾られた般若の面と、廊下の隅に置かれた木彫りの鬼と目が合った。
この廊下を一人で歩くのが怖くて、珠景姫に泣きついた事を今でも鮮明に覚えている。
夜になると暗闇の中に姿を消し、明かりをつけたら突然姿を現す般若の顔と鬼。
怖くない訳がない。十四歳になっても、やっぱり怖い。
恐怖体験を手軽に出来る場所が実家の廊下にあるのは、本当に迷惑な話だ。何も気にせず歩く珠景姫と栄一は、特殊な訓練でも受けたのだろうか。肝が座り過ぎている。
前を歩く珠景姫の華奢な手に、色歌はそっと手を伸ばす。
「色歌?」
小さく振り返った珠景姫に声をかけられ、色歌は慌てて手を引っ込める。
無意識に手を繋ごうとしてしまった事に気づき、恥ずかしさが込み上げて来た。
「な、なんか虫が飛んでました。飛んでましたよー」
「え……背中に付いてたりする?」
「大丈夫です。もう、どこかに行っちゃいました」
「良かった」
「はい。良かったです」
気づかれなくて。
「こちらの部屋でお待ちください。大扇様を呼んで参ります」
栄一に声をかけられ、色歌は気を引き締める。
客間に案内された二人は、姿勢を正して座った。
部屋に入って来た父に、珠景姫と色歌は一礼した。
仙人のように髭を伸ばした大柄な男。
頭が固いうえに貪欲で、良い所は一つも無い。
「早速だが、本題に入るぞ」
少しだけ前に座る珠景姫が、静かに固唾を呑む。
「八月八日。十七歳となる日に、『長姫』に昇格してもらう」
拒否権は無いらしい。
重たい空気が二人の心を蝕んでいく。
「神島家が今後も権力を握り続けるためには、一刻も早く女子を授かる必要がある。相手はお前が選んで良い。早急に、結婚を済ませろ」
姫が長姫に昇格する際の条件には、結婚と妊娠が含まれている。
また、女子を一人以上産むのがしきたりだ。
長姫が最初に産んだ子供が女子であれば、娘が次の世代の姫になる。しかし、女子を授かる前に、他の名家から女子が生まれると、その家に姫の権利が譲渡されるのだ。
大扇は、何としても権利の譲渡を避けたいのだろう。
「彩美家の双子は子供を産める年じゃないから良いが、問題は侍屋敷家だ。あそこの姉妹はお前よりも年上で、既に結婚している。どちらかが先に女を産めば、次の姫は侍屋敷家の子供……良いか、これは急務だ」
長姫制度の裏では、御三家による権力争いが何百年と繰り返されて来た。
それは今も変わらない。きっと、これからも続いていく。
「お前は女だろ。黙って従えば良いんだ。分かったか?」
「……はい」
珠景姫は大扇の威圧的な声に頷く。
そして、要件を伝え終わった大扇は、何も言わずに部屋を出て行った。
緊張から解放され、二人は深いため息をつく。
「帰ろっか」
珠景姫は辛そうな表情を崩して、無理やり笑顔を作った。
もう言葉は出て来ない。
何もしてあげられない自分が情けなくて、悔しさが涙を滲ませる。
苦しい程に締め付けられた心が、痛みを紛らわす為に叫ぶ。
大嫌いだっ!
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『 珠景姫 Mikage hime 』:父の野望
https://ncode.syosetu.com/n2627jv/26
珠景姫Mikagehime ⇔ 珠景色の春風鈴
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どちらから読んでも楽しめる物語
❀ 春風鈴→珠景姫(時系列順)
❀ 珠景姫→春風鈴(神島家の姉妹を深く知る)




