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珠景色の春風鈴  作者: 美珠夏/Mishuka
第3章 秋が隠した夏の思い出
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雨過天晴


 静寂が二人の間を通り抜けた後、小汰郎(こたろう)がぼそっと呟く。


「姉ちゃん達は元気か?」

「ええ。二人とも元気にしていますよ」

 色歌(いろか)の言葉を聞いて、小汰郎(こたろう)は安堵の笑みを浮かべた。


 小汰郎(こたろう)も、長姫制度(おさひめせいど)のせいで苦しむ一人なのだろう。

 珠景姫(みかげひめ)色歌(いろか)が母と別の場所で暮らす事を強いられたように、小汰郎(こたろう)も年の近い姉と離れた生活を送る事になってしまったのだ。

 家族と仲が悪い人にとっては最高でも、仲が良い人にとっては最悪だ。


 どんな制度や文化も、結局人を選んでしまう。

 誰もが幸せになる世界など、そもそも存在しない。


 長姫制度(おさひめせいど)が無い世界を実現しても、また別の理由で辛い思いをする人が生まれる。

 幸せの平等は、人類史における終わり無き戦いの一つだ。


 それを分かった上で、実現したい世界がある。

 姉さんが夢見た世界は、きっと多くの人が幸せに暮らせるはずだ。


長姫制度(おさひめせいど)が終われば、また一緒に暮らせるようになりますから」


「大人になってからじゃ、意味ないぞ」

「分かっていますよ。出来るだけ早く実現しますね」

 子供らしい直球の意見を受け止め、色歌(いろか)は再び前を向いた。

 ゆっくりと立ち上がり、部屋を出て階段を降りていく。

 いきなり帰路に着こうとする色歌(いろか)を追いかけ、小汰郎(こたろう)も階段を駆け降りてきた。


「あ、色歌(いろか)さん!」

 一階の廊下で声をかけてきたのは、宮殿に居るはずの小鈴(こすず)だった。

 いつものように、無邪気な笑顔で手を降っている。

 そんな小鈴(こすず)に、後から来た小汰郎(こたろう)が声をかける。


鈴姉(すずねえ)ちゃん!? 何で居るんだよ」

色歌(いろか)さんに用があって」

「私ですか?」

「見せたい物があるんです。一緒に来てください! 小汰郎(こたろう)も来て良いよ」

 小鈴(こすず)が案内してくれたのは、奥の小さな和室だった。

 戸を開け、色歌(いろか)は部屋に足を踏み入れる。

 すると、桜を描いた綺麗な絵が出迎えてくれた。

 説明されなくても分かる。


 これは姉さんが描いた絵だ--


「どうして……」

 言葉を失ってしまう。


 あの事件の日。

 大扇(だいせん)によって、珠景姫(みかげひめ)の絵は全て消失したと思っていた。しかし、一枚だけ傷がつく事なく残っている。

 目の前の光景が信じられない。


「姫様の絵を持っていく人達を見て、嫌な予感がしたんです。でも、移動させるだけかなとも思って、ただ見ていました。そしたら、その絵も持っていかれそうになって、気づいたら声をかけてました」


 小鈴(こすず)はその時の会話を再現してくれた。


「そ、それ私のです!」

「これは姫様が描いたやつでしょ?」

「あ、えっと……一緒に描いた絵なので、私のなんです」

「そうなの……? じゃあ、返したほうが良い?」

「はい!」


 大扇(だいせん)に指示をされた人が優しくて良かった。

 問答無用に運び出されていたら、この絵は今を生きていない。


「宮殿の中だと危ないので、父様に頼んでここに持って来たんです」

「だから、無事だったんですね」

 色歌(いろか)小鈴(こすず)を抱き寄せた。


「ありがとう……本当にありがとうございます」

 二人が抱き合う様子を、小汰郎(こたろう)は何も言わずに見守っていた。

 そして、ゆっくりと抱擁を解き、色歌(いろか)は告げる。

「この絵は、小鈴(こすず)が持っていてください」

「え、でも……」


「私は姉さんと一緒に絵を描く時間を過ごしていないですし、その絵が完成した瞬間も知りません。それに、姉さんが生きた証を小鈴(こすず)にも持っていて欲しいんです」


 珠景姫(みかげひめ)と双子姉妹があの夏に残した特別な思い出。

 その欠片すら、色歌(いろか)は知らない。


 珠景姫(みかげひめ)が一緒に絵を描いたのは、小春(こはる)小鈴(こすず)だけだった。

 この絵の価値を知る人にしか、本当の意味で大切に出来ないだろう。

 悩む小鈴(こすず)に、色歌(いろか)珠景姫(みかげひめ)の口調で告げる。


「これは小鈴(こすず)にあげるね」

 たった一言。珠景姫(みかげひめ)の声が聞こえた。

 二人の耳に懐かしい声が広がっていく。


 本当は色歌(いろか)の声だと小鈴(こすず)も分かっているはずだ。

 それでも、あの夏を最後に失われた声で告げられた言葉は、小鈴(こすず)の心を動かす。


「ずっと大切に守ります!」

「うん! ありがとう」

 珠景姫(みかげひめ)色歌(いろか)の思いを重ねて、感謝の言葉を届ける。


 小汰郎(こたろう)が不思議そうに見ている事で、改めて実感した。


 あの夏と珠景姫(みかげひめ)を知るのは、私達しか居ない――



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