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珠景色の春風鈴  作者: 美珠夏/Mishuka
第5章 十七歳の目に映る景色
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呉服屋とお面工房


 御三家御用達の呉服屋に、今日も足を運ぶ。

 あの夏以降も時折訪れていたが、最近は顔を出せていなかった。

 暖簾を潜り、色彩豊かな着物が並ぶ店内へと入る。


「いらっしゃい。久々ね! あら、小春(こはる)ちゃんも居るじゃない!」

 二人の顔を見て呉服屋の娘は声を弾ませた。


「今日は聞きたい事があって来たんですけど、お忙しいです?」

「年中暇だよ。高級な着物を取り扱う店に、人は並ばないからね」

 呉服屋の娘は微笑を浮かべる。


「それで? 何を聞きたいんだい?」


珠景姫(みかげひめ)の自害と長姫制度(おさひめせいど)の必要性について、島民の皆さんがどう考えているかを聞いてまわっているんです。どんな些細な事でも構いません」


 色歌(いろか)の言葉を受け取ってから数秒後。

 呉服屋の娘は思いを語り出した。


「姫様の事件を初めて聞いた時は、誰かが作った酷い噂話だと思ったわ。まさか、あの姫様が自ら命を絶つなんて想像出来ないじゃない……私も姫様の成長を見守ってきた一人だから、娘を失ったようで辛かったわ」


 着物を仕立てる為の採寸や、顧客の要望を職人に伝える事が彼女の仕事だ。

 宮殿に出向いて採寸をする度に、若き姫と侍女達は大きくなっていく。

 彼女は仕事を通して、姫達の成長を感じていたのかもしれない。

 呉服屋の娘は目尻に滲んだ涙を拭い、色歌(いろか)の目を見て告げる。


「あの子が長姫制度(おさひめせいど)の撤廃を願うなら、その思いを尊重したい。だから、応援するわ」

 色歌(いろか)小春(こはる)の肩を叩くと、呉服屋の娘は笑みを浮かべた。


「私の話はこれで終わりだよ。聞いてくれてありがとうね」

「こちらこそ、貴重なお話をありがとうございました」

「次の場所もあるんでしょ? ほら、行っておいで」

 呉服屋の娘に背中を押され、二人は再び外の世界へ足を踏み出した。



 鈴鳴海岸(すずなきかいがん)沿いの道にあるお面工房。

 以前、お忍びで夏祭りに行く為の準備で訪れた場所だ。


 まだ元気で居て欲しいと願いながら、工房へと足を踏み入れる。

 すると、あのお面職人の背中が見えた。


「こんにちは。色歌(いろか)ちゃんですよー」

 色歌(いろか)の挨拶に振り返ったお面職人は、すぐに嫌な顔をして声をあげた。

「またお前か! 帰れ」


「可愛い私が来たんですから、泣いて喜んでください」

「馬鹿を言うな。お前みたいな少女、女の魅力すら感じん」

「でも、前より魅力的になってません? もう十七歳ですよ」

「老けたな」

「それはお互い様です」

「……今日は何しに来た?」


長姫制度(おさひめせいど)について、島民の皆さんがどう思っているかを聞いて回っているんです。未来の子供達の為にも、意見を聞かせていただけませんか?」


「わしには関係ない。もう長くない命だ」

「そうですか。では、もう一つ」

「お前の話は聞き飽きた。後ろに居る若い方が聞け」


いきなり指名された小春(こはる)は、驚きと困惑が入り混じった表情を浮かべた。

 そして、助けを求めるように色歌(いろか)の事を見る。


 色歌(いろか)は何も言わずに頷き、聞き取り役を小春(こはる)に託した。


彩美(あやみ)小春(こはる)です。よろしくお願いします」

 小春(こはる)が丁寧に一礼すると、お面職人も軽く頭を下げた。

 対応の差に微笑を浮かべながら、色歌(いろか)は二人の会話に耳を傾ける。


珠景姫(みかげひめ)長姫制度(おさひめせいど)の無い世界を夢見ていました。なので、私達は長姫制度(おさひめせいど)を撤廃したいと考えています。職人さんはどう思いますか?」


「そいつは知らんが、咲月姫(さつきひめ)には世話になった。あの人の娘が時代を変えようとしたのなら、その思いくらいは尊重してやる」


 意外な思いを語ってくれたお面職人に、色歌(いろか)は恐る恐る声をかける。

「私も咲月姫(さつきひめ)の娘なんですけどぉ……」

「お前は帰らんかっ!」


「もう。言われなくても帰りますよ。今日は各地を巡らないと行けないので」

 一礼した色歌(いろか)は、工房の入り口へと歩き出す。

 その姿を見て、小春(こはる)も慌ててお面職人に頭を下げた。

 二人が店を出ようとした時、背後から人が立ち上がる音が聞こえた。


「……気をつけて行け」

「ありがとうございます。また来ますね」

 色歌(いろか)は笑顔で手を振って、お面工房を後にした。

 夏の日差しを浴びながら、次の目的地へと歩き出す。


 鈴鳴海岸(すずなきかいがん)の砂浜まで進んだ色歌(いろか)は、後ろを歩く小春(こはる)に目を向ける。

 鬼と目が合った。

「ふぁっ!?」

 驚きのあまり、変な声が出てしまった。

 辺りに響いた声は、午前中の空気に溶けていく。


「こ、小春(こはる)……? どうして鬼の顔をしているんですか……?」

 怯えた声で尋ねると、小春(こはる)は鬼の面を外して微笑んだ。

「職人さんがくれました」


「何故……?」

「魔除けの意味があるそうです。旅のお守りとしてくれました」

「それはありがたいですね……でも、今身に付ける必要ありました?」


「だって、驚かせたかったんだもんっ」

 珍しく声を弾ませた小春(こはる)は、楽しそうに笑いながら色歌(いろか)に駆け寄って来た。

 そして、勢いそのまままに抱きつかれる。

 まるで妹みたいな小春(こはる)に、色歌(いろか)も笑みを浮かべて呟く。


「甘えん坊め」

 姉さんの気持ちが、少しだけ分かった気がした。


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