色歌のアルバム
星が綺麗な初夏の夜。
色歌は一冊のアルバムを出して、明日香が来るのを待っていた。
孫が珠景姫に興味を抱いた事が、本当に嬉しくて仕方ない。
押し付けではなく、自分の意思で知りたいと思ってくれたのだ。その期待には、しっかり応えてあげたいと思う。
心の底から滲み出る喜びの感情に浸っていると、若い足音が近づいて来た。
そして、孫娘が姿を現す。
「お待たせ。準備出来たよ!」
寝落ちしても良いように、明日香には寝る支度を済ませてもらった。
あとは気が済むまで語るだけだ。
「どこから話しましょうか……姉さんの可愛いエピソード百選からいきます?」
「そ、そんな感じ!? 昔話の読み聞かせ的な語りを想像してたんだけど」
「もちろん、それも可能ですよ。『朝までノンストップ。聞き流し厳禁。最後の姫になった珠景姫の十七年』を語りましょうか」
「愛が凄い……」
明日香は微笑を浮かべる。
「……誰かを思い続けることは素敵な事だけど、その人の事だけを思って生きるのは少し重くない? 世の中には、そう思う人も沢山居ると思うよ」
「部外者が何て言おうと関係ないですよ。所詮、暇人の戯言ですから」
「い、一刀両断……」
「誰かの人生を否定する暇があったら、自分が幸せに生きる為の努力をしたらどうですか? 一人騒いでいる間に、否定された人は自分が信じた道の先で幸せを掴むんですよ。誰かを落とすのではなく、努力をして優越感に浸りなさい。分かりました? ちゃんと伝えておいてくださいね」
「いや、誰に!?」
「沢山居るんでしょう? その愚か者達にです」
「言い方酷くない!? 口が悪いよ、おばあちゃん」
「考えは人それぞれなので、干渉せずに調和を図れば良いんじゃないですか。受け入れてもらう必要も無いですし、否定される理由も無いんですから」
色歌の言葉に、明日香は納得した表情で頷く。
「明日香は、テレビに出ているアイドルが好きですよね?」
「うん! 憧れの存在なの」
「私にとって姉さんは、その憧れの存在だったんです」
あっ。と声を漏らした明日香は視線を落とし、申し訳なさそうに告げる。
「そっか……ごめんね、酷いこと言って」
「身も心も成長期ですから。今のうちに沢山失敗して、良い大人に育ってください」
色歌が優しく微笑むと、明日香も表情を和らげた。
「大切な人を思い続ける事は、私が生き続ける理由の一つでもあるんです。いつか、大切な人が見つかった時に、私の言葉の意味が分かるはずですよ。だから、頭の片隅に入れておいてください」
「うん。あんまり理解出来ていないけど、ちゃんと覚えておくね」
明日香は真剣な表情で言葉を受け取ってくれた。
そんな孫の姿を見て、色歌は嬉しそうに頷く。
「さて、本題に入りましょうか」
手招きをして明日香を近くに寄せると、色歌はアルバムを開いた。
最初のページには、一枚の写真が貼られている。
あの夏、最後に撮った珠景姫とのツーショット写真。
その右下には、可愛らしいデザインのメモ用紙も貼ってある。
『8月8日。大好きな姉さんと別の道へ。いつかまた会えると信じてます』
十七歳の珠景姫と、十四歳の色歌。
最高の笑顔で映る姉妹の姿は、半世紀が経っても輝いている。
「大好きな姉さんと、若かりし頃の私です」
「えっ! めっちゃ美人。アイドルみたい」
珠景姫の姿を見て、明日香は目を輝かせる。
「というか、おばあちゃんも凄く可愛いじゃんっ」
「ふふっ、可愛いですか?」
「次元が違うよ、これは。お母さんも綺麗な人だったの?」
「ええ。母さん『は』身も心も綺麗でしたよ」
「え、何で『は』を強調したの?」
「気にしないでください。そういう事です」
「……まあ、いっか」
明日香はページを捲る。
今度は見開き一ページを広く使って、幾つかの写真が貼られていた。
一枚ずつ見ていく。
十七歳を迎えた彩美家の双子姉妹のツーショット写真。
結婚した色歌と栄一が笑い合う写真。
色歌が二十歳を迎えた日に、侍女五人で撮った記念の一枚。
お母さんになった小春と、画家として成功した小鈴。
生まれたばかりの弥栄を抱く母になった色歌。
史深が生まれた日の家族写真。
弥栄と史深の成長を収めた日常の風景。
史深の結婚式に撮った神島家と侍屋敷家の集合写真。
母親同士になった色歌と舞風のツーショット。
結婚式の日に民宿で撮った弥栄の花嫁姿。
生まれたばかりの明日香。
幼稚園、小学校、中学校。それぞれの行事を楽しむ明日香の成長記録。
高校の入学式の日に撮った家族写真。
そして、写真が無い空白のページ。
明日香はそっとアルバムを閉じた。
「人生だね」
言葉が心に響く。
あの夏から五十年以上も、色歌は生きて来たのだ。
戦争や高度経済成長に伴う急激な時代の変化に翻弄された日々。
長いようで、あっという間の半世紀だった。
この五十年よりも、珠景姫と過ごした最後の一年の方が長く感じてしまう。
「少しだけ、姉さんとの思い出を語っても良いですか?」
「うん。聞かせて」
明日香の優しい声が、過去を懐かしむ心に溶けていく。
アルバムの一ページ目を開き、写真に映る珠景姫の姿を見つめる。
大切な思い出が脳裏に浮かび上がってきた。
色歌は記憶を辿りながら、珠景姫と過ごした日々を言葉にしていく。
姫と侍女として、同じ宮殿に暮らしながら育ったこと。
長姫制度を終わらせる約束をして、最後の夏を一緒に楽しんだこと。
八月八日。十七歳の誕生日が命日となり、最後の姫になったこと。
あの夏の出来事と当時の思いを、色歌の言葉で伝えていく。
明日香は最後まで、真剣な表情で聞いてくれた。
夜のひんやりとした空気も、今は不思議と心地良い。
気がつけば雨は止んでいて、色歌の目からは涙がこぼれ落ちていた。
泣き止んだ夜空の下、色歌も涙を拭って笑顔を見せる。
思い出話の最後に、綺麗な虹が架かると信じて――




