念願の曾孫
人生最後の八月八日。
それは、九十七歳で迎えた夏だった。
元号も『平成』へと変わり、三つ目の時代を生きている。
長姫制度を知る人物も、ついに色歌だけになってしまった。
身体機能もかなり衰えてしまい、杖を使わないと歩けなくなった。耳も遠くなり、補聴器をつけて生活している。
大病こそ患っていないが、病院でお世話になる機会は明らかに増えてしまった。
百歳までは生きられない。
きっと、今年で寿命が尽きてしまう。
余命宣告をされた訳では無いが、そんな気がするのだ。
だから、今日は最後のお祈りになる。
大好きな姉さんに会いに行こう。
今日は、あの夏に良く似ている。
桜の木が無い中庭に立ち、色歌は空を見上げていた。
今年も美しい青空が、どこまでも広がっている。
綺麗な音を奏でる風鈴と、夏の暑さを象徴する蝉の合唱。
そして、生きている事を伝える赤ちゃんの鳴き声。
「紬」
曾孫の名前を呼び、色歌はゆっくりと声がする部屋へ向かう。
しかし、色歌が辿り着く前に、一人の女性が慌てて駆け寄った。
「やっと寝たと思ったのに。今度はどうしたの? お腹空いたのかな? それともオムツ? でもさっき取り替えたばかりだし……」
慌てふためく三十代の女性。その背中にそっと声をかける。
「明日香。落ち着きなさい」
名前を呼ばれて振り返った明日香は、母の顔をしていた。
六月に島で出産を経験し、今は実家に戻って生活をしている。
夢だった水族館の飼育員になった明日香は、仕事優先の人生を歩んで来た。高校時代は恋愛に夢中だったのに、大人になってからは誰かに恋する事もなかったという。
そんな明日香が結婚したのは、出版社で編集者として働く年上の男性だった。
礼儀が正しく物腰が柔らかい人で、彼もまた仕事一筋の人生を送ってきたようだ。
仕事に一途な二人が結ばれ、初めて授かった女の子。
名前は、神島紬。
念願の曾孫であり、色歌が出会えた最後の家族。
生後二ヶ月の紬を抱き、優しく声をかける。
「ひいばあですよ」
色歌の顔を見て、紬は泣くのを止めた。
「姉さんみたいな、綺麗な女性に、育ってくださいね」
「私的には、おばあちゃんみたいな可愛い女性に育って欲しいんだけどな」
「私に似たら、食いしん坊で、泣き虫な子に育ちますよ?」
「……おばあちゃんって、食いしん坊で泣き虫だったの?」
「ええ。そして、甘えん坊です」
「意外過ぎる……まあ、愛される子に育ってくれたら何でも良いけどね」
色歌と明日香の会話を聞いていた紬は、また眠りについた。
「……今日のお祈りに、紬ちゃんを連れていきたいんですけど……だめですか?」
「珠景姫に、曾孫の顔を見せたいんでしょ? 良いよ。私も一緒に行くから」
「明日香……ありがとう。本当にありがとう」
色歌は深々と頭を下げる。
「言ったじゃん。『おばあちゃんの為に生きる』って」
明日香は笑顔を見せると、紬の元へと戻っていった。




