表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
珠景色の春風鈴  作者: 美珠夏/Mishuka
第4章 幼少期と咲月姫
PR
33/64

或る夏の原風景


 原風景の中をゆっくりと歩く。

 宮殿を出た後、神島家と侍屋敷家(さむらいやしき け)の両姉妹は目的も無く歩いていた。


 姫として宮殿に住む珠景姫(みかげひめ)

 侍女として宮殿に住み込みで働く色歌(いろか)

 本来の役目では無い侍女として、珠景姫(みかげひめ)に仕える事になった風瑚(ふうこ)舞風(まいかぜ)


 明日になれば、これまでの日常が終わってしまう。


 そう思うと、この瞬間さえも切なく感じた。

 何も言わずに歩き続ける三人も、同じように感傷に浸っているのかもしれない。


「……あのっ」

 どこか重く悲しい空気を変えたかった。


 快晴の夏空に似合うのは、清々しい笑顔だろう。

 だから、今だけでも笑って欲しい。

 素直な感情をぶつけ合えるのは、今日が最後だから――


色歌(いろか)

 名前を呼んでくれた人に目を向ける。


「ありがとね」

 彩度の高い夏の世界で微笑む珠景姫(みかげひめ)の姿は、儚くも綺麗だった。

 こんなにも、夏の景色が似合う人は居ないだろう。

 思わず見惚れてしまい、色歌(いろか)は頷く事しか出来なかった。


「最後にみんなで遊ぼっ!」

 珠景姫(みかげひめ)は声を弾ませると、楽しそうに駆け出した。

 その天真爛漫な姿に、咲月姫(さつきひめ)の面影が重なる。


 咲月姫(さつきひめ)と過ごせた最後の春、色歌(いろか)は素直に遊ぶ事が出来なかった。

 だから、今日は遠慮無く遊びたい。

 追いかけるのは、母さんではなく姉さんだ。

 衝動に駆られた心に、身体も反応して走り出す。


「おい、色歌(いろか)

「ちょっと、置いて行かないでぇ」

 風瑚(ふうこ)舞風(まいかぜ)の声を背中で受け取り、色歌(いろか)は走りながら振り返る。

 すると、二人もどこか楽しそうに走って来た。


 子供らしく自由に過ごせる最後の夏。

 田園風景の中を、四人の少女が駆けて行く。


「ひ、姫ちゃん、どこまで行くのぉ?」

 舞風(まいかぜ)が息を切らしながら声をかけると、珠景姫(みかげひめ)は足を止めて振り返った。

「近くの小川で遊ぼうと思って。暑いから最高だよ、きっと」

「濡れて帰ったら怒られるよ」

 風瑚(ふうこ)の忠告に、珠景姫(みかげひめ)は清々しい表情を見せた。

「どうせ、何をしても怒られるもん」

「たしかに」

 色歌(いろか)は両手を蟹のハサミのようにして呟く。

 すると、年上の三人が揃って笑いだした。


「ど、どうしたの?」

「可愛いなって、思っただけだよ……うん、ふふふっ」

 口元を手で隠しながら、珠景姫(みかげひめ)は必死に笑いを堪えている。

 風瑚(ふうこ)も口元を緩めていて、舞風(まいかぜ)は両手で顔を隠して笑っていた。

 ただでさえ、夏の日差しだけでも暑いのに、顔がポッと熱を帯びる。


「……も、もうっ! かにさん川に帰ります!」

 珠景姫(みかげひめ)が目指していた小川を見つけ、色歌(いろか)は再び走り出した。

 小さな身体を全力で動かして、三人の手が届かない場所へと向かう。


 呼び止めようとする三人の声は、蝉の鳴き声によって掻き消されてしまい、無我夢中で走る色歌(いろか)には届かなかった。


 雑草を踏みつけて跳躍した色歌(いろか)は、青の水面へと飛び込んだ。

 水滴が宙を舞い、太陽の光を浴びて輝く。

 ひんやりとした流水が足を包み込み、熱った身体を冷やしてくれた。


「あははっ、つめたーい!」

 無邪気な笑い声を響かせながら、色歌(いろか)は流れ行く水を蹴り上げる。

 後戻り出来ない状況だからこそ、心はどこまでも素直になれた。


 本当はまだ子供で居たい。

 だからこそ、この一瞬は不思議なくらいに幸せだった。


「捕まえたっ!」

 珠景姫(みかげひめ)の声が聞こえた瞬間、大きな水飛沫が上がった。

 水を全身に浴びた後、色歌(いろか)珠景姫(みかげひめ)に抱き寄せられる。


「帰る場所はここじゃないでしょ」

 小川の浅瀬で抱き合う姉妹を、太陽が明るく照らし出す。


「やっぱり仲良しだねぇ」

「怒られても知らないから」

 どこか微笑ましそうに見つめる舞風(まいかぜ)と、呆れた声で呟く風瑚(ふうこ)

 珠景姫(みかげひめ)色歌(いろか)との抱擁を解き、遅れて来た二人に目を向ける。


「ほら、二人もおいでよ。気持ち良いよ」

 珠景姫(みかげひめ)の提案に、風瑚(ふうこ)舞風(まいかぜ)は困ったように立ち尽くす。

 そんな二人を見て、珠景姫(みかげひめ)色歌(いろか)は悪戯っ子のような笑みを浮かべて目を合わせた。


 考えている事は一緒なのだろう。

 手で川の水を掬い上げると、川岸に立つ侍屋敷家(さむらいやしき け)の姉妹に水をかけた。

「ちょっ!」

「きゃあっ!」

 咄嗟に出た悲鳴が響いた後、四人の間に静寂が生まれる。


 小川のせせらぎだけが聞こえる静かな空間で、最初に声を上げたのは元気な蝉だった。

 滴る水を拭った風瑚(ふうこ)は、何故か色歌(いろか)の方に目を向ける。


 目が合った瞬間、風瑚(ふうこ)色歌(いろか)が居る方へ向かって小川に飛び込んだ。

 再び大きな水飛沫が上がり、色歌(いろか)は全身びしょ濡れになる。


「お返し」

 風瑚(ふうこ)は濡れた手で色歌(いろか)の頬に触れると、ニッと笑った。

 冷静で真面目な風瑚(ふうこ)が入水した事で、舞風(まいかぜ)も割り切れたのだろう。

 ゆっくりと水面に足を触れさせ、流水のなかを歩いて近づいて来た。

「私も遊びたい!」

 舞風(まいかぜ)が声を弾ませると、珠景姫(みかげひめ)も嬉しそうに笑う。


「うん! みんなで遊ぼっ!」

 明日になれば、今日よりも大人にならなければならない。

 子供で居られる今を全力で楽しむ為に、無我夢中で遊び続けた。

 少女達を見守る夏の太陽は、ゆっくりと帰路につく。

 特別な夏の一日が、少しでも長く続くように――



 夕陽に照らされた世界に、ひぐらしの声が優しく響き渡る。

 お風呂上がりの色歌(いろか)は、縁側に腰掛けて風を浴びていた。


 潤いを得た肌に触れる風が心地良くて、ただ呆然と空を見上げている。

 帰宅後、予想通り大扇(だいせん)に怒られたが、不思議と良い気分のまま過ごせていた。


 何も考えずに遊べたのは久々で、あの時間は本当に幸せだった。

 立場を気にして我慢したり、余計な事まで考えて遠慮したり。


 子供で居られる時間を、色歌(いろか)は自ら放棄していたのかもしれない。

 だから、心の壁を壊してくれた珠景姫(みかげひめ)には感謝だ。


「姉さん」

 部屋の中に居る珠景姫(みかげひめ)に声をかける。

 しかし、反応が無く、色歌(いろか)は部屋の方を振り返った。

 濃い影が伸びる畳の上で、珠景姫(みかげひめ)は心地良さそうに寝ていた。


 遊び疲れたのか、可愛らしい寝顔を晒してぐっすり眠っている。

 色歌(いろか)は立ち上がり、珠景姫(みかげひめ)の傍に寝転んだ。


「姉さん」

 もう一度呼んでみるが、色歌(いろか)の声は届かない。

 夢の世界へと行ってしまった珠景姫(みかげひめ)を見つめ、色歌(いろか)は穏やかな声で呟く。


「ありがとう」

 感謝を告げ、そっと目を閉じる。 


 隣で眠れば、同じ夢を見れるかもしれない。

 そんな淡い希望を抱きながら、色歌(いろか)もゆっくりと眠りに落ちていく。

 二人を起こさないように、夕陽も静かに姿を隠した。


 或る夏の特別な一日と共に、幼少期の記憶も終わりを迎える。

 幸せに満ちた時間は、過去に描いた思い出だった。


 夢の続きは、どこにも存在しない――


《 読者の皆様へ 》

珠景色の春風鈴を読んで頂き、ありがとうございます❀.*゜

ここまでのお話はいかがでしたか?

色歌の幼少期を描く第4章はここまで!

物語はまだまだ続きますが、コメントや感想は大歓迎です! 気軽に送ってくださいね(*´꒳`*)

評価や良いねもお待ちしています!


幼少期の回想編、特にこの「或る夏の原風景」は

個人的に好きなシーンでもあります!

好きなシーンがあれば、是非教えてください(っ ॑꒳ ॑c)


次の章では、17歳になった色歌が登場します

第5章 もお楽しみに!

美珠夏/misyuka の宮本でした˙ᵕ˙ )ノ゛

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ