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珠景色の春風鈴  作者: 美珠夏/Mishuka
第3章 秋が隠した夏の思い出
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秋の嵐


 彩りを失った寂しい季節。

 冷たい雨風が吹き荒れる日に、大扇(だいせん)が島に帰って来た。

 平和な日常にも暗雲が立ち込めて、再び重たい空気が漂い始める。


 帰宅早々、色歌(いろか)の元に伝言が届く。

 大扇(だいせん)の言葉を伝えに来たのは、付き人の栄一(えいいち)だった。

「『神島家の今後について話がある。彩美家(あやみ け)の屋敷に来い』そう伝えるよう命じられてね」


「遺言なら聞きたくないです」

「すっかり元気になってたよ。だから、まだ聞けそうに無いかな」


「何で彩美家(あやみ け)の屋敷なんです?」


「この前の件があるから、自宅で二人にすると危険でしょ? 色歌(いろか)ちゃんに何かあれば大変だし、これ以上問題が起きるのは防ぎたいからね。だから、僕からお願いしたんだ」


「そ、そんなに私のこと心配ですか?」

 色歌(いろか)の問いかけに、栄一(えいいち)は深く頷いた。

 そして、真剣な表情で告げる。

「決めたんだ。僕が色歌(いろか)ちゃんを守るって」


 心に幸せが広がる。

 思わず口元が緩んでしまい、色歌(いろか)は軽く視線を逸らした。


「姫様にお願いされたし、僕自身もそのつもりだったからね」

 珠景姫(みかげひめ)の言葉を胸に刻んで生きている人が、色歌(いろか)の他にも居る事が嬉しかった。


 あの夏、姉さんが思いを伝えた人は限られている。

 手紙を貰った侍女と、最期に立ち会った栄一(えいいち)。そして、大扇(だいせん)だ。

 色歌(いろか)大扇(だいせん)宛ての手紙も受け取ったが、未だに渡せていない。


「話し合いは、いつですか?」

「今日の午後に行う予定だよ。大丈夫そうかな?」

「ええ。問題無いです」

 予定の確認を終えた色歌(いろか)は自室に戻り、大扇(だいせん)宛の手紙を取り出した。

 きっと、渡せる機会はこれが最後だ。

 破り捨てられるかもしれないが、手紙を渡す役割くらいは全うしたい。

 午後に向けて、色歌(いろか)は気持ちを整え始めた。

 今日は冷静に話をしよう。



 傘を叩く雨の音が響く。

 午後を迎え、色歌(いろか)栄一(えいいち)彩美家(あやみ け)の屋敷の前まで来ていた。


 小春(こはる)小鈴(こすず)は宮殿に居るので、出迎えてくれるのは彩美家(あやみ け)の当主だろう。

 気を引き締めて戸を開けると、一人の少年と目が合った。


「お前が色歌(いろか)?」

「え、はい。そうですけど……」

「隣の奴は、先に来たくそじじぃの付き人だな。入って良いぞ」

 生意気な口調の少年だが、大扇(だいせん)の事を『くそじじぃ』と呼ぶあたり好感が持てる。

 傘についた雨粒を払い落として、二人は彩美家(あやみ け)の屋敷に足を踏み入れた。


「ところで、君お名前は?」

 栄一(えいいち)が話しかけると、少年は顔をしかめた。

「お前に聞かれても教えねぇよ」

 少年は栄一(えいいち)から色歌(いろか)に視線を移す。

色歌(いろか)。お前が聞け」

「え、えぇ……? じゃあ、お名前を教えていただいても?」


彩美(あやみ)小汰郎(こたろう)小春(こはる)小鈴(こすず)の弟だよ」

 今度は素直に自己紹介をしてくれた。

 十歳に満たない小汰郎(こたろう)は、まだ背も小さい男の子だ。

 双子姉妹と同じ色の茶髪を短くしていて、猫のようなつり目と白い肌は整った顔立ちの中でも目立っている。


「案内するからついて来い」

 小汰郎(こたろう)は踵を返して、廊下を歩き出す。

 その小さな背中を追って行くと、二階の部屋に案内された。


「ここだ」

 小汰郎(こたろう)が案内してくれた部屋の前で、色歌(いろか)は呼吸を整えた。

 そして、障子の外から声をかける。 


色歌(いろか)です。失礼します」

 ゆっくりと障子を開けて、部屋の中に目を向ける。

 中央に置かれた座卓の先に、腕を組んだ大扇(だいせん)が座っていた。

 色歌(いろか)が向き合うように座ると、二人だけの空間を作る為に障子が閉まった。

 早速、気まずい空気が二人の間に生まれていく。


「……すまなかった」

 重たい沈黙に潰されるように、大扇(だいせん)は深々と頭を下げた。

 謝罪の言葉が出るとは思っていなかっただけに、色歌(いろか)は困惑した声を漏らす。

「何の謝罪でしょうか……?」

「これまでの全ての事だ。謝っても許されない事は承知している」


 大扇(だいせん)の意図が読めない。

 本当に謝罪をしているのか。それとも、色歌(いろか)の隙を突こうとしているのか。

「具体的に言って欲しいです」


「直近では、珠景姫(みかげひめ)の絵を燃やし、お前を殴ったことだ。珠景姫(みかげひめ)を追い込んで殺したのも私だ。咲月姫(さつきひめ)に無理をさせて早死にさせたのも私のせいなのだろう。こんな奴が父親ですまん。本当に申し訳ない」


 あまりにも素直過ぎる。

 自らの非を認めて謝罪を行う大扇(だいせん)の姿は、あまりにも不気味だった。


 いつ、殺されてもおかしくない緊張感に心が縛られてしまう。

 それでも、まだ色歌(いろか)が有利に話を進められる展開だ。

 慎重かつ冷静に会話を繋いでいこう。

「ずっと渡す事が出来ずにいた物があるので、今渡しても良いですか?」

「ああ。何でも受け取るよ」

 もし、本当に反省をしているのなら、姉さんの遺した言葉も胸に刺さるはずだ。

 珠景姫(みかげひめ)の遺書を大扇(だいせん)に手渡す。


「姉さんが最後に書いた手紙です」

 色歌(いろか)から手紙を受け取り、大扇(だいせん)は早速読み始める。


 どんな内容の手紙なのかを確認しておくべきだった。

 仮に大扇(だいせん)を一方的に否定する内容だった場合、それが引き金となって暴れ出す可能性がある。反応の変化を確認しつつ、不測の事態に備える。

 数分の時が経ち、大扇(だいせん)は手紙を座卓に置いた。

 そして、少し考えてから口を開いた。


「……この島を出て行こうと思う」


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