最期のお祈り
夕陽の光を纏う御神体は、息を呑むほど美しい。
曾孫と共にお祈りに来るのも、これが最初で最後だ。
珠景姫の魂が眠る御神体を見つめ、色歌は幸せそうに笑う。
「念願の曾孫が、ようやく生まれました」
「名前は『紬』です。おばあちゃんが名付け親なんですよ」
紬の姿を見せながら、明日香は嬉しそうに話した。
「私の大切な家族です。どうか、姉さんと共にお守りください」
小さな花束を供えた色歌は、そっと目を閉じて祈りを捧げる。
お久しぶりです。姉さん。
神島色歌の人生も、もうすぐ終わりを迎えそうです。
あの夏、十四歳だった私も、九十七歳のお婆ちゃんになりました。
もし、今も姉さんが生きていたら、節目の百歳を迎えていましたね。
私は姉さんより八十年多く生きていますから、その分の人生経験を積んできました。私が描き足してきた物語は、抱えきれない程に思い出で溢れているんです。
でも、もう思い出せない。
忘れてしまったんです。
何も持たずに生まれて来た私達は、何も持たずに還るように出来ているのでしょうか。
切ないですけど、それが人生なのかもしれません。
ただ、私はわがままなので、最期まで宝物を手放さないで生きようと思います。
珠景姫と生きた日々は、忘れません。
姉さんも覚えていてくださいね。
再会を果たしたら、あの日の続きを生きましょう。
懐かしい思い出を語り合って、新しい夢を見るんです。
そんな日が来る事を信じて、私は今日もあなたの帰りを待っています。
私は全ての約束を果たしましたよ。
それでも、姉さんは帰って来てくれないんですか?
私、ずっと待っていたんだよ――
目を開けると、涙がこぼれ落ちた。
どんなに年老いても、あの夏だけは忘れない。
それはきっと、十四歳の夏で心が止まっているからだ。
九十七歳になっても、私の心はあの夏に居る。
「お別れですね。姉さん」
お祈りを終えた色歌は、御神体に深々と頭を下げた。
そして、別れを惜しむように、立派な巨樹を見上げる。
「先、帰ってるね」
明日香の言葉を背中で受け取り、色歌は振り返って頷く。
紬を抱き抱えた明日香の姿は、トンネルの中へと消えていった。
母になった孫の姿を最後まで見送り、色歌は御神体に視線を戻す。
大好きな人がそこに居た。
あの夏と変わらない十七歳の珠景姫の姿を見つめ、色歌は切なげな笑みを浮かべる。
「やっぱり……居るじゃないですか」
夕陽の光なのか、姉さんの髪は金色に近い綺麗な色に見えた。
髪色が違く見えても、姉さんである事には変わりない。
珠景姫は優しい表情で色歌を見つめている。
「いつか、帰って来てくださいね。私はもう長くないので、曾孫の紬ちゃんに託そうと思います。そうすれば、長い間姉さんの帰る場所を守れますから」
弥栄も高齢であり、明日香も育児が落ち着けば復職して島を出るかもしれない。
だから、曾孫である紬に全てを託そうと思った。
「さようなら、姉さん」
巨樹の向こうに居る珠景姫を見上げ、色歌は自然な笑顔を見せる。
今までありがとう。これからも大好きだよ――




