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珠景色の春風鈴  作者: 美珠夏/Mishuka
第1章 十四歳の春、日常の景色
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島の御神体


「もう少しで着きますよ」


 明かりの無いトンネルの中へ、珠景姫(みかげひめ)色歌(いろか)は足を踏み入れる。

 ひんやりとした空気が肌にまとわりつき、潮の香りが鼻を掠めた。流れ込む風の声と、二つの足音が響く世界をゆっくりと歩いていく。


 眩しい光を抜けると、海辺の景色が広がった。


 二つの大岩で形成された岬の上に聳え立つ、樹齢千年の杉の巨樹。

 岩を呑み込むように太い根を張り巡らし、枝の先の深緑は空を目指している。

 潮溜まりに浮かぶ小さな岩の上を進み、二人は巨樹を見上げた。


「立派だね」

「近くに居るだけで生命力を感じますし、大切なものを守ってくれそうな気がしますよね。不思議な力も宿っていそうです」

「そうかも」

 笑みを浮かべた珠景姫(みかげひめ)は、黒松の大木に歩み寄る。

 そして、御神体の樹皮にそっと手を置いた。


「どうかお守りください」


 海風が巨樹の葉を揺らして遊ぶ。

 木漏れ日を浴びながら、珠景姫(みかげひめ)は御神体を見上げて微笑む。

 その姿はどこか儚く、ただ美しかった。


「そろそろ行きますよ」

「うん。手短に終わらせて早く帰ろう。宮殿の方がまだ居心地良いもん」

「閻魔の前が、居心地良いはずありませんからね」

「閻魔って」

「違いますか?」

「いや合ってる」

 吹き出すように、二人は笑い出した。

 楽しそうな笑い声が静かな岬に響き渡る。


 何気無いこの瞬間が、二人にとっては特別だった。

 周りを気にせず、姉妹で笑い合ったのはいつ振りだろう。

 宮殿以外の場所で生きる珠景姫(みかげひめ)の姿を見るのは、幼少期以来かもしれない。

 二人で外の世界を歩く事さえ、特別になってしまった。


 いつかの日常も、今では良い思い出だ。

 姉妹の私達は、成長の過程で『姫と侍女』へと姿を変えていたらしい。

 あぁ、悔しいな。


「姉さん」

「え、ちょっ、色歌(いろか)?」

 色歌(いろか)珠景姫(みかげひめ)に駆け寄ると、力強く抱きしめた。

 離れてしまった距離を埋めたくて、遠ざからないように抱き寄せる。

「……ふふ。どうしたの?」

 珠景姫(みかげひめ)色歌(いろか)の頭を撫でながら、優しく声をかけてくれた。

 温もりを感じながら、色歌(いろか)は素直な思いを吐露する。


「ただの妹に戻りたくなった」

「出たな、甘えん坊」

「誰も見てないから良いでしょ?」

「別に宮殿でも甘えて良いんだよ。私は気にしないし」

「才色兼備の侍女ですよ? 姉さんに甘えてたら、示しがつかないです」

「これで十四歳は嘘だな。年齢偽ってるでしょ」

「本当は三歳。ばぶー」

「でっかい赤ちゃんですねぇ。父の腕に抱かれておいで」

「喜んでお断り申し上げます。あの人に抱っこされるくらいなら、今のままで良いです」

「嫌ってるね」

「姉さんは好きなんですか?」

「私も大っ嫌い」

「この世界にあの人を好きな人なんて居ませんよ」

 抱擁を解き、二人は笑い合う。

「嫌だけど行くよ」

「仕方ないですね。行きましょうか」

 御神体に背を向けて歩き出す。

 しかし、すぐに珠景姫(みかげひめ)は足を止めた。


「こんな大きな穴あったっけ?」

 珠景姫(みかげひめ)の視線の先には、巨樹の根の間に出来た大きな空洞だった。

 落ちないように注意しながら、二人で穴を覗き込む。

 周りが岩で出来ている空間は真っ暗で、底は全く見えなかった。


「……落ちたら一発だね」

「ですね。考えるだけでも恐ろしいです」

 腕をさすった色歌(いろか)は、「でも」と言葉を続ける。


「仮に落ちたとしても、生きていれば出て来れそうですけどね。斜面はなだらかですし、木の根っこも割と下の方まで伸びているので」


「無事な訳ないでしょ、これ」

「それもそうですね」

「ごめん。無駄な時間取って」

「大丈夫ですよ。今から聞かされる話ほど、無駄な時間はありませんから」

「行くかぁ……」

「行きましょう……」

 綺麗にため息を重ねた二人は、神島家の屋敷へと歩き出す。

 快晴の空の下、心は静かに曇り始めた。


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