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珠景色の春風鈴  作者: 美珠夏/Mishuka
第1章 十四歳の春、日常の景色
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お散歩日和

 

 淡い桜色は爽やかな新緑へ。

 侍女の配置転換から一ヶ月。

 孤独感に苛まれていた珠景姫(みかげひめ)の瞳にも光が戻り、昔のように良く笑うようになった。


 いつかの日常に似た日々は、傷ついた珠景姫(みかげひめ)の心を癒していく。

 一人で済ませていた食事も、色歌(いろか)や双子姉妹と一緒に食べるようになった。

 退屈な時は花札や百人一首で遊び、寂しい夜は消灯時間まで雑談を楽しんだ。

 色歌(いろか)や双子姉妹と過ごす時間が増えた事で、珠景姫(みかげひめ)の侍女に対する認識は『身の回りの世話をする人』から、『一緒に生活をする仲間』へと変わっていったと思う。

 自由に過ごす珠景姫(みかげひめ)の姿を見ると、嬉しくて涙が込み上げそうになる。


 姫は孤独であるべき。という古い考えが嫌いだった。

 千年以上続く長姫制度(おさひめせいど)の歴史が生み出した伝統が、珠景姫(みかげひめ)の人生を縛り上げて苦しませる。痛みを堪えて生きる姿を何年も近くで見て来た。


 珠景姫(みかげひめ)の侍女である前に、私は姉さんの妹だ。

 姉さんを苦しめる環境は私が壊していこう。


 揺るがない決意が心に宿った日から、色歌(いろか)は頭を使うようになった。

 侍女として仕えるだけの一生を送るくらいなら、人生をかけて姉さんが幸せに生きられる環境を作りたい。

 だから、変革を起こせるくらいの知力と、意見を通せるくらいの信頼を得ようと努力してきた。十四歳の若さで『島一番の軍師』と謳われるようになっても、満足していない。


 色歌(いろか)が欲しいのは、珠景姫(みかげひめ)が幸せに生きる世界だけだ。

 それ以外、何も要らない。

 望む未来の為に、今日も色歌(いろか)は努力を積み重ねる。

 いつか、この努力が報われると信じて。


「準備出来ましたか?」

 部屋の外から声をかけると、不満げな珠景姫(みかげひめ)の声が返って来た。

「まだって事にしておいて」

「分かりました。付き添いの色歌(いろか)さんに伝えておきますね。私ですけど」

 今日は珠景姫(みかげひめ)の付き添いで外に出る予定だ。

 父である大扇(だいせん)に呼び出された為、幼少期まで過ごした神島家の屋敷へと出向く。


 姉妹揃って大扇(だいせん)の事が嫌いなので、わざわざ出向いてまで会わなきゃいけないのは苦痛でしかない。

 残念な父の頭が生み出した愚策を聞かされて時間が過ぎるのは、出来たてのご飯が冷めるのを待ってから食べるのと同じだ。無駄でしかない。そして、意味が分からない。

 考えるだけでもため息の滝が出来そうなので、色歌(いろか)は別の考え方に切り替える。


「集合時間まで余裕がありますし、二人で散歩しませんか? 父の呼び出しによる外出の扱いになるので、止める人も居ませんし。相手の我儘を上手く利用しましょう」


「妹が天才過ぎて、すぐ準備出来た」

 部屋から出てきた珠景姫(みかげひめ)は、言葉通り準備が整っていた。

 そして、いつになく明るい表情で目を輝かせている。

「あまり遠くには行けないので、御神体の方へ向かいましょう」

 宮殿を出た二人は、島の御神体がある岬へ向かって歩き出す。


 爽やかな青空を見上げ、珠景姫(みかげひめ)は笑顔を見せた。

「お散歩日和だね!」

 開放感に浸る珠景姫(みかげひめ)の足取りは軽く、嬉しそうに笑いながら外の世界を楽しんでいる。

 景色を眺めるのが好きな珠景姫(みかげひめ)にとって、宮殿に閉じ込められる日々は苦痛でしかないのだろう。中庭の桜が見せる四季の移り変わりだけしか、普段は楽しむ事が出来ない。


 自由に旅が出来たら、姉さんは誰よりも幸せに笑うはずだ。

 この世界に生まれた美しい景色に触れる度に、珠景姫(みかげひめ)も綺麗な瞳を輝かせる。

 絶景を眺める珠景姫(みかげひめ)の姿は、名画を超えるくらい絵になるだろう。


「ねぇ、色歌(いろか)

 名前を呼ばれ、隣を歩く珠景姫(みかげひめ)を見上げる。

長姫(おさひめ)になったら、何か変わるのかな?」

長姫(おさひめ)権限が使えるようになるくらいで、大きくは変わらないと思いますよ」

長姫(おさひめ)になっても、あの人が居るから……ねぇ?」

 色歌(いろか)の脳裏に、父である大扇(だいせん)の顔が浮かび上がる。

 ため息が出た。


「あぁ、一応父親のあの人ですか…… 長姫(おさひめ)権限を使って左遷させるのはどうです?」

「あの人が言うこと聞くわけないし、『長姫(おさひめ)の父が一番偉いんだ』って言い張りそうじゃない? 絶対に無理だと思う」

姫奥島(ひめおくしま)の害虫ですからね。駆除方法はしっかりと考えないと」

「……害虫はさすがに」

「虫に失礼でしたね。すみません」

 大扇(だいせん)の話をしていると、小さなトンネルが見えてきた。


 苔に包まれたトンネルの中は真っ暗で、遠くに白い光が見えるだけだ。

 あの光の向こうに、島の御神体は姿を隠している。


「もう少しで着きますよ」

 明かりの無いトンネルの中へと、二人は足を踏み入れる。

 ひんやりとした空気が肌にまとわりつき、潮の香りが鼻を掠めた。流れ込む風の声と、二つの足音が響く世界をゆっくりと歩いていく。


 眩しい光を抜けると、海辺の景色が広がった。


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