呉服屋とお面工房
御三家御用達の呉服屋に、今日も足を運ぶ。
あの夏以降も時折訪れていたが、最近は顔を出せていなかった。
暖簾を潜り、色彩豊かな着物が並ぶ店内へと入る。
「いらっしゃい。久々ね! あら、小春ちゃんも居るじゃない!」
二人の顔を見て呉服屋の娘は声を弾ませた。
「今日は聞きたい事があって来たんですけど、お忙しいです?」
「年中暇だよ。高級な着物を取り扱う店に、人は並ばないからね」
呉服屋の娘は微笑を浮かべる。
「それで? 何を聞きたいんだい?」
「珠景姫の自害と長姫制度の必要性について、島民の皆さんがどう考えているかを聞いてまわっているんです。どんな些細な事でも構いません」
色歌の言葉を受け取ってから数秒後。
呉服屋の娘は思いを語り出した。
「姫様の事件を初めて聞いた時は、誰かが作った酷い噂話だと思ったわ。まさか、あの姫様が自ら命を絶つなんて想像出来ないじゃない……私も姫様の成長を見守ってきた一人だから、娘を失ったようで辛かったわ」
着物を仕立てる為の採寸や、顧客の要望を職人に伝える事が彼女の仕事だ。
宮殿に出向いて採寸をする度に、若き姫と侍女達は大きくなっていく。
彼女は仕事を通して、姫達の成長を感じていたのかもしれない。
呉服屋の娘は目尻に滲んだ涙を拭い、色歌の目を見て告げる。
「あの子が長姫制度の撤廃を願うなら、その思いを尊重したい。だから、応援するわ」
色歌と小春の肩を叩くと、呉服屋の娘は笑みを浮かべた。
「私の話はこれで終わりだよ。聞いてくれてありがとうね」
「こちらこそ、貴重なお話をありがとうございました」
「次の場所もあるんでしょ? ほら、行っておいで」
呉服屋の娘に背中を押され、二人は再び外の世界へ足を踏み出した。
鈴鳴海岸沿いの道にあるお面工房。
以前、お忍びで夏祭りに行く為の準備で訪れた場所だ。
まだ元気で居て欲しいと願いながら、工房へと足を踏み入れる。
すると、あのお面職人の背中が見えた。
「こんにちは。色歌ちゃんですよー」
色歌の挨拶に振り返ったお面職人は、すぐに嫌な顔をして声をあげた。
「またお前か! 帰れ」
「可愛い私が来たんですから、泣いて喜んでください」
「馬鹿を言うな。お前みたいな少女、女の魅力すら感じん」
「でも、前より魅力的になってません? もう十七歳ですよ」
「老けたな」
「それはお互い様です」
「……今日は何しに来た?」
「長姫制度について、島民の皆さんがどう思っているかを聞いて回っているんです。未来の子供達の為にも、意見を聞かせていただけませんか?」
「わしには関係ない。もう長くない命だ」
「そうですか。では、もう一つ」
「お前の話は聞き飽きた。後ろに居る若い方が聞け」
いきなり指名された小春は、驚きと困惑が入り混じった表情を浮かべた。
そして、助けを求めるように色歌の事を見る。
色歌は何も言わずに頷き、聞き取り役を小春に託した。
「彩美小春です。よろしくお願いします」
小春が丁寧に一礼すると、お面職人も軽く頭を下げた。
対応の差に微笑を浮かべながら、色歌は二人の会話に耳を傾ける。
「珠景姫は長姫制度の無い世界を夢見ていました。なので、私達は長姫制度を撤廃したいと考えています。職人さんはどう思いますか?」
「そいつは知らんが、咲月姫には世話になった。あの人の娘が時代を変えようとしたのなら、その思いくらいは尊重してやる」
意外な思いを語ってくれたお面職人に、色歌は恐る恐る声をかける。
「私も咲月姫の娘なんですけどぉ……」
「お前は帰らんかっ!」
「もう。言われなくても帰りますよ。今日は各地を巡らないと行けないので」
一礼した色歌は、工房の入り口へと歩き出す。
その姿を見て、小春も慌ててお面職人に頭を下げた。
二人が店を出ようとした時、背後から人が立ち上がる音が聞こえた。
「……気をつけて行け」
「ありがとうございます。また来ますね」
色歌は笑顔で手を振って、お面工房を後にした。
夏の日差しを浴びながら、次の目的地へと歩き出す。
鈴鳴海岸の砂浜まで進んだ色歌は、後ろを歩く小春に目を向ける。
鬼と目が合った。
「ふぁっ!?」
驚きのあまり、変な声が出てしまった。
辺りに響いた声は、午前中の空気に溶けていく。
「こ、小春……? どうして鬼の顔をしているんですか……?」
怯えた声で尋ねると、小春は鬼の面を外して微笑んだ。
「職人さんがくれました」
「何故……?」
「魔除けの意味があるそうです。旅のお守りとしてくれました」
「それはありがたいですね……でも、今身に付ける必要ありました?」
「だって、驚かせたかったんだもんっ」
珍しく声を弾ませた小春は、楽しそうに笑いながら色歌に駆け寄って来た。
そして、勢いそのまままに抱きつかれる。
まるで妹みたいな小春に、色歌も笑みを浮かべて呟く。
「甘えん坊め」
姉さんの気持ちが、少しだけ分かった気がした。




