華やかに咲き、静かに散る
咲月姫は、天真爛漫な女性だ。
長姫という立場でありながらも、自由奔放に生きている。
派手な着物や髪飾りを好み、普段の装いも華やかだ。
可憐な姿ばかり注目されるが、咲月姫の凄さは磨かれた能力にある。
決断力に長けていて、知識量が多く賢い。一般の島民の意見に耳を傾け、どんな立場の人にも優しく寄り添える。島民から愛されているのも、一つの才能だ。
こんなにも長姫に相応しい人は居ない。
咲月姫が長きに渡って島の統治を行えば、より豊かな暮らしの実現が期待出来る。
島民の多くがそんな希望を抱いていたが、無情にも打ち砕かれてしまう。
豪雨に呑まれた初夏のある日、残酷な運命が咲月姫を襲った。
神島咲月姫(享年34)
結核だった。
長姫の仕事をする中で、罹患してしまったらしい。
診察をしてくれた医師の判断で、感染後は宮殿の自室で隔離療養となった。
時が進むにつれて病状は悪化していき、日々苦しんでいたという。
最期を迎えるまで、母に会うことは出来なかった。
お別れの時間を設ける事さえ叶わなかった。
だから、本当に亡くなったのかさえ分からない。
本当はどこかで生きていて、結核で死亡した事にしている可能性もある。
そんな事を考えた日もあった。
でも、現実に向き合わなければならない日が来てしまう。
火葬が行われる前に、安らかに眠る咲月姫の姿を見せてもらえたのだ。
その日、泣き崩れたのは珠景姫だけだった。
色歌は不思議と冷静で、泣き続ける珠景姫に寄り添い続けた。
一緒に過ごせた時間の差なのだろう。
母の代わりに面倒を見てくれた珠景姫が、色歌にとってはお母さんなのかもしれない。
亡き母の前でそんな事を考えてしまい、心は悲しみに浸っていく。
最期くらい、母と娘の距離で居たかった――
長姫不在のまま、姫奥島は夏を迎えた。
季節の変化に促されるように、御三家も新たな時代を迎える準備を始める。
御三家の当主による会議が幾度となく行われ、ついに今後の方針が決まった。
そして、今日。
姫や島民に対して、決定事項が伝えられる。
歴代の長姫が使用して来た広い部屋に、関係者が集められた。
参加者の中には、今回の話に該当しない風瑚と舞風の姿もある。
「では、そろそろ始めましょうか」
彩美家の当主が声を出すと、室内は静寂に包まれた。
場の空気が整った事を確認すると、早速本題に入る。
「咲月姫の逝去に伴い、私達は新たな体制を整える準備を進めてきました。度重なる会議を経て決まった内容を、本日は皆様にお伝えします」
進行を任されているのか、彩美家の当主だけが喋り続ける。
「まずは神島家の長女。珠景姫様」
名前を呼ばれた珠景姫は、丁寧に座礼した。
「姫様は明日からこの宮殿に住み、いずれ長姫に昇格する為の準備に入って頂きます。生前、咲月姫様が使用されていたこの部屋をお使いください。姫という立場は変わりませんが、明日からは島の長としての暮らしをしていただきます」
珠景姫は何も言わずに、深々と頭を下げた。
「次に、神島家の次女。色歌」
「はい」
「姫様の侍女として、宮殿の方で共に暮らして頂きます。一緒に生活する事は変わりませんが、姉妹の関係よりも『主従の関係』の方が強くなります。最初は戸惑うと思いますが、徐々に慣れてくださいね。あなたが姫様の右腕になる事を心から期待しています」
「はい。頑張ります」
色歌は明るい表情を浮かべながら、深々と頭を下げた。
環境は変わっても、姉さんと共に暮らす事が出来る。
そして何より、一人の侍女として傍に居られるのだ。
こんなにも幸せなことは無い。
珠景姫を支えていく仕事なら、どんなに辛くても頑張れるだろう。
頭を上げた色歌は、嬉しそうに微笑んだ。
「彩美家の双子姉妹ですが……まだ幼いので、現時点での宮殿入りは見送ります。七歳の誕生日を迎えたら、侍女見習いとして宮殿で暮らしてもらう事にしました」
珠景姫以降に御三家に生まれた女の子は、色歌、小春、小鈴の三人だけ。
現時点で侍女になれるのは、色歌しかいない。
長姫が若くして亡くなった事により、次の世代が育っていないのだ。
本来、姫が二十歳を迎えるまでは、先代の長姫が島の統治を行い続ける。姫の侍女達もある程度大きくなっていれば、世代交代の際に引き継ぎが上手くいくからだ。
長姫制度の長い歴史を辿れば、今回と同じ状況になった時代もあるのかもしれない。
しかし、ここまで世代交代が上手くいかなかったのは初めてだろう。
前例が無い非常事態に多くの人が困惑し、御三家の当主達も頭を悩ませたはずだ。
「そして、侍屋敷家の風瑚、舞風」
「えっ」
「は、はい」
いきなり名前を呼ばれ、風瑚と舞風は慌てて姿勢を正す。
「二人にも姫様の侍女になってもらいます。ただ、宮殿に住む必要はありません」
「……私達が、侍女ですか?」
舞風の問いかけに、彩美家の当主は静かに頷いた。
「色歌一人では、流石に人手不足ですからね。双子姉妹が大きくなるまでの間だけでも、二人には侍女として働いてもらいたい。それに、これはあなた達のお父様の提案です」
風瑚と舞風は、父である侍屋敷家の当主に目を向ける。
注目を浴びる形となった二人の父は、彩美家の当主に代わって喋り出した。
「長姫不在という緊急事態に、侍屋敷の家だけが何も協力しないのはおかしいだろう。本来、お前らが侍女に該当しない世代である事は私も分かっている。だから、これは私達からのお願いだ。侍女として、若い姫を支えてやってくれ」
御三家の当主達に頭を下げられては、嫌でも拒否する事は出来なかったのだろう。
風瑚と舞風は複雑な表情を浮かべつつも、何も言わずに頭を下げて受け入れた。
「決定事項は以上になります。明日より新体制を整えていきますので、皆様ご協力ください。本日はお集まりいただき、ありがとうございました」
咲月姫の時代が終わり、珠景姫の時代が始まった。
遅くても十七歳までには結婚させ、長姫に昇格させたい。
そんな御三家の願いを、珠景姫とその侍女達はまだ知らなかった。




