桜の追憶、夏空の風鈴
夕空の下、ひぐらしの鳴き声が響き渡る。
八月八日のお祈りには、小鈴と二人で行って来た。
画家の夢を叶えた事や、長姫神社に桜の絵を収めた事を報告した小鈴は、民宿までの帰り道で珍しく涙を浮かべていた。
時が経っても、癒えない傷はある。
色歌以外の侍女にとっては、突然の別れだった。
珠景姫の事が大好きで、年老いても変わらず想い続ける。
画家の夢を叶えた小鈴も、色歌と同じ人生を送って来たのだろう。
「小鈴。そろそろ、ご飯出来ますよ」
宿泊部屋に声をかけにいくと、小鈴は荷物の整理をしていた。
「ありがとうございます。色歌さんの手料理楽しみです!」
「普段は部屋に食事を持って来るんですけど、せっかくなので一緒に食べませんか?」
「良いんですか! 是非、お願いします」
「では、厨房の方に来てください」
「あ、色歌さん」
色歌を呼び止めると、小鈴は小さな箱を持って出てきた。
「頼まれていた風鈴です。先に渡しておこうと思って」
個展の際に『宮殿の桜を忘れないように、何か作って欲しい』とお願いしていた。
約束通り、今日の宿泊に合わせて作って来てくれたのだろう。
「ありがとうございます。開けても良いですか?」
小鈴は笑顔で頷く。
廊下に並んで腰掛けて、箱の中から丁寧に風鈴を取り出した。
桜の花と金魚が描かれた水色の江戸風鈴。
短冊には、中庭の桜のシルエットがお洒落に描かれている。
夕陽の光を浴びて輝く風鈴は、見惚れてしまうくらい綺麗だった。
「想像以上です。本当に、もう……凄いです。家宝が増えました」
目を輝かせる色歌を見て、小鈴は安堵の笑みを浮かべる。
「『中庭の桜と、姫様と過ごした夏を忘れない』それが、この風鈴に込めた思いです。お話を頂いた時は桜色の風鈴にする予定でしたが、姫様は夏が似合うので、爽やかな夏空のような水色の風鈴にしました」
一泊置いて、 小鈴は解説を続ける。
「風鈴に描いた夏空に舞う桜の花と、短冊に描いた中庭の桜の木。風が吹けば短冊の木が揺れて、花びらが舞うと同時に夏の音色を奏でる。この風鈴自体が、あの桜なんですよ」
感動を伝える言葉が見つからなかった。
幸せに満ちた表情で笑う色歌と、満足そうに微笑む小鈴。
中庭の桜を知る二人を、夕陽が優しく照らしていた。
「お忍びで行った夏祭りで、姫様と一緒に金魚すくいをしたので、私のサイン代わりに赤い金魚を泳がせてみました。桜の花が浮かぶ水面を金魚が悠々と泳ぐ姿は、自分らしく生きる姫様を表現しています」
「素敵な風鈴をありがとうございます。流石、姉さんが認めた才能の持ち主ですね」
「喜んでもらえて良かったです!」
「後で部屋に飾りますね。栄一さんと明日香が待っているので、ご飯にしましょうか」
箱の中に風鈴を丁寧に戻した色歌は、小鈴と共に厨房へと向かう。
自室に風鈴を置いて厨房に戻ると、明日香が料理の盛り付けをしてくれていた。
「やっと戻って来た。おばあちゃん遅いから、盛り付け終わっちゃったよ」
「仕事が減って助かります。では、食べましょうか」
「はーい。あ、小鈴さん。私の隣に座ってください」
「うん。ありがとっ」
栄一と色歌。明日香と小鈴。それぞれ並んで座り、手を合わせる。
「「「「いただきます」」」」
小鈴を交えて楽しむ夕食のひととき。
何気無い雑談から始まり、珠景姫が居た頃の思い出話で盛り上がった。
全員が箸を置く頃には、明日香の進路の話題へ。
「私さ、水族館で働きたいんだよね」




