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珠景色の春風鈴  作者: 美珠夏/Mishuka
第7章 祖母と孫
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忘れ去られた場所


 便利で暮らしやすい時代になった。

 夢奥島(ゆめおくしま)には『夢波(ゆな)海岸鉄道』という、第三セクター鉄道が走っている。


 島民の暮らしを支える移動手段の一つであり、島を横断するように伸びる線路は、侍屋敷家(さむらいやしき け)が移住した夢岬(ゆめみさき)地区まで続いている。


 鉄道の開業により、小春(こはる)と旅で訪れた汐咲(しおさ)の町にも、数十分で行く事が出来るようになったのだ。今の時代なら奥汐咲(おくしおさ)温泉にも、簡単に行く事が出来るだろう。

 夢波(ゆな)海岸鉄道は貴重な移動手段として、多くの島民の暮らしを支えているのだ。


 全五駅のなかで唯一の有人駅であり、始発駅となる『夢奥島(ゆめおくしま)駅』は松浦坂(まつうらざか)商店街と隣接している。商店街の入り口と駅前広場が繋がっている為、利便性が高い。


 かつて、お面工房があった海辺に立つ夢奥島(ゆめおくしま)駅が、今日の待ち合わせ場所だ。

 水色の屋根の駅舎に、色歌(いろか)は足を踏み入れる。

 木の香りが漂う待合室と、海が見える駅のホーム。


 ――姉さんが好きそうな場所だな。


 改札の先に広がる青の世界を見つめていると、朱色の気動車が姿を現した。

 ブレーキ音を響かせて、気動車はゆっくりと停車する。

 駅に降り立った乗客は数名で、その最後尾に大きな荷物を抱えた小鈴(こすず)が居た。


「あ、色歌(いろか)さん!」

 ゆっくり歩み寄って来た小鈴(こすず)に、色歌(いろか)は疑問を投げかける。

「何です? それ」


「姫様が描いた桜の絵です――」


 現存する唯一の珠景姫(みかげひめ)が描いた作品。

 燃やされずに済んだ桜の絵は、守ってくれた小鈴(こすず)に託していた。

「どうして、姉さんの絵を?」


「もうお婆さんなので、いつ死んでもおかしくないじゃないですか。この絵を託す子供も居ないので、この機会にお返ししようと思って」


 結婚せずに画家人生を謳歌した小鈴(こすず)は、今も一人で生活している。

 年齢的にも、残りの人生と向き合っていかなければならない時期だ。

 宝物を手放す覚悟を決めて、今日は来てくれたのだろう。


「ありがとうございます。あとは神島家で大切に守っていきますね」

「よろしくお願いします! あ、民宿までは私が持っていきますよ」

「では、お言葉に甘えて」

 姉さんの絵を大事に抱える小鈴(こすず)を見て、色歌(いろか)は表情を緩めた。

 駅のホームでは、気動車がゆっくりと走り出す。


「行きましょうか」

 色歌(いろか)小鈴(こすず)を連れて、駅舎を後にした。

 駅前広場近くでタクシーに乗り、ある場所を目指す。

 この機会に、小鈴(こすず)と訪れたい場所があるのだ。

 住宅街の中を走っていくと、木々が生い茂る丘が見えて来た。


「あ、ここで大丈夫です」

 運転手に声をかけて、二人はタクシーを降りた。

 目的地へ歩いていくと、草木に覆われた朱色の鳥居を見つけた。

 森に呑み込まれた鳥居には『長姫(おさひめ)神社』と文字が刻まれている。

「ここって……」


「人々に忘れ去られた場所。長姫(おさひめ)神社跡です」


 長姫制度(おさひめせいど)の撤廃に伴い、この神社は役割を失った。

 扇寿朗(せんじゅろう)の跡を継ぐ人も居なかった為、管理者不在のまま時間だけが過ぎていく。


 特別区として神島家の私有地になっている事もあり、一般の人々が介入する事も無かった。自然に還るようにして、長姫(おさひめ)神社は廃神社となったのだ。


「少しだけ寄っても良いですか?」

「もちろんです!」

 草木を掻き分けて、二人は朱色の鳥居を潜った。

 苔に覆われた石段をゆっくりと上っていき、神社の境内に足を踏み入れる。


 赤や緑の塗装が鮮やかな社殿は、雨風に晒される場所が朽ち始めていて、屋根には苔も生えていた。自然の一部になりつつあるが、まだ人の信仰があった頃の面影もある。


 夏祭りや結婚式など、この場所に残る大切な思い出の数々。

 社殿に近づくにつれて、懐かしい記憶が蘇って来た。


「なんか、感動しちゃいますね」

 社殿を見上げて、小鈴(こすず)は目を潤ませる。

「せっかくなので、社殿の中も見ておきましょうか」

 色歌(いろか)は閉ざされた社殿の戸を開き、明かりの無い室内へと足を踏み入れる。


 あの時代に使っていた懐かしい物ばかり置かれていて、そのどれもが埃を被っていた。

 まるで、一つの時代を閉じ込めた空間のようにも感じる。


「この場所に保管しませんか?」


 色歌(いろか)の言葉が、社殿の中に響く。

 驚いた表情を浮かべる小鈴(こすず)に、色歌(いろか)は思いを伝える。


「あの頃で時間が止まっているこの場所なら、いつかこの絵を守り抜いた意味が生まれると思うんです。それに、神島家で管理していても、私の死後どうなるか分かりませんからね。売られたり、捨てられたりする可能性も否定出来ません」


「確かにそうですね。私は、色歌(いろか)さんの気持ちを尊重しますよ」 

「私達二人で、お別れしましょう」

 長姫(おさひめ)神社に珠景姫(みかげひめ)の絵を奉納する。

 その決断をした二人は、最後に桜の絵を目に焼き付ける事にした。

 作品を傷つけないように、小鈴(こすず)は箱の中から一枚の絵を取り出す。


 中庭の桜を描いた風景画。

 まるで写真を見ているようだった。

 この景色を見る事が叶わない今だからこそ、込み上げてくるものがある。


「本当に……綺麗で、素敵な絵ですね」

「絵の輝きが色褪せないんですよ。一人の画家としてお手上げです」

 珠景姫(みかげひめ)の描いた風景画を楽しんだ二人は、絵を保管する場所を探し始める。

 社殿の中央に立ち、暗い室内を見渡す。


「あ、色歌(いろか)さん。扉の上とかどうです?」

 小鈴(こすず)が指をさす場所に、色歌(いろか)も目を向ける。


 そこは社殿の扉の上にある広い壁だった。

 入り口からは見えない場所であり、背を伸ばしても手が届かない高さだ。

 ここなら誰かに悪戯されたり、壊されたりするリスクも低い。

「良いですね。でも、どうやって飾るんですか?」


「一応、壁にかける為の小道具は持って来ています。どうにかして高さを出せれば、しっかりと飾る事が出来るんですけど……その高さを出す事が、一番の問題なんですよね」


「一度民宿に戻って、小さな脚立と共に誰か呼んできますか?」


「私達の力で何とかしましょう! この場所は、忘れ去られたままにしておきたいので」


「分かりました。では、足場になる物が無いか探しましょう」

 社殿の中を物色している時、色歌(いろか)はある事に気づく。

 結婚式の際に使用した椅子が、どこかにはあるはずだ。


 過去の記憶を頼りに探していくと、年季の入った椅子を幾つか見つけた。

 その椅子を持って、小鈴(こすず)の元へと向かう。


「これを使いましょう。壊れた時は、一緒に入院です」

 身体機能が低下している高齢者にとって、大きな怪我は命取りになる。

 細心の注意を払いながら、二人は珠景姫(みかげひめ)の絵を壁に飾った。


 最後の姫が描いた風景画が、長姫(おさひめ)神社で静かに眠り始める。

 いつか、この場所に飾られた意味が生まれると信じて――


「お別れですね」

 桜の絵を見上げ、色歌(いろか)は切ない表情で微笑む。

 しっかりと戸を閉めて社殿を出た二人は、最後にお詣りを行った。


 長姫(おさひめ)神社は、歴代の姫の為に祀られた神社だから――


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