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珠景色の春風鈴  作者: 美珠夏/Mishuka
第5章 十七歳の目に映る景色
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牛と青年


 夕陽色に染まる景色に、ひぐらしの声が溶けていく。


 奥汐咲(おくしおさ)温泉を目指して歩いているが、未だに辿り着けていない。

 朝から長い距離を歩いて来た二人の足も、そろそろ限界が近づいていた。


小春(こはる)。大丈夫ですか?」

「はい。まだ頑張れます」

 温泉までの距離が分からない以上、ひたすら歩き続けるしかない。

 おばあさんに詳しい情報を聞いておくべきだったと、後悔しながらも前に進む。


「こんな時間に可愛い女の子が二人……おいお前ら、どこ行くんだ?」

 突然声をかけられた二人は、立ち止まって声の主を探す。


 すると、道沿いの畑から一頭の牛が姿を現した。

「おい、聞いてんのか?」


「牛が……」

「牛さんが……」

「「喋った」」

 二人の困惑した声が重なる。


「んな訳ねぇだろ! 俺だ俺」

 声の主を探すと、牛が曳く荷車の上に一人の青年が乗っていた。

 大柄の青年は逞しい腕を組んで、色歌(いろか)小春(こはる)の事を見下ろす。

「お前ら……どこまで行くつもりだ?」


奥汐咲(おくしおさ)温泉の方に向かっていました」

「何の為に?」

「温泉に入りたいので。あと、宿泊場所も探しています」

 青年は畑の方を指さして、二人の視線を誘導する。


「奥に底なし沼とも言われる腐った水溜りがあるから、そこで入浴すると良い。あとそこにある物置小屋を使って寝て良いぞ。快適とは無縁な夜に出会えるさ」


 にやりと笑う青年を見て、色歌(いろか)はため息を漏らす。


「ご親切にありがとうございます。あまりにも馬鹿すぎて、疲れも吹き飛びました。おかげでまだ歩けそうです。感謝です、感謝。では失礼しますね。今度、底なし沼の湯加減を教えてください。生きていれば、の話ですけど。それでは」


 早口で捲し立てて、色歌(いろか)は再び歩き出した。

 小春(こはる)もべーっと舌を出して、色歌(いろか)の後を追って歩き出す。


「冗談だ冗談」

「あなたの事ですか?」

 牛を置いて追いかけて来た青年に、冷たい視線を向ける。

「辛辣だなぁ、おい」


「謝る気が無いなら、その牛と仲良く遊んでいてください。あなたにかまってあげる程の体力は残っていないので」


「……わーったよ」

 青年は二人の前に出ると、地面におでこを擦り付けるような勢いで土下座して見せた。

「お疲れのところ、お時間と労力を奪ってしまい、すみませんでしたー」

「はい」

 一言で対応した色歌(いろか)は、土下座する青年の横を通り抜ける。


「おいおい、待ってくれって」

「あーもう、何なんですか!」

 青年の声を背中で受け取ってしまい、色歌(いろか)は足を止めて後ろを振り返る。

 すると、安堵の表情を浮かべた青年がゆっくりと歩いて来た。


「詫びのしるしに、温泉まで送ってやるから。荷車の後ろに乗って良いぞ」


「あなたのお詫びという形で乗せてもらうので、後からお礼を要求しないでくださいね。あと、私達に触れる事は絶対にしないように。良いですか?」


「お、おう……」

「では、よろしくお願いします」

 色歌(いろか)は軽く頭を下げた後、青年の背景に目を向ける。


「ところで、良いんですか?」

「何が?」

「あなたの牛、どこかへ行きましたけど」


「へぁ? あっ! おい、どこ行くんだ!」

 牛は荷車を曳いたまま、汐咲(しおさ)の町へと続く坂道を下っていく。


 呑気に離れていく牛を必死に追いかける青年と、その姿を眺めて笑う二人の侍女。

 姫奥島(ひめおくしま)は今日も平和だ。


 数分の時が過ぎ、青年は牛を連れて戻って来た。

 逞しい腕で汗を拭った青年は、荷車の後方を指差す。

「待たせたな。後ろに乗ってくれ」


 牛が曳く荷車の後ろに、色歌(いろか)小春(こはる)は並んで腰掛けた。

 進行方向に背を向けて座った二人は、ここまで歩いて来た道を眺める。


 もう汐咲(しおさ)の町は見えなかった。

 綺麗な海も、木々の向こうに隠れてしまっている。


「出発するぞ」

 二人を乗せた荷車がゆっくりと動き出す。

 牛の歩く速さに合わせて進む荷車は、思っていたよりも乗り心地が良かった。


 ここまで頑張って来た足を休めながら、牛車に揺られ続ける。

 隣に座る小春(こはる)に目を向けると、可愛らしい欠伸をしていた。


「疲れましたね」

 小春(こはる)は口元を両手で隠して頷く。


 夕陽色に染まる景色を眺めながら、色歌(いろか)は今日の旅を振り返る。

 歯の無い老人、呉服屋の娘、お面職人、腰の曲がったおばあさん、牛と青年。

 印象深い人達との出会いを思い出し、充実した一日を過ごせた事に気づく。


「今日は出会いと発見の連続でした」

 多種多様な意見を聞くなかで導き出した答えを、小春(こはる)にも伝える。


「私達は宮殿という小さな世界で育ったので、時代の流れに取り残されている事を知らなかったんです。先代の咲月姫(さつきひめ)がどれだけ愛されていたかも、島民にとって長姫制度(おさひめせいど)は既に他人事だった事すら知らなかった」


 夕空を見上げ、色歌(いろか)は告げる。


「変わらなきゃいけなかったのは、私達の方みたいです――」


 珠景姫(みかげひめ)が作ってくれたきっかけは、島民の心を動かす事が目的じゃない。

 時代の変革を恐れていた御三家に現実を突きつけ、前に進ませる為のものだ。

 三年の時を経て、珠景姫(みかげひめ)の命の意味が問われる。



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