半世紀、夢の個展
時代は移りゆく。
長姫制度の撤廃から半世紀以上の時が過ぎた。
戦後の高度経済成長に伴い、島の景色も変貌を遂げる。
長姫地区から鈴鳴海岸へと続く長い下り坂。
かつて田園風景が広がっていた場所には、観光地としても期待される商店街が整備された。石畳が敷かれた道の両脇には、多種多様な店が立ち並んでいる。
島民の暮らしを支える『松浦坂商店街』は、今日も活気に満ちていた。
とある場所を目指す色歌は、ゆっくりと石畳の上を歩いていく。
あの夏、十四歳だった色歌も、七十代後半のお婆ちゃんになった。
人生経験が豊かになる一方で、身体機能は徐々に衰えていく。
老化に抗う努力を重ねて来たつもりだが、年齢も重ねて来てしまったのだ。
若い頃は可愛いと評判だったのに、今となっては誰も褒めてくれない。
この際、道行く人に『可愛いですか?』と聞いてみるのも良いかもしれない。
ばかなんですか。
すぐに理性が働き、色歌の心は思いとどまる。
気がつけば、目指していた文房具屋の前で足も止まっていた。
ガラス戸に映る自分の姿を見て思う。
お婆ちゃんとしては可愛いかもしれない。
年老いても、自己肯定感の高さだけは衰え知らずだ。
穏やかな表情を浮かべた色歌は、お店の中に足を踏み入れた。
静かな店内を歩き、二階へと上がる。
文房具屋の二階は小さな展示室となっていて、島に暮らす芸術家達が個展や販売会を行う場所として利用されているらしい。
その展示室で、今日から新しい個展が始まる。
『独創的な色彩の世界 彩美 小鈴展』
色歌が二十歳の春。
十六歳の小鈴は、画家になる夢を打ち明けてくれた。
姉さんが叶えられなかった夢を継ぎ、努力する事を誓ってくれたのだ。
あれから月日は流れ、小鈴も大人の女性になる。
活動を続けていた小鈴に転機が訪れたのは、初のアジア開催となる東京オリンピックが開幕した頃だった。
東京の洋食屋で働いていた風瑚の紹介で、とある美術館の学芸員と出会う。
その出会いをきっかけに、小鈴の作品は多くの人の目に止まるようになった。
夢を叶えるチャンスを掴んだ小鈴は、東京に活動の拠点を移して創作活動に励んだという。
その後、有名な画家として認知された小鈴は、七十歳の誕生日に合わせて夢奥島に帰郷を果たした。それから数年が経ち、今日に至る。
夢奥島で小鈴の個展が開かれるのは、今回が初めてだ。
誰よりも楽しみにしていた色歌は、個展の会場に足を踏み入れる。
「お久しぶりです。小鈴」
「あっ、色歌さん! 来てくれたんですかっ」
笑顔を弾けさせた小鈴は、手を振りながら色歌に駆け寄って来た。
二人は再会の喜びを分かち合うように、抱擁を交わす。
「元気そうで安心しました」
「明るく元気な性格が私の魅力なので! お婆ちゃんになっても変わりません」
抱擁を解いた二人は、互いの顔を見て微笑む。
「夢、叶えましたね」
色歌の言葉を受け取った小鈴は、笑顔を弾けさせた。
「はい! 叶えました」
「小鈴の努力が報われたこと、姉さんの夢を継いで叶えてくれたこと。本当に嬉しく思います。きっと、姉さんも喜んでいますよ」
「ありがとうございます。今日はゆっくり見て行ってくださいっ」
嬉しそうな表情を浮かべた小鈴は、丁寧に頭を下げた。
個展のパンフレットを受け取り、色歌は小鈴の作品を一つずつ見て回る。
制作した年代ごとに展示されているようで、最初に出会ったのは侍女だった頃に描いた絵だった。
『春の日常』
桜色を中心に、カラフルな色が散りばめられた作品だ。
具体的な対象を描写しない抽象画であり、色が持つ力に心を奪われてしまう。
「私が初めて描いた絵です。姫様に誘われて小春も交えた三人で絵を描いた日があったんですけど、その時に褒めて頂いたんです。『小鈴は色彩感覚が優れているね』って。『才能あるかもよ』と言われて、絵に興味を持ちました」
落ち着いた口調で、小鈴が解説をしてくれた。
絵を眺めながら、小鈴の話に耳を傾ける。
「姫様に見せる事が出来た唯一の作品で、画家人生の原点でもある大切な絵なんです。なので、この絵には値を付けていません。私の宝物なんです」
敢えて、言葉は返さなかった。
珠景姫と小鈴の人生を知る色歌は、この作品を安易に評価する事は出来ない。
小鈴が提示した価値を受け止め、一緒に思いを馳せる。
侍女だった色歌達にしか出来ない個展の楽しみ方で、作品を見ていく。
新しい絵を見る度に、小鈴の成長を感じる事が出来た。
『景色と春風』
小鈴が画家になる夢を語ってくれた頃の作品。
桜色の円のなかで、五色のパステルカラーが手を取り合うように入り混じっている。
『赤が流れる世界』
終戦後に描いた作品で、注目を浴びた作品の一つだ。
日本の形を模した図形のなかに、異なる赤系統の色が乱れるように塗られている。
その図形の周りは、透明感溢れる水色で覆われていた。
『涙の勝ち。笑顔の負け』
東京オリンピックの際に描かれた作品。
人の顔を模した図形の中心に線が引かれ、左右で異なる世界が描かれていた。
背景にはオリンピックマークと1964の文字が刻まれている。
『世界は箱の中に』
カラーテレビが普及した頃の作品。
テレビ画面に模した図形の中に、多くの色が繊細なタッチで散りばめられている。
『 珠景桜 』
彩美 小鈴。
最新作であり、最後の作品。
色と図形を駆使した抽象画家として、小鈴は制作活動を続けてきた。
そのが小鈴引退作として描いたのは、対象物を具体的に描く具象画だった。
桜の木を見上げる女性の後ろ姿が、どこまでも優しく綺麗な色使いで描かれている。
「姉さん――」




