二十歳の夏、トンネルの先
二十歳で迎えた夏。
八月八日のお祈りに、今年も来ていた。
献花台に小さな花束と和菓子を供え、静かに祈りを捧げる。
御神体の前で手を合わせる色歌を、夕陽の光が優しく照らし出す。
あの夏以降、八月八日に雨が降った事はない。
最期を迎えた日のように、今日も綺麗な夕空が広がっている。
祈りを終えた色歌は、御神体に背中を預けるようにして座った。
無人の地になった海辺の景色を見つめ、穏やかな声で語りかける。
「一年振りですね。姉さん」
いつもは心の中で語りかけるが、今日は声を出して話したかった。
一年の思い出を振り返りながら、色歌は言葉を紡いでいく。
「私もついに、二十歳を迎えました。すっかり大人のお姉さんですよ」
まずは、一番伝えたかった事を口にする。
「長姫制度は撤廃され、姫奥島は『夢奥島』と名称が変わりました。誰もが『夢を追って自分らしく生きられる島へ』。島の名前には、そんな願いが込められています。姉さんが夢見た世界は現実になりましたよ。私、ちゃんと頑張ったんですから」
妹の顔を覗かせた色歌は、どこか自慢げに笑って見せる。
木漏れ日を揺らす夏の風が、髪を優しく撫でてくれた。
「もう一つ。大切な報告があります」
季節が変わった空を見上げ、色歌は幸せに満ちた表情を浮かべる。
「今年の春。栄一さんと結婚しました。結婚式は長姫神社で行ったんですよ。姫以外の女性では初めての事だそうです」
六年前の今日、最後に珠景姫とした約束がある。
あの日の何気無い会話を、今日まで大切にしてきた。
「約束通り結婚報告は出来たので、次は出産報告ですね。楽しみに待っていてください」
季節が進んだ今日、ようやく最愛の家族に結婚を報告する事が出来た。
咲月姫が眠る菩提寺にも、今日の午前中に顔を出してきた。
同じ日に報告しないと、どちらかが拗ねてしまう。
そう思ったから。
「また来ますね」
立ち上がった色歌は、御神体に向かって深く一礼する。
「どうか、姉さんをお守りください」
神様に願い事を伝えた色歌は、踵を返して帰路に着いた。
夕焼け空の下、海辺の景色のなかを一人歩いていく。
ひぐらしの鳴き声が響く森を貫く小さなトンネルは、既に暗くなっていた。
御神体と宮殿を結ぶ一本道を見つめ、色歌はぎゅっと手を握り締める。
「もう大人なので、怖くないですよ。大丈夫です。一人で帰れますから」
姉さんに心配をかけないように。自分を鼓舞するように。
色歌は前向きな言葉を声に出した。
後ろは振り返らない。
もし、姉さんの姿が見えたら、私はきっと帰れなくなる。
新しい家族が待つ場所へ帰るために、前だけ向いて暗闇を駆け抜けよう。
呼吸を整えた色歌は、勇気を振り絞って走り出した。
色歌を引き留めるように、ひんやりとした空気が肌に纏わりつく。
もう止まれない。止まる訳にはいかないのだ。
足を止めたら、恐怖に呑まれて動けなくなってしまう。
真っ暗な世界を走っていると、姉さんと過ごした日々の記憶が蘇って来た。
「私、綺麗なお花探してくるから、色歌は母さんと遊んでて」
「最後にみんなで遊ぼっ!」
「私だって、自由に外に出たいよ。自分の意思でここに居る訳じゃない」
「でも、私は姫だから」
「……侍女の制度さ、廃止にしない?」
「堅苦しい関係は嫌だからさ、一緒に遊んだり、ご飯を食べたりするような近しい関係を築いていこう」
「今度の夏祭り、みんなで一緒に行かない?」
「怒られたって良い。より制限される日々になっても良い。今年の夏だけは、最高の思い出を描きたいの。忘れられない大切な夏にしたいんだ。色歌、小春、小鈴と一緒に」
「――私が長姫制度を終わらせる」
「八月八日。『長姫』に昇格したら、私は御神体の穴に飛び込もうと思う」
「私が死んだ後、長姫制度の撤廃を頑張るのは色歌だ」
「……この島に……こんな時代に生まれなかったらなぁ……」
「私も色歌が大好きだよ……だから、幸せに生きてね」
「栄一君か……結婚報告待ってるね」
「写真も、最高の笑顔で撮ろうね」
「一緒に撮る、最初で最後の一枚だから」
「じゃあ、頼んだよ。色歌」
「――最後の姫になってくるね」
思い出には終わりがある。
姉さんと過ごす時間は、もう手に入らない。
だからこそ、珠景姫と生きた日々の記憶は色歌の宝物だ。
これからも大切に守り続けていく。
最期を迎えた時に、姉さんの事を想って居られるように。
ようやく、トンネルの出口が見えた。
もう何も怖くない。
これからの人生も、きっと大丈夫だ。
私は一人じゃないから。
最後まで駆け抜けた色歌は、清々しい表情で笑う。
慣れ親しんだ故郷の風景を見つめ、十四歳で止まったままの心が呟く。
この景色を一緒に見たかった――
《読者の皆様へ》
珠景色の春風鈴を読んで頂き、ありがとうございます!
ブックマークや評価の数、そして何より、アクセス数が増える度、多くの方にこの物語が届いているんだなぁと実感し、日々幸せを感じています.*・゜
ここまでのお話はいかがでしたか?
次の第7章では、一気に時代が変わります
半世紀が経ち、おばあちゃんになった色歌と孫の物語。
お楽しみに!
《お知らせ》
新作短編を挟み、一日置いてから連載を再開します
時代を進める為の時間だと思ってください( ˶'ᵕ'˶)
珠景色の春風鈴は、まだまだ続きます❀.*゜
これからも、
美珠夏/misyuka作品をよろしくお願いします!
作者の宮本 でした ˙ᵕ˙ )ノ゛




