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珠景色の春風鈴  作者: 美珠夏/Mishuka
第2章 夏に残した姉妹の景色
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祖父と孫


 蝉の鳴き声が、姫奥島(ひめおくしま)の夏を彩る。

 太陽に照らされた世界は眩しいくらい輝き、光と戯れるように濃い影も伸びている。

 青々しい田園風景の中を歩いていくと、『長姫(おさひめ)神社』と書かれた鳥居が見えてきた。


 長姫(おさひめ)神社は、歴代の姫の為に祀られた神社だ。

 御三家の人々は、姫の無病息災や長姫(おさひめ)の安産をこの場所で願い続けて来た。

 七五三や夏祭りなどの行事を通して、地域住民との繋がりも深い。

 朱色に塗られた木製の鳥居を潜り、苔の生えた石段を登っていくと、赤や緑の塗装が鮮やかな社殿が姿を現した。


 木々に隠された境内へと足を踏み入れると、そこに人の姿は無かった。

 祭りの時は賑わうこの場所も、普段は静寂に包まれている。

 自分と向き合う時間が必要になると、いつもここに来ていた。

 知り合いが来る可能性も低く、誰かに声をかけられることも無い。

 ここの宮司を除けば、色歌(いろか)の一人時間を邪魔する人はいないのだ。


色歌(いろか)。来とったんか」

「うわ、びっくりしたっ! ……出ましたね、祖父爺(そふじい)

 背後から声をかけられ、思わず大きな声を出してしまった。

 振り返ると、ここの宮司の扇寿朗(せんじゅろう)が立っていた。

 白に染まった長髪と髭が特徴的な小柄の老人で、色歌(いろか)の祖父でもある。


「祖父爺ではなく、おじいちゃんと呼んどくれ」

「いえ、結構です」

「わしがお願いしとるんじゃ」

「こちらが願い下げなので」

「ふぉっ」

「祖父爺? 大丈夫ですか?」

「笑っただけじゃ」

 二人は社殿に階段に腰掛けて、静かな境内に目を向けた。

 同じ景色を眺めながら、祖父と孫の何気無い会話を続ける。


「見ないうちに色歌(いろか)も大きくなったの」

「祖父爺も、見ないうちに老けましたね」

「ふぉっ」

「だから笑い方」

 子供のように笑う色歌(いろか)と、嬉しそうに微笑む扇寿朗(せんじゅろう)

 歳を重ねても、孫と祖父の関係性は何も変わっていない。

 一人の侍女ではなく、ただの孫娘で居られるのは本当に幸せな事だ。

 心の緊張感が解れていく。


「祖父爺ぃ?」

「なんじゃ」

「姉さんが長姫(おさひめ)になっちゃう」

長姫(おさひめ)昇格はまだ先の話じゃろ?」

 御三家以外には『珠景姫(みかげひめ)長姫(おさひめ)昇格』が公表されていないようだ。

 色歌(いろか)は小さく首を横に振り、本音を交えながら説明を始める。


「この前、父に呼び出されたの。付き添いに私を指名したうえに、神島家(かみしま け)の屋敷に来るよう命令された時点で気づいた。『あぁ。長姫(おさひめ)昇格の話だ』って。自分の欲望の為に、姉さんの事を道具として扱うあの人が本当に憎く感じた」


 黙って話を聞く扇寿朗(せんじゅろう)の横で、色歌(いろか)は話を続ける。


「歴代の長姫(おさひめ)を調べても、二十代後半に昇格した人が多かった。十七歳で長姫(おさひめ)になった人なんて一人もいない。二十歳でなった人すら、長い歴史の中で居ないんだよ? あまりにも早すぎるって……」


「ふむ……先代の長姫(おさひめ)が生きてたらの」

「母さんが生きてれば……?」

 先代の長姫(おさひめ)は、実母である咲月姫(さつきひめ)だ。

 珠景姫(みかげひめ)が十歳、色歌(いろか)が七歳の時に、母は病で命を落としてしまった。

 それ以降、長姫(おさひめ)不在の期間が続いている。


「あの方は、近年稀に見る頭の良い長姫(おさひめ)じゃった。それこそ、我が息子・大扇(だいせん)が従うしか無いくらいにの」


 扇寿朗(せんじゅろう)は懐かしむように笑みを浮かべる。


「まぁそうじゃな。自分の子供が長姫(おさひめ)と結婚すると決まった時は、雷に撃たれたかと思ったもんじゃ。ご挨拶に伺えば、綺麗に育った咲月姫(さつきひめ)がおって、『あぁ、これは困ったなぁと。大扇(だいせん)には勿体無いくらいの女性じゃ』と吐露したもんだ」


「仰る通りですね。本当に勿体無いです」

 長姫(おさひめ)神社の宮司として生きてきた扇寿朗(せんじゅろう)は、咲月姫(さつきひめ)の幼少期から最期までを知っている。

 だからこそ、聞いてみたい事があった。


「母は、長姫(おさひめ)になる事を望んでいましたか?」

 真面目な声で問いかけると、扇寿朗(せんじゅろう)は遠くを見つめて呟く。

「彼女は、長姫(おさひめ)として生きる事に誇りを持っておった」


「……そうですか」

 期待した答えは返って来なかった。

 我儘な自分が少しだけ情けない。

 歴代の長姫(おさひめ)達も長姫制度(おさひめせいど)に縛られる人生を望んでいなければ、都合が良かった。

 誰もが苦しんだ制度の撤廃という大義名分が得られるから。

 今の色歌(いろか)にはまだ、珠景姫(みかげひめ)を自由にする事が出来ない。

 また心に悔しさが滲み出る。


「過去が全てではない」

「……祖父爺?」

色歌(いろか)はまだ子供じゃからの。いつか、分かる日が来る」

 ゆっくりと立ち上がった扇寿朗(せんじゅろう)は、境内を見つめて呟く。

「久々に走るかの」

「寝たきりになりますよ」

「ふぉっ」

 扇寿朗(せんじゅろう)特有の笑い方に、色歌(いろか)も笑ってしまう。

「次会う時まで元気で居てくださいね。約束です」

 色歌(いろか)の小さな手と、扇寿朗(せんじゅろう)のしわしわの手。

 互いの小指を絡ませ、約束を交わす。

「また来ますね」

 子供のように大きく手を振って、色歌(いろか)長姫(おさひめ)神社を後にした。


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