十七歳、夏の追憶
今年も八月八日を迎えた。
珠景姫の誕生日であり、命日でもある特別な一日。
小さな花束とお菓子を持って、色歌は御神体へと向かう。
あの夏から三年が経ち、色歌も十七歳になった。
長姫制度の撤廃に向けた動きに進展はなく、御三家も今後の方針を示せていない。
誰かが動かなければ、いつまでも膠着状態が続くのだろう。ただ待ち続けていても、理想の未来には辿り着けない。
今の姫奥島は、咲月姫が亡くなった頃に良く似ている。
あの時と唯一違うのは、次の姫が居ない事だ。
結婚と出産をせずに、珠景姫はこの世を去った。
長姫が子供を産めなくても、他の御三家に女子が産まれれば、その子は姫の権利を持つ事が出来る。
しかし、双子姉妹は結婚出来る年齢ではなく、最年長の風瑚は離婚してしまった。侍女でただ一人結婚している舞風も、未だに出産経験は無い。
姫になれる子供が、一人もいないのだ。
長い歴史を遡っても、今と似たような状況に陥った事はほとんど無いだろう。前例が無いからこそ、御三家や宮殿関係者も頭を悩ませている。
こうなる未来が、姉さんには見えていたのかもしれない。
次の姫が居なければ、珠景姫は自ずと最後に姫になる。
だから、結婚と出産を強要される前に、十七歳の若さで命を絶ったのだろう。
「可愛い妹が来ましたよ」
誰も居ない御神体の前で、色歌は表情を緩ませた。
巨樹の下にある岩を彫って作った小さな献花台に、小さな花束とお菓子を供える。
珠景姫が亡くなった翌年から、八月八日の夕方にここで祈りを捧げてきた。
墓参りの代わりであり、珠景姫の死と向き合う大切な時間でもある。
色歌が最期を迎えるまで、このお祈りだけは続けていきたい。
木漏れ日が揺れる土の上に正座し、顔の前で合掌して目を閉じた。
御神体に眠る珠景姫を思い、今年も静かに祈りを捧げる。
お久しぶりです。姉さん。
私も姉さんと同じ十七歳になりました。
この年で命を絶つのは、想像するだけでも怖いです。
姉さんの考えを受け入れてしまった事を、後悔する日もありました。
もし、大扇が早くに亡くなれば、長姫の権限で『長姫制度の撤廃』を宣言する事も出来たと思います。
姉さんが命をかけて終わらせる必要があったのかなって、やっぱり考えちゃうよ。
今日も姉さんと一緒に生きていたかった。
大きくなっても変わらないね。って笑って欲しかった。
でも、もう叶わないから諦めるね。
ずっと逃げて来たけど、姉さんの死を一度受け入れようと思う。
姉さんが夢見た世界を作る為に、私も覚悟を決めるよ。
だから、見守ってて。
大好きな人を想い続けながら、私も現実に抗ってみる。
いつか夢が現実になったら、帰って来てね。
私はずっと待ってるから。
またね。姉さん。
ゆっくり目を開けた色歌は、立派な巨樹を見上げて呟く。
「姉さんのこと、よろしくお願いします」
夏の風が葉を揺らして音を奏でる。
御神体の向こうで太陽は笑っていた。
立ち上がった色歌は、巨樹の根の間に出来た大きな空洞へと歩み寄る。
あの夏、珠景姫はこの穴に飛び込んだ。
実際にこの場に立つと、不安と恐怖で足がすくんでしまう。
怖くて、穴の中は覗けなかった。
色歌は視線を上げて、珠景姫が最後に見た景色を目に焼き付ける。
あの日の私はまだ小さくて、弱々しく見えた事だろう。
それでも、姉さんは私に託してくれた。十四歳の私を信じて、島の未来を変えるきっかけを作ってくれたのだ。
その意味を改めて考える。
長姫制度の撤廃は、色歌にしか成し遂げられない。
珠景姫が夢見た世界を作れるのは、神島色歌だけだ。
あの夏以降、頭だけが理解していた事を、ようやく心も受け入れてくれた。
明日になれば、色歌は珠景姫の人生を追い越す。
だから、姉さんの背中を追うのは終わりにしよう。
どんなに困難が続いても、前に進み続けるしかない。
その先に、姉妹が望んだ未来があると信じて――




