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珠景色の春風鈴  作者: 美珠夏/Mishuka
第3章 秋が隠した夏の思い出
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島の疫病神


 数分の時が経ち、大扇(だいせん)は手紙を座卓に置いた。

 そして、少し考えてから口を開いた。


「……この島を出て行こうと思う」

 また信じられない言葉が耳に届く。 

 冷静さを保つ心に、じんわりと恐怖が滲み始めた。

「何故、ですか?」


「もう居るべきでは無いのだろう。亡くなった嫁と娘。そして、これから幸せになるべき色歌(いろか)の事を考えれば、この島から姿を消した方が良い」


「それだけではないですよね?」


「……ふん。十五の娘とは思えないくらい完成されているな、お前の脳は」

 大扇(だいせん)は苦笑を浮かべると、いつものように声を張って喋り出す。


「田舎過ぎるこの島に魅力を感じない。あの程度の怪我で本州の病院へ出向いたのも、数少ない観光の機会を作れると思ったからだ」


 大扇(だいせん)という名の疫病神は本州を旅して、近代化が進む都市に目をつけたのだろう。 

 島一番の欲深い男だが、最近は現状に満足しているように見えた。


 長姫制度(おさひめせいど)がある姫奥島(ひめおくしま)では、『長姫(おさひめ)の夫』かつ『姫の父』という立場は最強だ。

 自分が無能であっても権力を握れる立場にあり、ある程度の欲は満たす事が出来る。権力を握れている限り、新しい環境を望んだりはしない。


 ただ状況が変わった。

 咲月姫(さつきひめ)は早くに亡くなり、頼みの綱である珠景姫(みかげひめ)長姫制度(おさひめせいど)に抗って命を絶った。

 もう最強の立場じゃない。


 長姫制度(おさひめせいど)が撤廃となれば、御三家である強みも無くなってしまう。

 仮に次の姫が決まったとしても、それは神島家の血筋では無い。

 どう足掻いても、大扇(だいせん)が再び権力を握る日は来ないのだ。

 だから、自分が欲を満たせる場所へと向かうのだろう。


「お前を捨てて、私は東京に移住する」

 大扇(だいせん)は突き放すように言葉を吐いた。

 色歌(いろか)の目から涙がこぼれ落ちる。

 それを見た大扇(だいせん)は笑みを浮かべると、追い討ちをかけるような言葉を並べ始めた。


「神島家の財産は全て持っていくからな。誰かに養ってもらうか、必死に働いて暮らせば良い。お前の来ている着物や、その綺麗な髪も売れば金になるぞ。それこそ、お前が好きでたまらない珠景姫(みかげひめ)の私物も良い値がつくだろう。哀れな少女になるのは、お前の姉が長姫制度(おさひめせいど)を終わらせようとしたからだ。あいつを恨め。良いか? 分かったか?」


 涙を拭い、色歌(いろか)大扇(だいせん)に目を向ける。

「分かりました。ただ、一つだけお願いがあります」

「ふん。私も連れて行けとは言わせないぞ」

「言いませんよ」

 そっと笑みを浮かべた色歌(いろか)は、父に対する最後のお願いを口にした。


長姫(おさひめ)神社の宮司である祖父・扇寿朗(せんじゅろう)に、多額の支援をお願いしたいです。後継者も不在で、長姫(おさひめ)神社の存続も厳しいでしょうから、残りの余生を過ごせるくらいの支援をしていただきたいです。あなたの父親なんですから、それくらいはしてただけませんか?」


 予想外のお願いに、大扇(だいせん)はぎこちない笑みを浮かべた。

「珍しくまともな事を言いおって……ふん。島を出る前に渡しに行く」

「ありがとうございます」

「話は終わりだ。親子の縁も、父親としての役割も全て今日で終わりだ」

「はい」

 幸せです。


「今までお世話になりました。どうか、お元気で」

 本音とは逆の言葉を声に出し、色歌(いろか)は深々と頭を下げて笑みを浮かべる。


 ご機嫌な足取りで色歌(いろか)の横を通り過ぎた大扇(だいせん)は、障子を開けて部屋を出て行った。

 階段を降りる音が聞こえなくなってから、色歌(いろか)はゆっくりと頭を上げた。

 目から溢れ出した涙が頬を伝っていく。


「…… 色歌(いろか)

 名前を呼ばれて振り返ると、心配そうに見つめる小汰郎(こたろう)と目が合った。

 立ち尽くす小汰郎(こたろう)に、色歌(いろか)は意地悪な質問を投げかける。

「今の私、どんな顔してますか?」


「あ、いや……えぇ」

 小汰郎(こたろう)は困った表情で少し考える。

 そして、どこか不安げに呟いた。

「なんか、嬉しそうな顔してる」

「ふふ。正解です!」

 こんなにも嬉しい事はない。

 大嫌いな人が勝手に居なくなるほど、楽な事はないのだ。


 涙を拭いながら、色歌(いろか)はある人を探す。

「ところで栄一(えいいち)さんは?」

「くそじじぃの付き人なんだから、嫌でもついていくに決まってんだろ」

「確かにそうですね」

色歌(いろか)って馬鹿なの?」 


「ずっと気になっていたんですけど、せめて『さん』か『ちゃん』はつけてください。あなたのお姉ちゃんよりも年上なんですよ?」


「嫌だよ」

「わがままですね。色歌(いろか)って呼んでいる間は話してあげませんから」

 ぷいっと顔を背ける。

「頑固すぎだろ…… 色歌(いろか)? おーい、色歌(いろか)

 無言を貫き通す色歌(いろか)を見て、小汰郎(こたろう)はため息をこぼす。


「んだよ、めんどくせねぇな…… 色歌(いろか)ち……ちゃん」

「はい! 色歌(いろか)ちゃんですよ!」

「あぁ、もう! やっぱり嫌だっ! 無視されても『色歌(いろか)』って呼び続けるからな」

「仕方ないですね。特別ですよ」

「と、特別?」

「何で嬉しそうにするんですか」

「してねぇーよ!」

 小汰郎(こたろう)は視線を逸らして、口を尖らせた。

 静寂が二人の間を通り抜けた後、小汰郎(こたろう)がぼそっと呟く。


「姉ちゃん達は元気か?」


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