表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
珠景色の春風鈴  作者: 美珠夏/Mishuka
第3章 秋が隠した夏の思い出
PR
26/64

悪夢


 肌に感じる母の温もり。

 もう何年も感じていない温かさは懐かしくて、どこか切ない。

 母である咲月姫(さつきひめ)と過ごせた時間は短かった。


 幼少期。咲月姫(さつきひめ)は宮殿に住み、珠景姫(みかげひめ)色歌(いろか)は神島家の屋敷で暮らしていた。

 宮殿に遊びに行かないと、母に会う事は出来ない。

 それが私達の日常だった。


 ただでさえ、母と過ごす時間が少ない姉妹に、運命は残酷な追い打ちをかける。

 色歌(いろか)が七歳になった年、咲月姫(さつきひめ)はこの世を去った。

 母の愛を感じる事はもう二度と叶わない。


 だから、これは夢だ。

 弱った心が作り出した淡い幻想。

 居心地が良くなる前に、目を覚ます必要がある。

 でも、現実世界に戻ったところで、私の大好きな家族は一人も居ない。


 母さんと姉さんは、もう生きていないのだ。

 このまま眠り続ければ、二人が居る世界へと行けるかもしれない。


 そんな事まで考え始めてしまい、色歌(いろか)は夢の底へと溺れていく。

 すると、咲月姫(さつきひめ)珠景姫(みかげひめ)の姿が見えてきた。

 大好きな二人を見つけた色歌(いろか)は、笑みを浮かべて近づいていく。

 声をかけようと手を伸ばした時、二人は姿を消した。


 そして、代わりに大扇(だいせん)が姿を現す。

 大扇(だいせん)は母と姉の私物を地面に投げつけると、壊れた物を踏み潰した。


 その光景は、珠景姫(みかげひめ)の絵を燃やされた時と酷似していた。

 悪夢だと分かっていても、色歌(いろか)の身体は目覚めようとしない。

 何も出来ずに立ち尽くしていると、大扇(だいせん)はある物を色歌(いろか)に見せた。


珠景姫(みかげひめ)色歌(いろか)のツーショット写真』


 最後に姉妹で撮った一枚は、色歌(いろか)の心を支える宝物だ。

 珠景姫(みかげひめ)の姿を残した唯一の写真でもあり、その価値は計り知れない。


 大扇(だいせん)は不敵な笑みを浮かべると、色歌(いろか)の前でその写真を破り捨てた。

 裂かれた姉妹の景色が、無惨に散っていく。


「やめてっ!」

 色歌(いろか)の悲痛な叫びが響き渡る。

 悪夢から解放された。

 意識が現実世界に馴染んでいく。

 乱れた呼吸を整えながら、色歌(いろか)はゆっくりと身体を起こした。

 全身に嫌な汗をかいていて、少しだけ気持ち悪い。

 自室の布団で眠っていた事に気づいた色歌(いろか)は、安堵の息を漏らす。


 ここで寝た記憶が無く、どれだけ眠っていたのかも分からない。

 障子の向こうは薄暗くて、夜を迎える時間帯なのだろう。


「色ちゃん? 大丈夫?」

 優しい声と共に、ゆっくりと障子が開く。

 夜に染まり始めた夕空を背に、舞風(まいかぜ)が部屋に入って来た。

 布団の横に腰を下ろした舞風(まいかぜ)は、色歌(いろか)に水の入った湯呑みを手渡す。


「ありがとうございます」

 貰った水で乾いた喉を潤していく。

 舞風(まいかぜ)と会った事で、悪夢に怯えた心も少しだけ落ち着いた。


「怖い夢でも見た?」

「……悪夢でしたね。本当、嫌な夢でした……」

 未だに状況を理解出来ていない色歌(いろか)は、舞風(まいかぜ)に問いかける。

「あの……私は……」

「色ちゃんは、気を失って倒れちゃったの」

「……ずっと意識を失っていたって事ですか?」


「うん。双子ちゃんと交代で傍に居たんだけど、ずっと目を覚まさないから心配したよ。意識が戻って、本当に良かった」

 舞風(まいかぜ)は安堵の笑みを浮かべる。


「あの後の事、聞いても良いですか?」

「えっと、どこから話したら良いかな……風ちゃんが来た事は覚えてる?」


「はい。あの人に叩かれた事も、風瑚(ふうこ)さんが来てくれた事も覚えています。炎から遠ざけられた辺りから、記憶が無いですね」


「そっか。意識を失った色ちゃんはこの部屋に運ばれて、傷を負ったお父さんは軽い手当をした後に本州の病院へと向かったの。大怪我では無かったらしいけど、本人の希望ですぐに島を出て行ったみたい。だから、今は居ないんだ」


「もう帰って来なくて良いです」

 本音を吐露した色歌(いろか)は、一つの疑問を投げかける。


風瑚(ふうこ)さんは、どうなったんですか?」

「風ちゃんは……無事だよ。大丈夫。元気元気っ!」

 いつになく不自然な舞風(まいかぜ)の口調に、色歌(いろか)は疑いの目を向ける。


「隠さずに教えてください」

「あぁ、えっと……離婚する事になった。そして、今は実家で謹慎中……」

「え」


「一応、色ちゃんのお父さんは御三家当主の一人だし、刃物で傷つけたとなれば、流石に重い処分は免れないよ。それに、男尊女卑の世の中じゃ、正義の行動さえも悪に書き換えられちゃう」


 色歌(いろか)のせいで、風瑚(ふうこ)は離婚する事になった。

 自由に暮らす環境を奪われ、実家で謹慎する日々を送る事になる。

 神島家の親子喧嘩が、風瑚(ふうこ)の人生を変えてしまったのだ。


「……すみません。私がもっと冷静に対処していれば……」


「色ちゃんは悪くないよ。そもそも、姫ちゃんの絵を燃やし始めたお父さんが悪いし、風ちゃんも自分の意思で助けに行ったんだから」


 それにね。と舞風(まいかぜ)は続ける。


「風ちゃん的には良かったと思うよ。元々、政略結婚で上手くいってなかったし、『一人になれて清々したわ』って言ってたもん」


「でも……」


「もしもの時には私がいるから大丈夫。色ちゃんは、お姉ちゃんとの約束の為に生きて」


「はい。ありがとうございます」

 二人の会話が落ち着いてから間もなくして、舞風(まいかぜ)と交代する為に小春(こはる)がやって来た。

 目を覚ました色歌(いろか)を見て驚いた後、ホッとしたように表情を緩める。


「じゃあ、交代だね。後は春ちゃんに託した」

「お任せください」

 色歌(いろか)の傍に居る役割を引き継いだ小春(こはる)は、凛々しい表情を見せた。

 頼もしい十歳の少女の頭を優しく撫でた後、舞風(まいかぜ)は帰路に着いた。


 心身が落ち着いた色歌(いろか)は、廊下に出て外の世界を眺める。

 秋の夜空と目が合った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ