表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
珠景色の春風鈴  作者: 美珠夏/Mishuka
第7章 祖母と孫
PR
52/64

夢の足跡、夏の約束

 

  『 珠景桜(みかげざくら)


 彩美(あやみ) 小鈴(こすず)

 最新作であり、最後の作品。

 色と図形を駆使した抽象画家として、小鈴(こすず)は制作活動を続けてきた。


 その小鈴(こすず)が引退作として描いたのは、対象物を具体的に描く具象画だった。

 桜の木を見上げる女性の後ろ姿が、どこまでも優しく綺麗な色使いで描かれている。



「姉さん――」



「姫様に貰った夢なので、最後は姫様を描こうと決めていました」

 どんなに歳を取っても、珠景姫(みかげひめ)は私達の憧れだ。

 一緒に生きた時間は宝物であり、あの夏の思い出を今も鮮明に覚えている。


「素敵な作品をありがとうございます。心が温まりました」

 感謝の思いを伝え、色歌(いろか)は優しく微笑む。


 作者の解説付きで個展を楽しんだ色歌(いろか)は、入り口の方に目を向ける。

 まだ他に来客は無く、個展会場には小鈴(こすず)色歌(いろか)の二人だけだ。


「少しだけ、座って話しませんか?」

「良いですね! 受付の席でも良いですか?」

「ええ。どこでも大丈夫ですよ」

 早速、二人は受付の席に座り、会話に花を咲かせていく。

 あの夏の思い出を語り合った後、お互いの今について話し始めた。


「――画家としての活動は引退して、残りの余生は静かに暮らそうと思います」


「どうして、引退を決断したんです?」


「実は目が悪くなって来ちゃって、いずれ絵が描けなくなるかもしれないんです。なので元気なうちに『珠景桜』を描いて終わろうと思いました」


「そうだったんですね……」


色歌(いろか)さんは、今も宮殿の管理人をしてるんですか?」

「宮殿はもう取り壊したので――」

「えっ!? 何でですか!?」

 大きな声を出した小鈴(こすず)は、目を見開いて言葉の続きを待つ。

 一度遮られてしまった話を、色歌(いろか)は改めて語り始めた。


「孫が生まれた年に、老朽化によって解体する事が決まったんです。中庭の桜も老齢化による倒木の危険性があったので、宮殿の解体に併せて伐採されました」


「……あの景色はもう見られないんですね。残念です」

 小鈴(こすず)は寂しげな声を漏らす。


「解体後は、同じ場所に家を建て直して民宿を始めました」

「み、民宿ですか!?」

「はい。『民宿かみしま』として、新しいスタートを切りました」

「民宿を始めた理由とか、聞いても良いですか?」


長姫制度(おさひめせいど)の撤廃に向けて小春(こはる)と共に旅に出た時に、奥汐咲(おくしおさ)温泉に宿泊したんです。人生で初めての外泊だったので、疲れを忘れてしまうくらい胸が高鳴りました。温泉を堪能したり、美味しいご飯を頂いたりするなかで、宿泊業に興味を抱いたんです」


 一拍置いて、色歌(いろか)は話を続ける。


「老朽化の話が出たタイミングで、民宿を営む夢を栄一(えいいち)さんに話しました。家族の協力が不可欠なので、娘達にも相談しましたよ。否定的な意見も一つくらい出ると思ったんですけどね。みんな協力的で、一緒にやりたいって背中を押してくれました」


色歌(いろか)さんが営む民宿。いつか、私も泊まってみたいです!」

「大歓迎です。是非来てください」


「今年の夏、お祈りと併せて泊まっても良いですか?」

「ええ、もちろん。姉さんも喜ぶと思います」

「夏が待ち遠しいです」

 嬉しそうに笑う小鈴(こすず)を見て、色歌(いろか)も表情を緩める。

 八月八日の予約を忘れないように手帳に書き記した後、色歌(いろか)はある事を思いついた。


「一つだけ、頼み事をしても良いですか?」

「なんなりとお申し付け下さい!」


「宮殿の桜を忘れないように、何か作って欲しいんです。出来れば、普段から飾っておけるものが良いんですけど」


「なるほど……絵とか置き物じゃない方が良いですか?」


「そうですね。難しい注文をしている自覚はあるんですけど、日常に溶け込むような物であの夏を感じられるものが良いです」


「んぅ……えぇ。んむ……桜を題材にした夏を感じる日常的なもの……」

 小鈴(こすず)は頭を悩ませる。

 静寂が時間を贅沢に使う。

 息を吸う音を追いかけるように、小鈴(こすず)の声が聞こえた。


「――桜色の風鈴とか、どうでしょう?」


「最高じゃないですか」


「ガラス職人の友人が居るので、相談して作ってみますね。泊まりに行く時までには、何とか仕上げて持っていきます!」


「ありがとうございます。楽しみにしていますね」

 笑顔を見せた色歌(いろか)は、ゆっくりと立ち上がる。

 もうすぐ、一般の人も個展を見に来る時間帯だ。

 現に階段を上る足音も近づいて来ている。


「また夏に会いましょう」


 その一言を最後に、色歌(いろか)小鈴(こすず)の個展を後にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ