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珠景色の春風鈴  作者: 美珠夏/Mishuka
第1章 十四歳の春、日常の景色
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侍屋敷家の姉妹


 色歌(いろか)はとにかく行動が早い。

 夕食を堪能した後、色歌(いろか)侍屋敷家(さむらいやしき け)の姉妹が居る部屋を訪ねた。


「どうも、色歌(いろか)ちゃんです」

「何か用?」

 最初に反応してくれたのは、姉の風瑚(ふうこ)だった。

 気の強そうな顔立ちの彼女は、二十一歳の最年長侍女だ。

 艶のある黒髪を一つ結びにしていて、目立たない程度に化粧もしている。大人の雰囲気を纏う姿には、珠景姫(みかげひめ)とは違う美しさがある。


「今日はお話があって来ました」

「それ、絶対に聞かないといけないやつ? 私、暇じゃないんだけど」

 深く息を吐いた後、風瑚(ふうこ)色歌(いろか)に目を向ける。

 鋭い眼光に貫かれそうになったので、心だけ華麗に避けておいた。


「もー、色ちゃんが困ってるでしょ」

 空気を和ませるように、妹の舞風(まいかぜ)が穏やかな声で告げる。

 風瑚(ふうこ)とは対照的に、舞風(まいかぜ)はおっとりとした雰囲気の女性だ。

 くせっ毛の黒髪をふわりと束ねる姿は、大人っぽいのにどこか可愛らしい。

 この二人が侍屋敷家(さむらいやしき け)の姉妹であり、特例で働く姫より年上の侍女だ。

 どちらも既に結婚していて、日中のみ宮殿で働いている。


「それで、それで! お話って何?」

 舞風(まいかぜ)は柔和な笑みを浮かべると、色歌(いろか)の方に身体を向けてくれた。

 聞く姿勢を取る舞風(まいかぜ)を見て、風瑚(ふうこ)はため息をつく。

 色歌(いろか)は二人の前に姿勢を正して座り、早速本題を切り出す。


「侍女の配置転換をしようと思います」


「配置転換? 何言ってんの?」

「こらこら、最後まで聞く。ごめんね、続けてちょうだい」

 怖い顔をする風瑚(ふうこ)に注意した後、舞風(まいかぜ)色歌(いろか)に優しく声をかけた。

 色歌(いろか)は小さく頷き、説明を始める。


風瑚(ふうこ)さんと舞風(まいかぜ)さんが、姉さん…… 珠景姫(みかげひめ)の身の回りの世話をする事になったのは、本来その役割を担う私や双子姉妹が幼かったからだと思います。面倒を見る役割が必要なのは、一人で何も出来ない頃だけですし、今はもう必要ありません」


「じゃあ、もう私達は用済みか?」

「風ちゃん」

 舞風(まいかぜ)に名前を呼ばれ、風瑚(ふうこ)は渋々口を閉ざした。


「姫の成長に合わせて、侍女も成長していかなければなりません。ですので、今後は彩美家(あやみ け)の双子姉妹に主たる侍女の役割を担ってもらいたいと考えています。教育係は私が努めますので、お二人の負担は増やしません」


 一拍置いて、色歌(いろか)は続ける。

「気になるのは、お二人の今後についてですよね?」

 風瑚(ふうこ)は目で頷き、舞風(まいかぜ)は表情を変えずに色歌(いろか)の言葉を待つ。


「お二人には、宮殿の仕事に専念して頂こうと思います」

 色歌(いろか)の声が畳に向かって落ちていく。

 重たい静寂に包まれるなか、舞風(まいかぜ)が口を開いた。

「ねぇ、色ちゃん。配置転換をしようと思った理由って、聞いても良いかな?」

 舞風(まいかぜ)の問いに、色歌(いろか)は黙って頷く。

 そして、理由を一つずつ声に出していった。


 本来の役目では無い侍女として、年下の姫に仕えるのは辛そうに見えたこと。

 双子姉妹を侍女として育てる必要があること。

 珠景姫(みかげひめ)が二人に対して申し訳なさを感じていて、侍女制度の廃止を訴えていたこと。


「侍女制度廃止の代替案として考えたのが、配置転換です」

 説明を終えた色歌(いろか)は、舞風(まいかぜ)に目を向ける。

 すると、舞風(まいかぜ)は笑みを浮かべながら、風瑚(ふうこ)の肩を叩いた。

「だってよ、風ちゃん。態度に出てたんだね」

 視線を逸らしたまま、風瑚(ふうこ)は淡々と言葉を並べる。


「勝手にすれば。私はただ働くだけ」

「『好きなようにやって良いよ。私は与えられた仕事をするから』」

 風瑚(ふうこ)の言葉をなぞるように、舞風(まいかぜ)は優しい声で言い換えてくれた。

 困った表情でため息をついた風瑚(ふうこ)は、静かに立ち上がる。

「……あとは二人で決めて。私は帰るから」

 その言葉を残して、風瑚(ふうこ)は部屋を出て行った。


 再び静寂に包まれた部屋から顔を出し、舞風(まいかぜ)は宮殿内を見渡す。

 風瑚(ふうこ)の姿が見えなくなった事を確認すると、ふふっと笑いだした。

 楽しそうに揺れる声が、強ばった色歌(いろか)の表情を解していく。

「怖いお姉ちゃんだよねぇ」

「怖すぎです。今日は特に緊張しましたよ」

「よく頑張りました」

 舞風(まいかぜ)は優しく色歌(いろか)の頭を撫でてくれた。

 誰かに褒めて貰えるのは久々で、少しだけ気恥ずかしい。


舞風(まいかぜ)さんが居なかったら、そもそも話を聞いてもらえなかったと思います」

「私が居なかったらどうしてたの?」

「とりあえず泣き喚きますね。風瑚(ふうこ)さんが相手じゃ、それくらいしか出来ないですよ」

「風ちゃんが姫だったら、侍女の私達はどうなっていた事でしょう」

「考えるだけでも恐ろしいですね。私だけ食事を禁じられた世界と同じくらい辛いです」


「大袈裟だなぁ」

「食べる事が趣味なので」

「その割には太らないよね。まだ若いから?」

「あまり気にしていませんでしたけど……確かに将来不安ですね」

 年々、一回に食べる量とおやつの頻度は増加傾向にある。

 太らないと油断していたら、膨よかな見た目を手に入れてしまうかもしれない。


「でも、食べますよ。美味しい物を見逃していたら、人生損しますから」

「うん。その方が色ちゃんらしい」

 笑顔で頷いた後、舞風(まいかぜ)はどこか申し訳なさそうに手を合わせる。

「もっとお話したいけど、私もそろそろ帰らなきゃ。ごめんね」

「すみません。突然来たのに、話を聞いてもらって」

「良いの良いの。また時間ある時にゆっくり話そう」

「楽しみにしています」

「うん。またね」

 小さく手を振って、舞風(まいかぜ)も部屋を出て行った。

 色歌(いろか)も同じように手を振りかえす。


「あ、配置転換の件、私も良いと思うよ!」

 すぐに戻って来た舞風(まいかぜ)は、その言葉を残すと再び行ってしまった。

 色歌(いろか)も部屋を出て、次の場所へと向かう。

 今度は彩美家(あやみ け)の双子姉妹だ。


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