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珠景色の春風鈴  作者: 美珠夏/Mishuka
第3章 秋が隠した夏の思い出
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思い出の火葬


 宮殿へと続く帰り道。

 神島家の屋敷近くで、炎が上がっていた。


 何かが燃える場所の周りには数名の人が集まっていて、その中に小鈴(こすず)の姿もあった。

 ゆっくりと歩み寄り、小鈴(こすず)に声をかける。


「火事ですか?」

 呆然と立ち尽くしていた小鈴(こすず)は、炎を見つめたまま呟く。

「……姫様の絵が燃やされました」


「え。何を言って……」

 小鈴(こすず)の視線の先、炎の横で大扇(だいせん)が仁王立ちしていた。

 大扇(だいせん)は近くに置いてある物を手に取ると、燃え盛る炎の中に投げ入れる。

 それが何なのか。

 脳が理解しても、心が受け入れようとしない。


 大扇(だいせん)の傍に置かれていたのは、珠景姫(みかげひめ)の描いた絵や私物だったから。


「……姉さん」


 目の前で、最愛の人が焼かれている気分だった。


 珠景姫(みかげひめ)は風景画を描く事が好きだった。

 しかし、大扇(だいせん)に見つかる度に怒鳴られ、絵を描くことをやめてしまう。

 侍女の配置転換後。珠景姫(みかげひめ)は双子姉妹と時間を作り、僅かな期間で何枚も絵を仕上げていた。その時描いていた絵が、炎の中で苦しそうに燃えている。

 もう見てられなかった。


 瞳から光を消して、色歌(いろか)は炎へと近づいていく。

 色歌(いろか)の存在に気がついた大扇(だいせん)は鼻を鳴らすと、大きな声を出した。


「出来損ないの娘が描いた絵も、暖を取るには役立つな」

 また一枚絵を炎の中に投げ捨てる。


「ずっと保管していても目障りなだけだ。焼き芋を作る為に燃やすくらいがちょうど良いだろ。出来たらお前も食うか? 姉の絵を代償に作った焼き芋は美味いに決まってる」


 黙れ。


「あいつの私物を持って来い。そして全部燃やせ」


 黙れ。


「生きた証を無に返せ」


「黙れっ!」

 殺意のこもった叫び声が響き渡る。

 冷静さを失った色歌(いろか)は、大扇(だいせん)の身体を勢い良く押した。


 珠景姫(みかげひめ)が描いた絵を包み込む炎の方へ、大扇(だいせん)の身体が吸い込まれていく。

 しかし、大扇(だいせん)は体勢を崩しながらも、炎に触れない場所で地面に転がった。

 醜態を晒す父の姿を見下ろして、色歌(いろか)は嘲笑うように告げる。


「生きる価値の無い父親も、暖を取るには役立ちますよ」

 大扇(だいせん)の言葉をなぞるように、嫌な言葉を投げつけた。


「ずっと居られても目障りですから。ほら、早く燃えてください。寒いじゃないですか」

 黒い感情に呑まれるまま、色歌(いろか)は淡々と喋り続ける。


「姉さんが生きた証を消した罪は重いです。罪を償って、あなたも消えてください」

 大扇(だいせん)を炎に中に押し込む為に、色歌(いろか)は一歩前に出る。

 すると、大扇(だいせん)が突然立ち上がった。


「親を殺そうとする娘が、どこにいるんだぁ!」

 大きな掌が色歌(いろか)の頬を引っ叩いた。

 今度は色歌(いろか)が体勢を崩し、その場に倒れ込む。

 見物客達が悲鳴を上げると共に、一人の女性が飛び出て来た。

 そして、色歌(いろか)の前に立ち、大扇(だいせん)に怒号を飛ばす。


「お前、良い加減にしろよっ!」

 鬼のような形相で現れたのは風瑚(ふうこ)だった。

 騒ぎを聞いて、家を飛び出して来たのだろう。

 大扇(だいせん)を睨みつける風瑚(ふうこ)の手には、包丁が握られている。 

侍屋敷家(さむらいやしき け)の長女か……ふん。女のお前に何が出来る」

 風瑚(ふうこ)は包丁の刃先を大扇(だいせん)に向ける。

「どこの娘も同じだな。やはり女は使い物にならん」

 大扇(だいせん)は近くに唾を吐き捨てると、呆れたように告げた。


「侍女でもないお前は、ただの女だ。価値すらない。そんな奴に何が出来る?」

「大切な人くらい守れるよ」

 風瑚(ふうこ)の動きに迷いは無かった。

 包丁で腕を切りつけられた大扇(だいせん)は、苦悶の表情を浮かべて野太い悲鳴をあげた。

 血が滴る腕を押さえながら、痛みを堪えるように地面を這いつくばる。


 そんな大扇(だいせん)の姿を見て、色歌(いろか)風瑚(ふうこ)の表情は変わらなかった。

 二人の脳裏に、同じ考えが浮かび上がる。


 今なら大扇(だいせん)を炎に押し込める――


 蓄積した憎悪が二人の背中を押し、理性も仕事を投げ出した。

 痛みに悶え苦しむ大扇(だいせん)に歩み寄ろうとした時、大人の男性達が慌てて駆け寄って来た。色歌(いろか)風瑚(ふうこ)は取り押さえられ、炎から遠ざけられる。


 必死に抵抗するべきなのに、身体に力が入らなかった。

 視界がぼやけ、風瑚(ふうこ)の声も遠くなっていく。

 それ以降、記憶が途絶えた。


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