秋の嵐
彩りを失った寂しい季節。
冷たい雨風が吹き荒れる日に、大扇が島に帰って来た。
平和な日常にも暗雲が立ち込めて、再び重たい空気が漂い始める。
帰宅早々、色歌の元に伝言が届く。
大扇の言葉を伝えに来たのは、付き人の栄一だった。
「『神島家の今後について話がある。彩美家の屋敷に来い』そう伝えるよう命じられてね」
「遺言なら聞きたくないです」
「すっかり元気になってたよ。だから、まだ聞けそうに無いかな」
「何で彩美家の屋敷なんです?」
「この前の件があるから、自宅で二人にすると危険でしょ? 色歌ちゃんに何かあれば大変だし、これ以上問題が起きるのは防ぎたいからね。だから、僕からお願いしたんだ」
「そ、そんなに私のこと心配ですか?」
色歌の問いかけに、栄一は深く頷いた。
そして、真剣な表情で告げる。
「決めたんだ。僕が色歌ちゃんを守るって」
心に幸せが広がる。
思わず口元が緩んでしまい、色歌は軽く視線を逸らした。
「姫様にお願いされたし、僕自身もそのつもりだったからね」
珠景姫の言葉を胸に刻んで生きている人が、色歌の他にも居る事が嬉しかった。
あの夏、姉さんが思いを伝えた人は限られている。
手紙を貰った侍女と、最期に立ち会った栄一。そして、大扇だ。
色歌は大扇宛ての手紙も受け取ったが、未だに渡せていない。
「話し合いは、いつですか?」
「今日の午後に行う予定だよ。大丈夫そうかな?」
「ええ。問題無いです」
予定の確認を終えた色歌は自室に戻り、大扇宛の手紙を取り出した。
きっと、渡せる機会はこれが最後だ。
破り捨てられるかもしれないが、手紙を渡す役割くらいは全うしたい。
午後に向けて、色歌は気持ちを整え始めた。
今日は冷静に話をしよう。
傘を叩く雨の音が響く。
午後を迎え、色歌と栄一は彩美家の屋敷の前まで来ていた。
小春と小鈴は宮殿に居るので、出迎えてくれるのは彩美家の当主だろう。
気を引き締めて戸を開けると、一人の少年と目が合った。
「お前が色歌?」
「え、はい。そうですけど……」
「隣の奴は、先に来たくそじじぃの付き人だな。入って良いぞ」
生意気な口調の少年だが、大扇の事を『くそじじぃ』と呼ぶあたり好感が持てる。
傘についた雨粒を払い落として、二人は彩美家の屋敷に足を踏み入れた。
「ところで、君お名前は?」
栄一が話しかけると、少年は顔をしかめた。
「お前に聞かれても教えねぇよ」
少年は栄一から色歌に視線を移す。
「色歌。お前が聞け」
「え、えぇ……? じゃあ、お名前を教えていただいても?」
「彩美小汰郎。小春と小鈴の弟だよ」
今度は素直に自己紹介をしてくれた。
十歳に満たない小汰郎は、まだ背も小さい男の子だ。
双子姉妹と同じ色の茶髪を短くしていて、猫のようなつり目と白い肌は整った顔立ちの中でも目立っている。
「案内するからついて来い」
小汰郎は踵を返して、廊下を歩き出す。
その小さな背中を追って行くと、二階の部屋に案内された。
「ここだ」
小汰郎が案内してくれた部屋の前で、色歌は呼吸を整えた。
そして、障子の外から声をかける。
「色歌です。失礼します」
ゆっくりと障子を開けて、部屋の中に目を向ける。
中央に置かれた座卓の先に、腕を組んだ大扇が座っていた。
色歌が向き合うように座ると、二人だけの空間を作る為に障子が閉まった。
早速、気まずい空気が二人の間に生まれていく。
「……すまなかった」
重たい沈黙に潰されるように、大扇は深々と頭を下げた。
謝罪の言葉が出るとは思っていなかっただけに、色歌は困惑した声を漏らす。
「何の謝罪でしょうか……?」
「これまでの全ての事だ。謝っても許されない事は承知している」
大扇の意図が読めない。
本当に謝罪をしているのか。それとも、色歌の隙を突こうとしているのか。
「具体的に言って欲しいです」
「直近では、珠景姫の絵を燃やし、お前を殴ったことだ。珠景姫を追い込んで殺したのも私だ。咲月姫に無理をさせて早死にさせたのも私のせいなのだろう。こんな奴が父親ですまん。本当に申し訳ない」
あまりにも素直過ぎる。
自らの非を認めて謝罪を行う大扇の姿は、あまりにも不気味だった。
いつ、殺されてもおかしくない緊張感に心が縛られてしまう。
それでも、まだ色歌が有利に話を進められる展開だ。
慎重かつ冷静に会話を繋いでいこう。
「ずっと渡す事が出来ずにいた物があるので、今渡しても良いですか?」
「ああ。何でも受け取るよ」
もし、本当に反省をしているのなら、姉さんの遺した言葉も胸に刺さるはずだ。
珠景姫の遺書を大扇に手渡す。
「姉さんが最後に書いた手紙です」
色歌から手紙を受け取り、大扇は早速読み始める。
どんな内容の手紙なのかを確認しておくべきだった。
仮に大扇を一方的に否定する内容だった場合、それが引き金となって暴れ出す可能性がある。反応の変化を確認しつつ、不測の事態に備える。
数分の時が経ち、大扇は手紙を座卓に置いた。
そして、少し考えてから口を開いた。
「……この島を出て行こうと思う」




