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珠景色の春風鈴  作者: 美珠夏/Mishuka
第4章 幼少期と咲月姫
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華やかに咲き、静かに散る


 咲月姫(さつきひめ)は、天真爛漫な女性だ。


 長姫(おさひめ)という立場でありながらも、自由奔放に生きている。

 派手な着物や髪飾りを好み、普段の装いも華やかだ。

 可憐な姿ばかり注目されるが、咲月姫(さつきひめ)の凄さは磨かれた能力にある。


 決断力に長けていて、知識量が多く賢い。一般の島民の意見に耳を傾け、どんな立場の人にも優しく寄り添える。島民から愛されているのも、一つの才能だ。

 こんなにも長姫(おさひめ)に相応しい人は居ない。


 咲月姫(さつきひめ)が長きに渡って島の統治を行えば、より豊かな暮らしの実現が期待出来る。

 島民の多くがそんな希望を抱いていたが、無情にも打ち砕かれてしまう。

 豪雨に呑まれた初夏のある日、残酷な運命が咲月姫(さつきひめ)を襲った。



  神島咲月姫(さつきひめ)(享年34)



 結核だった。

 長姫(おさひめ)の仕事をする中で、罹患してしまったらしい。

 診察をしてくれた医師の判断で、感染後は宮殿の自室で隔離療養となった。


 時が進むにつれて病状は悪化していき、日々苦しんでいたという。 

 最期を迎えるまで、母に会うことは出来なかった。

 お別れの時間を設ける事さえ叶わなかった。

 だから、本当に亡くなったのかさえ分からない。


 本当はどこかで生きていて、結核で死亡した事にしている可能性もある。

 そんな事を考えた日もあった。


 でも、現実に向き合わなければならない日が来てしまう。

 火葬が行われる前に、安らかに眠る咲月姫(さつきひめ)の姿を見せてもらえたのだ。


 その日、泣き崩れたのは珠景姫(みかげひめ)だけだった。

 色歌(いろか)は不思議と冷静で、泣き続ける珠景姫(みかげひめ)に寄り添い続けた。


 一緒に過ごせた時間の差なのだろう。

 母の代わりに面倒を見てくれた珠景姫(みかげひめ)が、色歌(いろか)にとってはお母さんなのかもしれない。


 亡き母の前でそんな事を考えてしまい、心は悲しみに浸っていく。


 最期くらい、母と娘の距離で居たかった――




 長姫(おさひめ)不在のまま、姫奥島(ひめおくしま)は夏を迎えた。

 季節の変化に促されるように、御三家も新たな時代を迎える準備を始める。

 御三家の当主による会議が幾度となく行われ、ついに今後の方針が決まった。


 そして、今日。

 姫や島民に対して、決定事項が伝えられる。


 歴代の長姫(おさひめ)が使用して来た広い部屋に、関係者が集められた。

 参加者の中には、今回の話に該当しない風瑚(ふうこ)舞風(まいかぜ)の姿もある。


「では、そろそろ始めましょうか」

 彩美家(あやみ け)の当主が声を出すと、室内は静寂に包まれた。

 場の空気が整った事を確認すると、早速本題に入る。


咲月姫(さつきひめ)の逝去に伴い、私達は新たな体制を整える準備を進めてきました。度重なる会議を経て決まった内容を、本日は皆様にお伝えします」


 進行を任されているのか、彩美家(あやみ け)の当主だけが喋り続ける。


「まずは神島家の長女。珠景姫(みかげひめ)様」

 名前を呼ばれた珠景姫(みかげひめ)は、丁寧に座礼した。


「姫様は明日からこの宮殿に住み、いずれ長姫(おさひめ)に昇格する為の準備に入って頂きます。生前、咲月姫(さつきひめ)様が使用されていたこの部屋をお使いください。姫という立場は変わりませんが、明日からは島の長としての暮らしをしていただきます」


 珠景姫(みかげひめ)は何も言わずに、深々と頭を下げた。


「次に、神島家の次女。色歌(いろか)

「はい」


「姫様の侍女として、宮殿の方で共に暮らして頂きます。一緒に生活する事は変わりませんが、姉妹の関係よりも『主従の関係』の方が強くなります。最初は戸惑うと思いますが、徐々に慣れてくださいね。あなたが姫様の右腕になる事を心から期待しています」


「はい。頑張ります」

 色歌(いろか)は明るい表情を浮かべながら、深々と頭を下げた。

 環境は変わっても、姉さんと共に暮らす事が出来る。

 そして何より、一人の侍女として傍に居られるのだ。

 こんなにも幸せなことは無い。


 珠景姫(みかげひめ)を支えていく仕事なら、どんなに辛くても頑張れるだろう。

 頭を上げた色歌(いろか)は、嬉しそうに微笑んだ。


彩美家(あやみ け)の双子姉妹ですが……まだ幼いので、現時点での宮殿入りは見送ります。七歳の誕生日を迎えたら、侍女見習いとして宮殿で暮らしてもらう事にしました」


 珠景姫(みかげひめ)以降に御三家に生まれた女の子は、色歌(いろか)小春(こはる)小鈴(こすず)の三人だけ。

 現時点で侍女になれるのは、色歌(いろか)しかいない。

 長姫(おさひめ)が若くして亡くなった事により、次の世代が育っていないのだ。


 本来、姫が二十歳を迎えるまでは、先代の長姫(おさひめ)が島の統治を行い続ける。姫の侍女達もある程度大きくなっていれば、世代交代の際に引き継ぎが上手くいくからだ。

 長姫(おさひめ)制度の長い歴史を辿れば、今回と同じ状況になった時代もあるのかもしれない。


 しかし、ここまで世代交代が上手くいかなかったのは初めてだろう。

 前例が無い非常事態に多くの人が困惑し、御三家の当主達も頭を悩ませたはずだ。


「そして、侍屋敷家(さむらいやしき け)風瑚(ふうこ)舞風(まいかぜ)

「えっ」

「は、はい」

 いきなり名前を呼ばれ、風瑚(ふうこ)舞風(まいかぜ)は慌てて姿勢を正す。


「二人にも姫様の侍女になってもらいます。ただ、宮殿に住む必要はありません」


「……私達が、侍女ですか?」

 舞風(まいかぜ)の問いかけに、彩美家(あやみ け)の当主は静かに頷いた。


色歌(いろか)一人では、流石に人手不足ですからね。双子姉妹が大きくなるまでの間だけでも、二人には侍女として働いてもらいたい。それに、これはあなた達のお父様の提案です」


 風瑚(ふうこ)舞風(まいかぜ)は、父である侍屋敷家(さむらいやしき け)の当主に目を向ける。

 注目を浴びる形となった二人の父は、彩美家(あやみ け)の当主に代わって喋り出した。


長姫(おさひめ)不在という緊急事態に、侍屋敷の家だけが何も協力しないのはおかしいだろう。本来、お前らが侍女に該当しない世代である事は私も分かっている。だから、これは私達からのお願いだ。侍女として、若い姫を支えてやってくれ」


 御三家の当主達に頭を下げられては、嫌でも拒否する事は出来なかったのだろう。

 風瑚(ふうこ)舞風(まいかぜ)は複雑な表情を浮かべつつも、何も言わずに頭を下げて受け入れた。


「決定事項は以上になります。明日より新体制を整えていきますので、皆様ご協力ください。本日はお集まりいただき、ありがとうございました」


 咲月姫(さつきひめ)の時代が終わり、珠景姫(みかげひめ)の時代が始まった。


 遅くても十七歳までには結婚させ、長姫(おさひめ)に昇格させたい。


 そんな御三家の願いを、珠景姫(みかげひめ)とその侍女達はまだ知らなかった。


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