表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
珠景色の春風鈴  作者: 美珠夏/Mishuka
第7章 祖母と孫
PR
51/64

半世紀、夢の個展


 時代は移りゆく。


 長姫制度(おさひめせいど)の撤廃から半世紀以上の時が過ぎた。

 戦後の高度経済成長に伴い、島の景色も変貌を遂げる。


 長姫(おさひめ)地区から鈴鳴(すずなき)海岸へと続く長い下り坂。

 かつて田園風景が広がっていた場所には、観光地としても期待される商店街が整備された。石畳が敷かれた道の両脇には、多種多様な店が立ち並んでいる。


 島民の暮らしを支える『松浦坂(まつうらざが)商店街』は、今日も活気に満ちていた。

 とある場所を目指す色歌(いろか)は、ゆっくりと石畳の上を歩いていく。


 あの夏、十四歳だった色歌(いろか)も、七十代後半のお婆ちゃんになった。


 人生経験が豊かになる一方で、身体機能は徐々に衰えていく。

 老化に抗う努力を重ねて来たつもりだが、年齢も重ねて来てしまったのだ。


 若い頃は可愛いと評判だったのに、今となっては誰も褒めてくれない。

 この際、道行く人に『可愛いですか?』と聞いてみるのも良いかもしれない。


 ばかなんですか。


 すぐに理性が働き、色歌(いろか)の心は思いとどまる。

 気がつけば、目指していた文房具屋の前で足も止まっていた。 

 ガラス戸に映る自分の姿を見て思う。


 お婆ちゃんとしては可愛いかもしれない。


 年老いても、自己肯定感の高さだけは衰え知らずだ。

 穏やかな表情を浮かべた色歌(いろか)は、お店の中に足を踏み入れた。

 静かな店内を歩き、二階へと上がる。


 文房具屋の二階は小さな展示室となっていて、島に暮らす芸術家達が個展や販売会を行う場所として利用されているらしい。

 その展示室で、今日から新しい個展が始まる。

 


『独創的な色彩の世界 彩美(あやみ) 小鈴(こすず)展』

 


 色歌(いろか)が二十歳の春。

 十六歳の小鈴(こすず)は、画家になる夢を打ち明けてくれた。

 姉さんが叶えられなかった夢を継ぎ、努力する事を誓ってくれたのだ。


 あれから月日は流れ、小鈴(こすず)も大人の女性になる。

 活動を続けていた小鈴(こすず)に転機が訪れたのは、初のアジア開催となる東京オリンピックが開幕した頃だった。


 東京の洋食屋で働いていた風瑚(ふうこ)の紹介で、とある美術館の学芸員と出会う。

 その出会いをきっかけに、小鈴(こすず)の作品は多くの人の目に止まるようになった。

 夢を叶えるチャンスを掴んだ小鈴(こすず)は、東京に活動の拠点を移して創作活動に励んだという。


 その後、有名な画家として認知された小鈴(こすず)は、七十歳の誕生日に合わせて夢奥島(ゆめおくしま)に帰郷を果たした。それから数年が経ち、今日に至る。


 夢奥島(ゆめおくしま)小鈴(こすず)の個展が開かれるのは、今回が初めてだ。

 誰よりも楽しみにしていた色歌(いろか)は、個展の会場に足を踏み入れる。


「お久しぶりです。小鈴(こすず)

「あっ、色歌(いろか)さん! 来てくれたんですかっ」 

 笑顔を弾けさせた小鈴(こすず)は、手を振りながら色歌(いろか)に駆け寄って来た。

 二人は再会の喜びを分かち合うように、抱擁を交わす。


「元気そうで安心しました」

「明るく元気な性格が私の魅力なので! お婆ちゃんになっても変わりません」

 抱擁を解いた二人は、互いの顔を見て微笑む。


「夢、叶えましたね」


 色歌(いろか)の言葉を受け取った小鈴(こすず)は、笑顔を弾けさせた。

「はい! 叶えました」


小鈴(こすず)の努力が報われたこと、姉さんの夢を継いで叶えてくれたこと。本当に嬉しく思います。きっと、姉さんも喜んでいますよ」


「ありがとうございます。今日はゆっくり見て行ってくださいっ」

 嬉しそうな表情を浮かべた小鈴(こすず)は、丁寧に頭を下げた。


 個展のパンフレットを受け取り、色歌(いろか)小鈴(こすず)の作品を一つずつ見て回る。

 制作した年代ごとに展示されているようで、最初に出会ったのは侍女だった頃に描いた絵だった。


『春の日常』

 桜色を中心に、カラフルな色が散りばめられた作品だ。

 具体的な対象を描写しない抽象画であり、色が持つ力に心を奪われてしまう。


「私が初めて描いた絵です。姫様に誘われて小春(こはる)も交えた三人で絵を描いた日があったんですけど、その時に褒めて頂いたんです。『小鈴(こすず)は色彩感覚が優れているね』って。『才能あるかもよ』と言われて、絵に興味を持ちました」


 落ち着いた口調で、小鈴(こすず)が解説をしてくれた。

 絵を眺めながら、小鈴(こすず)の話に耳を傾ける。


「姫様に見せる事が出来た唯一の作品で、画家人生の原点でもある大切な絵なんです。なので、この絵には値を付けていません。私の宝物なんです」


 敢えて、言葉は返さなかった。

 珠景姫(みかげひめ)小鈴(こすず)の人生を知る色歌(いろか)は、この作品を安易に評価する事は出来ない。

 小鈴(こすず)が提示した価値を受け止め、一緒に思いを馳せる。


 侍女だった色歌(いろか)達にしか出来ない個展の楽しみ方で、作品を見ていく。

 新しい絵を見る度に、小鈴(こすず)の成長を感じる事が出来た。


『景色と春風』

 小鈴(こすず)が画家になる夢を語ってくれた頃の作品。

 桜色の円のなかで、五色のパステルカラーが手を取り合うように入り混じっている。


『赤が流れる世界』

 終戦後に描いた作品で、注目を浴びた作品の一つだ。

 日本の形を模した図形のなかに、異なる赤系統の色が乱れるように塗られている。

 その図形の周りは、透明感溢れる水色で覆われていた。


『涙の勝ち。笑顔の負け』

 東京オリンピックの際に描かれた作品。

 人の顔を模した図形の中心に線が引かれ、左右で異なる世界が描かれていた。

 背景にはオリンピックマークと1964の文字が刻まれている。


『世界は箱の中に』

 カラーテレビが普及した頃の作品。

 テレビ画面に模した図形の中に、多くの色が繊細なタッチで散りばめられている。





珠景桜(みかげざくら)


 彩美(あやみ) 小鈴(こすず)

 最新作であり、最後の作品。


 色と図形を駆使した抽象画家として、小鈴(こすず)は制作活動を続けてきた。


 そのが小鈴(こすず)引退作として描いたのは、対象物を具体的に描く具象画だった。

 桜の木を見上げる女性の後ろ姿が、どこまでも優しく綺麗な色使いで描かれている。



「姉さん――」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ