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珠景色の春風鈴  作者: 美珠夏/Mishuka
第7章 祖母と孫
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失恋記念日


 肌寒い季節がやって来た。

 鮮やかに彩られた紅葉も散り始め、冬を迎える準備に入っている。


 あれから数ヶ月が経ち、明日香(あすか)の進路問題にも進展があった。

 水族館で働く夢を父親に打ち明け、 明日香(あすか)は島を出る事を許してもらったのだ。


 母親として娘が心配な弥栄(やえ)は納得していない様子だが、現実を突きつけるように就職試験の結果が届く。


 明日香(あすか) は水族館の就職試験に合格した。

 修学旅行で訪れた水族館では無く、島から距離が近い小さな水族館だ。

 船とバスを使えば日帰りでも行ける場所にあり、最近では島に住む若者のデートスポットの一つになっている。


 故郷に近い場所で、自分の好きな仕事をして生きていく。

 それが、悩んだ末に明日香(あすか)が出した答え。


 母の思いも汲み取り、 明日香(あすか)は内定した水族館で働く事を決めたのだろう。

 無事に夢を叶える道へと進み、残りの高校生活は安泰だと思っていた。


 そんな矢先、明日香(あすか)が泣きながら帰って来た。

 制服は土で汚れ、擦りむいた膝からは血が出ている。


 小学校を最後に見ていなかった転んで怪我をした孫の姿。

 色歌(いろか)は慌てて駆け寄り、明日香(あすか)を廊下に腰掛けさせた。


「自転車で転んだんですか? 怪我もしちゃって……今、消毒しますね」

 救急箱を持って来た色歌(いろか)は、明日香(あすか)の怪我の処置を行う。


「事故にあった訳じゃないですよね? 誰かと喧嘩したとか、いじめられたりした訳じゃないですか? もし、何かあれば警察に連絡をしないと――」


「……ただ転んだだけ。泣きながら走ってたら、視界がぼやけて躓いた……」

 帰って来てから初めて口を開いた明日香(あすか)

 苦しそうな声を聞けば分かる。

 全力で走るほど、辛く悲しい出来事があったのだろう。


「今日はどうしたの?」

 泣き続ける明日香(あすか)の背中を優しくさすり、色歌(いろか)はくだけた口調で声をかけた。

 俯いて涙を落とした明日香(あすか)は、消え入りそうな声を漏らす。


「……こんな辛い思いをするくらいなら、恋愛なんてするんじゃなかった……」


 どうやら失恋してしまったらしい。

 色歌(いろか)は言葉を返さず、溢れ出る思いを吐露させる。


「もう行きたくない……生きたくもない……」

 涙が土で汚れたスカートを叩く。

「あのまま死ねたら良かったのにっ――」

「軽々しく、死ぬ選択をしないで!」

 色歌(いろか)の声が響いた後、辺りは静寂に包まれる。

 自分でも驚くくらい大きな声が出てしまった。


「生きていれば、どんな未来にでも進めるんです」


 色歌(いろか)明日香(あすか)をそっと抱きしめる。

 おばあちゃんになっても消えない後悔がある。


 あの夏、色歌(いろか)珠景姫(みかげひめ)を止める事が出来なかった。

 人生を十七歳で終わらせる決断に、色歌(いろか)は力を貸してしまったのだ。

 今度こそ、生きる道を選ばせたい。


 心の底に眠っていた思いが、咄嗟に 色歌(いろか)を突き動かしたのだろう。


明日香(あすか)を大切に思う人は、残された後もずっとあなたを想い続けるんですよ。そんな辛い日々を私は送りたくない。これ以上、大切な人を簡単に失いたくないの――」


 色歌(いろか)の言葉を聞いて、明日香(あすか)は『あっ』と声を漏らす。

 明日香(あすか)が後悔に浸る前に、色歌(いろか)は優しい声で語りかける。


「辛い時は私が傍に居るから、そんな悲しい選択をしないで。大丈夫。一人じゃないよ。明日香(あすか)は一人じゃない」


「……うん。ありがと……」

明日香(あすか)

 抱きしめていた腕を解き、色歌(いろか)明日香(あすか)の顔を見る。

 涙で濡れた顔は、まだ悲しそうに色歌(いろか)を見つめていた。


「人生が失敗だったかは、最期に決めなさい」

 伝えたい言葉を繋ぐ。

「もし、最後に良かったと思えるなら、どんな人生も失敗じゃない」

 自分の人生を振り返り、色歌(いろか)は穏やかな表情で微笑む。


「人生は長いですから、青春時代は一瞬ですよ。残りの高校生活を無駄にしない為にも、明日からは切り替えていきましょう。朝を迎えれば、今日の涙も思い出になりますから」


 涙を拭い、明日香(あすか)は静かに頷く。

「過去が全てではないんです」

 言葉の意味を理解出来ず、明日香(あすか)は戸惑いの表情を見せる。


「いつか、分かる日が来ますよ」

 ゆっくりと立ち上がり、 明日香(あすか)に手を差し伸べた。

「先にお風呂入っちゃってください。今日はお寿司を頼もうと思います」

 色歌(いろか)の手を取り、明日香(あすか)も立ち上がる。


「……なんかの記念日だっけ?」

明日香(あすか)の失恋記念日です」

「ひ、ひどいっ!」

「今日は盛大にお祝いしましょう」

 笑みを浮かべた色歌(いろか)は厨房へと歩き出す。

 明日香(あすか)も自室へと向かい、二人の距離は遠ざかる。


「おばあちゃん」

 呼び止められて、色歌(いろか)は後ろを振り返る。 

「ありがとっ。なんか元気出てきた」

 口元を緩めるを明日香(あすか)見て、色歌(いろか)は安堵の息を漏らす。

「どういたしまして」

 その一言を残して、色歌(いろか)は厨房へと戻った。


 あとは一人でも大丈夫だろう。

 孫と暮らせる時間も残り僅かとなり、色歌(いろか)の心は寂しさを覚える。

 切ない表情を見せる色歌(いろか)を、栄一(えいいち)は優しい目で見つめていた。


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