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珠景色の春風鈴  作者: 美珠夏/Mishuka
第8章 珠景姫を想う夏
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最期のお祈り

 

 夕陽の光を纏う御神体は、息を呑むほど美しい。

 曾孫と共にお祈りに来るのも、これが最初で最後だ。

 珠景姫(みかげひめ)の魂が眠る御神体を見つめ、色歌(いろか)は幸せそうに笑う。


「念願の曾孫が、ようやく生まれました」


「名前は『(つむぎ)』です。おばあちゃんが名付け親なんですよ」

 (つむぎ)の姿を見せながら、明日香(あすか)は嬉しそうに話した。


「私の大切な家族です。どうか、姉さんと共にお守りください」

 小さな花束を供えた色歌(いろか)は、そっと目を閉じて祈りを捧げる。



 お久しぶりです。姉さん。

 神島色歌(いろか)の人生も、もうすぐ終わりを迎えそうです。

 あの夏、十四歳だった私も、九十七歳のお婆ちゃんになりました。

 もし、今も姉さんが生きていたら、節目の百歳を迎えていましたね。


 私は姉さんより八十年多く生きていますから、その分の人生経験を積んできました。私が描き足してきた物語は、抱えきれない程に思い出で溢れているんです。


 でも、もう思い出せない。

 忘れてしまったんです。

 何も持たずに生まれて来た私達は、何も持たずに還るように出来ているのでしょうか。

 切ないですけど、それが人生なのかもしれません。

 ただ、私はわがままなので、最期まで宝物を手放さないで生きようと思います。


 珠景姫(みかげひめ)と生きた日々は、忘れません。

 姉さんも覚えていてくださいね。

 再会を果たしたら、あの日の続きを生きましょう。

 懐かしい思い出を語り合って、新しい夢を見るんです。

 そんな日が来る事を信じて、私は今日もあなたの帰りを待っています。

 私は全ての約束を果たしましたよ。

 それでも、姉さんは帰って来てくれないんですか?

 私、ずっと待っていたんだよ――



 目を開けると、涙がこぼれ落ちた。

 どんなに年老いても、あの夏だけは忘れない。

 それはきっと、十四歳の夏で心が止まっているからだ。

 九十七歳になっても、私の心はあの夏に居る。


「お別れですね。姉さん」

 お祈りを終えた色歌(いろか)は、御神体に深々と頭を下げた。

 そして、別れを惜しむように、立派な巨樹を見上げる。


「先、帰ってるね」

 明日香(あすか)の言葉を背中で受け取り、色歌(いろか)は振り返って頷く。

 (つむぎ)を抱き抱えた明日香(あすか)の姿は、トンネルの中へと消えていった。

 母になった孫の姿を最後まで見送り、色歌(いろか)は御神体に視線を戻す。



 大好きな人がそこに居た。

 あの夏と変わらない十七歳の珠景姫(みかげひめ)の姿を見つめ、色歌(いろか)は切なげな笑みを浮かべる。


「やっぱり……居るじゃないですか」

 夕陽の光なのか、姉さんの髪は金色に近い綺麗な色に見えた。

 髪色が違く見えても、姉さんである事には変わりない。

 珠景姫(みかげひめ)は優しい表情で色歌(いろか)を見つめている。


「いつか、帰って来てくださいね。私はもう長くないので、曾孫の(つむぎ)ちゃんに託そうと思います。そうすれば、長い間姉さんの帰る場所を守れますから」


 弥栄(やえ)も高齢であり、明日香(あすか)も育児が落ち着けば復職して島を出るかもしれない。

 だから、曾孫である紬に全てを託そうと思った。


「さようなら、姉さん」

 巨樹の向こうに居る珠景姫(みかげひめ)を見上げ、色歌(いろか)は自然な笑顔を見せる。


 今までありがとう。これからも大好きだよ――




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