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珠景色の春風鈴  作者: 美珠夏/Mishuka
第7章 祖母と孫
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民宿と孫娘


 紫陽花が美しい季節。

 屋根を叩く雨音を聞きながら、色歌(いろか)は中庭を眺めていた。


 現代の世界に、姫と侍女が暮らした宮殿は存在しない。

 中庭の中心で四季を語ってくれた桜の木も、過去の思い出になった。

 珠景姫(みかげひめ)が生きた時代の名残は、時代の変遷と共に消えてしまったのだ。


 宮殿があった場所には、神島家の自宅が建っている。

 色歌(いろか)が営む『民宿かみしま』としての役割も担う建物は、宮殿と同じコの字型をした平屋建ての屋敷だ。

 形は同じだが、一つだけ違う点がある。


 珠景姫(みかげひめ)の部屋だった場所には、家族と宿泊客を迎える立派な玄関が出来た。


 民宿を始める際に、色歌(いろか)が唯一こだわったのが玄関の位置だ。

 今の玄関は、松浦坂(まつうらざか)商店街から坂を上って来た場所にあり、宿泊客が利用しやすいという利点がある。加えて、御神体がある地区への部外者の侵入を防ぐ目的もあるのだ。


 しかし、この場所に玄関を作った一番の理由は別にある。

 長姫制度(おさひめせいど)に縛られていたあの頃。

 珠景姫(みかげひめ)は宮殿での生活を強いられ、ずっと自室で過ごしていた。


 自由に外に出て、自分らしく生きる。

 そんな人生を求めて、姉さんは長姫制度(おさひめせいど)の無い世界へ私達を導いてくれた。


 もしも、姉さんが帰って来たら――

 今度は何にも縛られず、好きな場所へと向かって欲しい。

 自分らしく生きて、幸せな表情で帰って来て欲しいのだ。


 珠景姫(みかげひめ)が居た場所に『どこへでも行ける扉』を作りたい。という色歌(いろか)の譲れない思いによって、今の場所に玄関が移された。


 御神体、小さなトンネル、民宿、松浦坂(まつうらざか)商店街、鈴鳴(すずなき)海岸。


 珠景姫(みかげひめ)が眠る場所から島の玄関口まで続く一本道。

 いつか、この道を通って、姉さんが行きたい場所に向かって欲しい。

 そんな事を、お婆ちゃんになっても思い続けている。

 今も変わらず、大好きだから――


「よっこいしょ。っと」

 ゆっくりと立ち上がり、色歌(いろか)は厨房へと向かう。


 もうすぐ、孫が帰ってくる時間だ。

 夕飯の支度をしながら孫の帰りを待つ。

 いつからか、それが色歌(いろか)の日課になっていた。

 今日は宿泊客が居ない為、家族が食べる分だけを作っていく。


 一度は家族を失ったが、結婚して新しい家族が出来た。

 宮殿での仕事を中心に生きていた色歌(いろか)は、二十代後半に二人の娘を授かる。

 気分屋で口達者な長女、弥栄(やえ)

 内気でお淑やかな次女、 史深(ふみ)

 結婚してお母さんになった娘達は、それぞれ育児に励んでいる。


 最初に嫁に行ったのは、次女の史深(ふみ)だった。

 嫁ぎ先は、侍屋敷家(さむらいやしき け)舞風(まいかぜ)の三男と結ばれたのだ。

 御三家同士での結婚は前例が無く、長姫制度(おさひめせいど)が無い世界を象徴している。


 まさか、自分達の子供が結婚するとは思わず、結婚式の際には舞風(まいかぜ)と笑いあった。

 色歌(いろか)舞風(まいかぜ)

 侍女から母になった二人を、再び繋いでくれた子供達には感謝しかない。


 長女の弥栄(やえ)が結婚したのは、三十代になってからだった。

 出産後も一緒に暮らしながら、今日まで民宿を手伝ってくれている。

 そんな弥栄(やえ)の一人娘であり、色歌(いろか)の孫娘。

  明日香(あすか)が帰って来た。


「ただいまー。ねぇ、雨降り過ぎなんだけど。ほんと、最悪」

 雨で濡れたショートヘアの黒髪をタオルで拭きながら、明日香(あすか)はため息をこぼした。


 高校三年生の明日香(あすか)は、奥島(おくしま)高校の制服であるセーラー服を着ている。

 傘を差して歩かずに、雨を浴びながら自転車で帰って来たのだろう。

「先にお風呂入っておいで。その間に、ご飯を作っておきますから」

「はーい。あ、聞いてよ。今日、先輩がさ――」


「濡れたままご飯食べるんですね。分かりました。今準備するので座ってください。椅子は濡らさないように座ってくださいね。少しでも濡らしたら、乾くまで座って――」


「あぁ、はいはい。今行きますっ! すぐ行きますよー」

 早口で捲し立てる色歌(いろか)から逃げるように、明日香(あすか)は厨房を出て行った。

 一人になった色歌(いろか)は笑みを浮かべ、夕食作りを再開する。

 孫と一緒に食事を楽しみたい。その一心で。


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