五人の侍女が集まる時
あの夏から三年間。
長姫制度の撤廃に向けて、色歌は一人で努力を続けて来た。
しかし、一人の力には限界があり、未だに成果をあげる事が出来ていない。
これ以上、足踏み状態を続けない為にも、信頼出来る人達を頼ってみることにした。
珠景姫の部屋に四人の侍女を呼び、今後についての話し合いを始める。
「こうして侍女が集まるのは、あの日以来ですね」
色歌は侍女達の顔を見て、感慨深そうに告げる。
この三年間で、双子姉妹は大きく成長した。
美しいが似合う小春と、可愛いが似合う小鈴。
個性が育まれて来た二人は、それぞれ違う系統の魅力的な女の子になっていた。
お揃いの髪飾りと、髪型だけはあの頃と変わっていない。
風瑚と舞風は大きく変わっていないが、大人の色気が増して綺麗になった。
いつまでも四人の顔を眺めている訳にもいかず、色歌は本題を切り出す。
「長姫制度は、私達で終わりにしませんか?」
言葉の続きを待つ侍女達に、色歌は素直な思いをぶつける。
「私は、姉さんが夢見た世界を作りたいです。長姫制度を撤廃して、立場や性別で苦しむ時代を終わらせたい。誰もが夢を追える環境と、多様性が認められる社会の実現を目指したいんです。それが……残された私に出来る唯一の恩返しですから」
切なげに微笑む色歌と、真剣な表情で話を聞く四人の侍女。
ここに居る全員が珠景姫の事を思い、前に進もうとしていた。
色歌の本音を聞いた侍女達も、自分の意見を声に出す。
「応援するし、協力もする。何でも言って」
「私も色ちゃんの考えに賛成! 一緒に頑張ろっ」
「姫様が夢見た世界を、私も見てみたいです」
「私も姫様に恩返ししたいです!」
風瑚、舞風、 小春、小鈴。
四人の声に嘘は含まれていなかった。
大切な話の続きを、色歌は声に出していく。
「千年以上続く文化を終わらせる為には、島に根付く考えを変える必要があります。島の人々が長姫制度に疑問を持って、変えていこうと動き出さなければなりません。私達が訴えかけた所で、若者の戯言だと馬鹿にされるだけですから」
男尊女卑の風潮の中では、女性の意見は通りにくい。
侍女という立場も影響力が無く、大人達は相手にしてくれないだろう。
「『長姫の自害』という前代未聞の大事件によって、多くの島民は御三家に対して不信感を抱いたはずです。十七歳での長姫昇格を強要した挙句、精神的に追い込み自害させた訳ですからね。既存の文化に対する懐疑心も、少なからず生まれたと思います」
でも。と色歌は続ける。
「……何も起こりませんでした。長姫制度に対する問題意識が広がれば、文化の転換期は自ずとやってくると思っていたんですけど。訪れたのは、空白の三年間でした」
珠景姫が生んだ命の価値は、時間が経つにつれて下がっていく。
長姫制度を終わらせる事が出来なければ、珠景姫の死は無駄になってしまうのだ。
その責任を色歌は一人で背負って来た。
残酷な運命に抗いながら、迷い続けた日々。
苦しんだ記憶と共に、涙が込み上げてきた。
「長姫制度を終わらせるきっかけを、姉さんが作ってくれたのに……私は何も出来ていない……何も変えられていないんです。三年の時間を、無駄にしてしまった……」
頬を涙が伝っていく。
珠景姫と同じ年齢になっても、色歌は泣き虫のままだ。
「何の為に、私達を集めたの?」
「それは……」
風瑚の問いに、色歌は言葉を詰まらせる。
何か答えようと視線を上げた時、笑みを浮かべる風瑚と目が合った。
「今日から巻き返す為でしょ」
心を覆い尽くしていた黒雲が吹き飛び、弱った土壌に光が差す。
梅雨明けの青空は清々しくて、不思議と気分が軽くなった。
巡る季節に取り残された心も、ようやく夏を迎えられる。
ここからが本番だと、誰かが声を上げた。
だから、色歌も負けじと声を張る。
「はい!」
「良い顔になった」
安堵したように呟いた後、風瑚はゆっくりと立ち上がった。
「帰るよ、舞風」
「ちょっと、まだ何も決まってないよ?」
「このまま話していても、無駄な時間を過ごすだけ。意味が無い」
「……風ちゃん」
「お父様に掛け合ってみる。御三家の当主の協力無くして、長姫制度の撤廃はありえないでしょ。こっちは任せて」
色歌の目を見て告げた後、風瑚は部屋を出て行った。
それから、数秒後。今度は 小鈴が立ち上がった。
「私も、父様と話して来ます!」
風瑚の背中を追うように、小鈴も部屋を後にした。
残された舞風と小春は、困ったように微笑む。
「私達はどうしよっか?」
「そうですね……私は色歌さんのお手伝いを頑張ります」
「じゃあ、私は宮殿関係者を中心に意見交流をしながら、みんなの手助けをしていこうかな。雑務から大仕事まで引き受ける何でも屋さん!」
自分の役割を決めた小春と舞風は、色歌に目を向ける。
「色ちゃんはどうする?」
「まずは、島に住む人々の考えを聞いてまわろうと思います。一度話しておく事で、少しは信頼を得る事が出来ますし、姉さんの事を思い出すきっかけにもなりますからね」
これまで、御三家と島民が意見交流を行う機会は無かった。
長姫制度に縛られたこの島で生きる以上、長姫や御三家によって決められた事には従うしかない。それが島民の定めだ。
過去には島民による抗議活動もあったようだが、近年では一度も起きていない。
きっと、人々に愛された咲月姫の功績なのだろう。
咲月姫が亡くなってから今日までの十年間で、御三家に対する不平不満も少なからず生まれているはずだ。
だからこそ、島民が今思う事に耳を傾ける必要がある。
「それは、いつ行くの?」
「明日には出発しようと思います。こういうのは勢い任せで始めた方が良いですし、これ以上時間を無駄に出来ないですからね」
「そっか。じゃあ、準備しないとね!」
解散の合図を送るように、舞風が立ち上がった。
色歌は座ったままの小春に目を向け、そっと声をかける。
「小春。大丈夫ですか?」
「あの、色歌さん……」
「何でしょう」
「私も一緒に行って良いですか? 荷物持ちでも良いので、同行したいです」
いつになく真剣な声は、小春の強い意志を伝えてくれた。
普段見せない表情に出会い、色歌は嬉しそうに答える。
「構いませんよ。むしろ、心強いです」
「ありがとうございます」
深々と座礼した後、小春も立ち上がった。
そして、最後に色歌も立ち上がる。
「みんなで、姉さんの夢を叶えましょう」
色歌の言葉を最後に、残っていた三人も部屋を後にした。
珠景姫が居ない世界で、五人の侍女は生きていく。
いつか、同じ景色を見る為に――




