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珠景色の春風鈴  作者: 美珠夏/Mishuka
第6章 新しい時代の幕開け
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扇寿朗の願い


 夢奥島(ゆめおくしま)に、長姫制度(おさひめせいど)の名残は必要無い。


 鎖国状態が続いていた島には、本州の文化や技術が持ち込まれるようになり、徐々に近代化が進んでいた。その裏で、長姫制度(おさひめせいど)が根付く場所や文化は姿を消していく。


 宮殿から御神体のある岬までの土地は、新たな区画整理によって『長姫(おさひめ)地区』と名前を改め、特別区として神島家の私有地となった。

 御神体の方に住んでいた島民も立ち退き、彩美家(あやみ け)も屋敷の場所を移した。


 長姫(おさひめ)地区には、色歌(いろか)栄一(えいいち)だけが住んでいる。

 結婚して新たな人生を歩み出した二人は、今後の生活について話し合っていた。


「――トンネルより先は、神聖な場所として立ち入りを禁じましょう。神島家の人間以外は入れないようにしたいです」


 トンネルの先にある御神体には、珠景姫(みかげひめ)が眠っている。

 あの場所だけは、大切に守っていきたい。

 島の観光地として利用されたり、部外者によって荒らされてしまう未来だけは、何としても避けたいのだ。


 島民に忘れ去られた土地として、私有地の奥に隠しておく。

 それが色歌(いろか)の考えた策であり、残された家族としての願いだった。


「良いと思う。あの場所の価値は、僕達にしか分からないからね」

 栄一(えいいち)の言葉に、色歌(いろか)は深く頷く。

「あとは仕事の件だけど……ごめん。何か変な音が聞こえない?」

「変な音ですか?」

 耳を澄ますと、音は玄関の方から聞こえてきた。

 色歌(いろか)栄一(えいいち)と共に厨房を出て、玄関へと向かう。

 すると、はっきりと音が聞こえてきた。


 ふぉっ、ふぉっ。

 音の正体に気づいた瞬間、笑いが込み上げて来た。

「こ、これは笑い声です……祖父爺(そふじい)の、ふふっ」 

 玄関戸を開けると、予想通り扇寿朗(せんじゅろう)が姿を現した。


「元気か? わしじゃ」

 右手を軽く挙げて、扇寿朗(せんじゅろう)は笑みを浮かべた。

 同じように手を挙げる色歌(いろか)の横で、栄一(えいいち)が丁寧に頭を下げる。


「先日はお世話になりました。本日はいかがなさいましたか?」

「これを渡そうと思っての」

 扇寿朗(せんじゅろう)から分厚い封筒を手渡され、色歌(いろか)は何気なく受け取った。

 中身を確認しなくても分かる。

 これは、大金だ。


「最後のお小遣いじゃ。そして、結婚祝いでもある」

「こ、こんなに貰えません!」

 状況を理解した色歌(いろか)は、慌てて封筒を返そうとする。

 扇寿朗(せんじゅろう)は首を横に振ると、封筒に視線を落とした。


「その金額と同じ支援金を、島を出ていく息子が置いて行ったんじゃ。何故、こんな大金を残して行ったのか分からんがの」


 大扇(だいせん)との別れ際、色歌(いろか)は一つのお願いをしていた。その内容を思い出す。


長姫(おさひめ)神社の神主である祖父・扇寿朗(せんじゅろう)に、多額の支援をお願いしたいです。後継者も不在で、長姫(おさひめ)神社の存続も厳しいでしょうから、残りの余生を過ごせるくらいの支援をしていただきたいです。あなたの父親なんですから、それくらいはしてただけませんか?』


 支援金を渡すように促したのは色歌(いろか)だ。

 あの日伝えた願いを、大扇(だいせん)は聞き入れてくれたらしい。


「中身はわしの財産と入れ替えてある。息子から貰った物を、そのまま渡す訳にはいかんからの。何より、色歌(いろか)が受け取ってくれん」


 扇寿朗(せんじゅろう)は一拍置いて続ける。


「これからは一般の島民として生きていくんじゃ。経済的にも暮らしが大きく変わることじゃろう。だから、このお金を使うといい」


「ありがとうございます。大切に使いますね」

 色歌(いろか)は丁寧に頭を下げる。 

 満足げに頷いた扇寿朗(せんじゅろう)は、栄一(えいいち)に目を向けた。

色歌(いろか)をよろしく」

「はい。必ず守り抜きます」

 栄一(えいいち)の言葉を受け取った扇寿朗(せんじゅろう)は、安堵したように笑った。

 そして、新婚の二人を見て告げる。


珠景姫(みかげひめ)が心配しないように、幸せに生きなさい」


 あの夏、珠景姫(みかげひめ)の最期に立ち会った色歌(いろか)栄一(えいいち)

 二人の心に、最後の言葉が響き渡る。

 広がる波紋は温かった。


「では、元気での」

 扇寿朗(せんじゅろう)の背中は、遠く離れていく。

 幼少期から積み重ねて来た思い出は、色歌(いろか)の宝物だ。

 最後まで見送った色歌(いろか)は、静かに玄関の戸を閉めた。


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