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珠景色の春風鈴  作者: 美珠夏/Mishuka
第7章 祖母と孫
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色歌のアルバム


 星が綺麗な初夏の夜。

 色歌(いろか)は一冊のアルバムを出して、明日香(あすか)が来るのを待っていた。


 孫が珠景姫(みかげひめ)に興味を抱いた事が、本当に嬉しくて仕方ない。

 押し付けではなく、自分の意思で知りたいと思ってくれたのだ。その期待には、しっかり応えてあげたいと思う。


 心の底から滲み出る喜びの感情に浸っていると、若い足音が近づいて来た。

 そして、孫娘が姿を現す。


「お待たせ。準備出来たよ!」

 寝落ちしても良いように、明日香(あすか)には寝る支度を済ませてもらった。

 あとは気が済むまで語るだけだ。


「どこから話しましょうか……姉さんの可愛いエピソード百選からいきます?」

「そ、そんな感じ!? 昔話の読み聞かせ的な語りを想像してたんだけど」


「もちろん、それも可能ですよ。『朝までノンストップ。聞き流し厳禁。最後の姫になった珠景姫(みかげひめ)の十七年』を語りましょうか」

「愛が凄い……」

 明日香(あすか)は微笑を浮かべる。


「……誰かを思い続けることは素敵な事だけど、その人の事だけを思って生きるのは少し重くない? 世の中には、そう思う人も沢山居ると思うよ」


「部外者が何て言おうと関係ないですよ。所詮、暇人の戯言ですから」


「い、一刀両断……」


「誰かの人生を否定する暇があったら、自分が幸せに生きる為の努力をしたらどうですか? 一人騒いでいる間に、否定された人は自分が信じた道の先で幸せを掴むんですよ。誰かを落とすのではなく、努力をして優越感に浸りなさい。分かりました? ちゃんと伝えておいてくださいね」


「いや、誰に!?」

「沢山居るんでしょう? その愚か者達にです」

「言い方酷くない!? 口が悪いよ、おばあちゃん」


「考えは人それぞれなので、干渉せずに調和を図れば良いんじゃないですか。受け入れてもらう必要も無いですし、否定される理由も無いんですから」


 色歌(いろか)の言葉に、明日香(あすか)は納得した表情で頷く。


明日香(あすか)は、テレビに出ているアイドルが好きですよね?」

「うん! 憧れの存在なの」

「私にとって姉さんは、その憧れの存在だったんです」

 あっ。と声を漏らした明日香(あすか)は視線を落とし、申し訳なさそうに告げる。


「そっか……ごめんね、酷いこと言って」

「身も心も成長期ですから。今のうちに沢山失敗して、良い大人に育ってください」

 色歌(いろか)が優しく微笑むと、明日香(あすか)も表情を和らげた。


「大切な人を思い続ける事は、私が生き続ける理由の一つでもあるんです。いつか、大切な人が見つかった時に、私の言葉の意味が分かるはずですよ。だから、頭の片隅に入れておいてください」


「うん。あんまり理解出来ていないけど、ちゃんと覚えておくね」

 明日香(あすか)は真剣な表情で言葉を受け取ってくれた。

 そんな孫の姿を見て、色歌(いろか)は嬉しそうに頷く。


「さて、本題に入りましょうか」

 手招きをして明日香(あすか)を近くに寄せると、色歌(いろか)はアルバムを開いた。


 最初のページには、一枚の写真が貼られている。

 あの夏、最後に撮った珠景姫(みかげひめ)とのツーショット写真。

 その右下には、可愛らしいデザインのメモ用紙も貼ってある。



『8月8日。大好きな姉さんと別の道へ。いつかまた会えると信じてます』

 十七歳の珠景姫(みかげひめ)と、十四歳の色歌(いろか)

 最高の笑顔で映る姉妹の姿は、半世紀が経っても輝いている。



「大好きな姉さんと、若かりし頃の私です」

「えっ! めっちゃ美人。アイドルみたい」

 珠景姫(みかげひめ)の姿を見て、明日香(あすか)は目を輝かせる。


「というか、おばあちゃんも凄く可愛いじゃんっ」

「ふふっ、可愛いですか?」

「次元が違うよ、これは。お母さんも綺麗な人だったの?」

「ええ。母さん『は』身も心も綺麗でしたよ」

「え、何で『は』を強調したの?」

「気にしないでください。そういう事です」

「……まあ、いっか」

 明日香(あすか)はページを捲る。


 今度は見開き一ページを広く使って、幾つかの写真が貼られていた。

 一枚ずつ見ていく。




 十七歳を迎えた彩美家(あやみ け)の双子姉妹のツーショット写真。


 結婚した色歌(いろか)栄一(えいいち)が笑い合う写真。


 色歌(いろか)が二十歳を迎えた日に、侍女五人で撮った記念の一枚。


 お母さんになった小春(こはる)と、画家として成功した小鈴(こすず)


 生まれたばかりの弥栄(やえ)を抱く母になった色歌(いろか)


 史深(ふみ)が生まれた日の家族写真。


 弥栄(やえ)史深(ふみ)の成長を収めた日常の風景。


 史深(ふみ)の結婚式に撮った神島家と侍屋敷家(さむらいやしき け)の集合写真。


 母親同士になった色歌(いろか)舞風(まいかぜ)のツーショット。


 結婚式の日に民宿で撮った弥栄(やえ)の花嫁姿。


 生まれたばかりの明日香(あすか)


 幼稚園、小学校、中学校。それぞれの行事を楽しむ明日香(あすか)の成長記録。


 高校の入学式の日に撮った家族写真。


 そして、写真が無い空白のページ。




 明日香(あすか)はそっとアルバムを閉じた。


「人生だね」


 言葉が心に響く。

 あの夏から五十年以上も、色歌(いろか)は生きて来たのだ。


 戦争や高度経済成長に伴う急激な時代の変化に翻弄された日々。

 長いようで、あっという間の半世紀だった。

 この五十年よりも、珠景姫(みかげひめ)と過ごした最後の一年の方が長く感じてしまう。


「少しだけ、姉さんとの思い出を語っても良いですか?」

「うん。聞かせて」

 明日香(あすか)の優しい声が、過去を懐かしむ心に溶けていく。


 アルバムの一ページ目を開き、写真に映る珠景姫(みかげひめ)の姿を見つめる。

 大切な思い出が脳裏に浮かび上がってきた。

 色歌(いろか)は記憶を辿りながら、珠景姫(みかげひめ)と過ごした日々を言葉にしていく。



 姫と侍女として、同じ宮殿に暮らしながら育ったこと。

 長姫制度(おさひめせいど)を終わらせる約束をして、最後の夏を一緒に楽しんだこと。

 八月八日。十七歳の誕生日が命日となり、最後の姫になったこと。



 あの夏の出来事と当時の思いを、色歌(いろか)の言葉で伝えていく。

 明日香(あすか)は最後まで、真剣な表情で聞いてくれた。

 夜のひんやりとした空気も、今は不思議と心地良い。


 気がつけば雨は止んでいて、色歌(いろか)の目からは涙がこぼれ落ちていた。

 泣き止んだ夜空の下、色歌(いろか)も涙を拭って笑顔を見せる。

 思い出話の最後に、綺麗な虹が架かると信じて――



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