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珠景色の春風鈴  作者: 美珠夏/Mishuka
第6章 新しい時代の幕開け
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本音を語る夜


 涼しい夜風が心地良い。

 お風呂上がりの色歌(いろか)は、廊下に腰掛けて中庭を見つめていた。 

 月明かりに照らされた桜の花と、濡れた前髪が風に揺れる。


色歌(いろか)ちゃん。一杯付き合ってよ」

 隣に座った栄一(えいいち)は、徳利とお猪口を乗せたお盆を二人の間に置いた。

「お酒を片手にお花見ですか。最高ですね」

 互いのお猪口に日本酒を注ぎ合い、そっと触れ合わせて音を鳴らす。

「「乾杯」」


 お酒を嗜みながら過ごす夫婦の時間。

 至福のひとときを彩るように、星空の下で桜が夜風と戯れる。


 夜の静寂に寄り添いながら、二人は落ち着いた声で会話を始めた。

 ゆっくりと流れる時間のなかで、話題も移り変わっていく。


「――仕事の件だけど、新たに設立される町役場で働こうかなと思ってる。成水(なるみず)さんが中心に動いているみたいで、結婚式の時にお話を頂いたんだ。長姫制度(おさひめせいど)の撤廃に伴う支援金で今は暮らせてるけど、お金も有限だからね」


成水(なるみず)さんが居るなら安心ですね。私からも一つ良いですか?」

 色歌(いろか)の問いかけに、栄一(えいいち)は小さく頷く。


栄一(えいいち)さんに全てを背負わせる訳にはいかないので、私も稼ごうと思います。もちろん、妻として家事はこなしますよ?」

 色歌(いろか)は話を続ける。


「この宮殿を観光施設として運営しながら、長姫制度(おさひめせいど)の歴史を伝えるお仕事をしたいんです。私達にとっては見慣れた建物ですが、一応 歴史的建造物ですからね。一般の島民や観光客には需要があると思います」


 宮殿を見渡し、栄一(えいいち)は穏やかな表情を浮かべる。


「素敵な場所だからね。初めて来た人のなかには感動する人も居るだろうし、この景色を気に入って何度も足を運んでくれる人も居ると思う。来てくれたお客さんが過ごしやすい環境を整えたり、色々と準備を進めていこうか」


 前向きに話を進める栄一(えいいち)を見て、色歌(いろか)は戸惑いの声を漏らす。

「い、良いんですか? 上手くいく保証も無いんですよ?」


色歌(いろか)ちゃんには、やりたい事をして生きて欲しいんだ。これからは我慢せず、自分が幸せだと思える道に進んで欲しい。辛い時は僕が支えるから、失敗を恐れずに挑戦して良いよ。それに、生計は僕が立てるから心配しないで」


 栄一(えいいち)の熱い思いが、色歌(いろか)の背中を押してくれた。

「ありがとうございます、本当に……ありがとうございます」

 涙が込み上げて来た。

 侍女として自分を律する必要が無い今、泣き虫だった本来の色歌(いろか)が表に出てしまう。

 色歌(いろか)にとって、栄一(えいいち)は希望の光だ。

 理想の未来へ導いてくれる姿は、珠景姫(みかげひめ)に良く似ている。

 だから、より好きになった。愛が深まっていく。


「家族になったんだ。遠慮なく頼って欲しい」

 栄一(えいいち)はそっと色歌(いろか)を抱き寄せる。

 目尻に溜まった涙を拭い、色歌(いろか)は深く頷いた。

 優しい愛に包まれながら、栄一(えいいち)の温かさを肌で感じる。


「少しだけ、あの夏の事を語っても良い?」

 色歌(いろか)が頷くと、栄一(えいいち)は落ち着いた口調で語り出した。


「姫様の最期に立ち会った時は、本当に辛かった。でも、すぐに気づいたんだよ。一番辛いのは僕らじゃなくて、目の前で最愛の人を失った色歌(いろか)ちゃんだって。だから、せめてこれからの人生を支えてあげたいと思った。それはどんな形でも良くて、夫じゃなくて友人でも、仕事仲間でも良い。とにかく、色歌(いろか)ちゃんの支えになろうと思ったんだ」


 一息ついて、栄一(えいいち)は続ける。


「でも、結局何も出来なかった」


 その一言には、後悔の色が滲んでいた。

 色歌(いろか)は黙って耳を傾ける。


大扇(だいせん)の悪行を止められず、長姫制度(おさひめせいど)の撤廃に向けて力を貸すことも出来なかった。色歌(いろか)ちゃんが傷つき、侍女のみんなと共に前を向く姿を、僕は見守る事しか出来なかったんだよ……あの夏から今日に至るまで、僕はただの傍観者だ。支える事すら出来ていない」


 自分を卑下する栄一(えいいち)に、色歌(いろか)は言葉を返さない。

 燃えるような熱さを、栄一(えいいち)の声から感じたから。


「だから僕は、人生をかけて色歌(いろか)ちゃんを支えていきたい。幸せに生きられる環境を作って、自分らしく生きる未来へ導きたいんだ。頼りないかもしれないけど、いつかこの人で良かったって思ってもらえるように頑張るから、これからは遠慮なく頼って欲しい」


 栄一(えいいち)の思いを受け取った色歌(いろか)は、素直な思いを口にする。


「私は栄一(えいいち)さんを頼りにしていますよ。それはあの夏から変わりません。あの日、姉さんの元へ向かわせたのも、侍女以外で唯一信頼出来る人だったからです。なので、私は栄一(えいいち)さんを頼りました」


 優しく微笑む色歌(いろか)の隣で、栄一(えいいち)は『でも』と声を漏らす。

 色歌(いろか)栄一(えいいち)にそっと寄りかかり、温もりと本音を伝える。


「私は栄一(えいいち)さんの存在に、何度も救われました。最愛の姉さんを失った後、同じ痛みを共有出来るのは栄一(えいいち)さんだけでしたし、私の事を考えて動いてくれていたのも、栄一(えいいち)さんだけでしたからね」


 それに。と言葉を繋ぐ。

「昔から好きだったので、一緒に居られるだけでも幸せでした」

 照れ笑いを浮かべる色歌(いろか)を見て、栄一(えいいち)も笑みを溢す。


 暗い夜の世界を照らす月のように、二人の表情は明るくなった。

 風向きが変わり、散った花びらが舞う。

 過去になった出来事は、今を彩る思い出だから。


「大好きな人と結婚出来て、私は幸せですっ!」


 これ以上、言葉はいらないだろう。

 春の星空の下、色歌(いろか)栄一(えいいち)をぎゅっと抱きしめた。

 夜風が髪を靡かせる。

 ゆっくりと抱擁を解き、頬を桜色に染めて見つめ合う。


 慣れ親しんだ景色を背景に、二人はそっと口付けをした。

 互いを感じ合い、愛を深めた春のひととき。

 色歌(いろか)も大人になっていく。



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