思い出の火葬
宮殿へと続く帰り道。
神島家の屋敷近くで、炎が上がっていた。
何かが燃える場所の周りには数名の人が集まっていて、その中に小鈴の姿もあった。
ゆっくりと歩み寄り、小鈴に声をかける。
「火事ですか?」
呆然と立ち尽くしていた小鈴は、炎を見つめたまま呟く。
「……姫様の絵が燃やされました」
「え。何を言って……」
小鈴の視線の先、炎の横で大扇が仁王立ちしていた。
大扇は近くに置いてある物を手に取ると、燃え盛る炎の中に投げ入れる。
それが何なのか。
脳が理解しても、心が受け入れようとしない。
大扇の傍に置かれていたのは、珠景姫の描いた絵や私物だったから。
「……姉さん」
目の前で、最愛の人が焼かれている気分だった。
珠景姫は風景画を描く事が好きだった。
しかし、大扇に見つかる度に怒鳴られ、絵を描くことをやめてしまう。
侍女の配置転換後。珠景姫は双子姉妹と時間を作り、僅かな期間で何枚も絵を仕上げていた。その時描いていた絵が、炎の中で苦しそうに燃えている。
もう見てられなかった。
瞳から光を消して、色歌は炎へと近づいていく。
色歌の存在に気がついた大扇は鼻を鳴らすと、大きな声を出した。
「出来損ないの娘が描いた絵も、暖を取るには役立つな」
また一枚絵を炎の中に投げ捨てる。
「ずっと保管していても目障りなだけだ。焼き芋を作る為に燃やすくらいがちょうど良いだろ。出来たらお前も食うか? 姉の絵を代償に作った焼き芋は美味いに決まってる」
黙れ。
「あいつの私物を持って来い。そして全部燃やせ」
黙れ。
「生きた証を無に返せ」
「黙れっ!」
殺意のこもった叫び声が響き渡る。
冷静さを失った色歌は、大扇の身体を勢い良く押した。
珠景姫が描いた絵を包み込む炎の方へ、大扇の身体が吸い込まれていく。
しかし、大扇は体勢を崩しながらも、炎に触れない場所で地面に転がった。
醜態を晒す父の姿を見下ろして、色歌は嘲笑うように告げる。
「生きる価値の無い父親も、暖を取るには役立ちますよ」
大扇の言葉をなぞるように、嫌な言葉を投げつけた。
「ずっと居られても目障りですから。ほら、早く燃えてください。寒いじゃないですか」
黒い感情に呑まれるまま、色歌は淡々と喋り続ける。
「姉さんが生きた証を消した罪は重いです。罪を償って、あなたも消えてください」
大扇を炎に中に押し込む為に、色歌は一歩前に出る。
すると、大扇が突然立ち上がった。
「親を殺そうとする娘が、どこにいるんだぁ!」
大きな掌が色歌の頬を引っ叩いた。
今度は色歌が体勢を崩し、その場に倒れ込む。
見物客達が悲鳴を上げると共に、一人の女性が飛び出て来た。
そして、色歌の前に立ち、大扇に怒号を飛ばす。
「お前、良い加減にしろよっ!」
鬼のような形相で現れたのは風瑚だった。
騒ぎを聞いて、家を飛び出して来たのだろう。
大扇を睨みつける風瑚の手には、包丁が握られている。
「侍屋敷家の長女か……ふん。女のお前に何が出来る」
風瑚は包丁の刃先を大扇に向ける。
「どこの娘も同じだな。やはり女は使い物にならん」
大扇は近くに唾を吐き捨てると、呆れたように告げた。
「侍女でもないお前は、ただの女だ。価値すらない。そんな奴に何が出来る?」
「大切な人くらい守れるよ」
風瑚の動きに迷いは無かった。
包丁で腕を切りつけられた大扇は、苦悶の表情を浮かべて野太い悲鳴をあげた。
血が滴る腕を押さえながら、痛みを堪えるように地面を這いつくばる。
そんな大扇の姿を見て、色歌と風瑚の表情は変わらなかった。
二人の脳裏に、同じ考えが浮かび上がる。
今なら大扇を炎に押し込める――
蓄積した憎悪が二人の背中を押し、理性も仕事を投げ出した。
痛みに悶え苦しむ大扇に歩み寄ろうとした時、大人の男性達が慌てて駆け寄って来た。色歌と風瑚は取り押さえられ、炎から遠ざけられる。
必死に抵抗するべきなのに、身体に力が入らなかった。
視界がぼやけ、風瑚の声も遠くなっていく。
それ以降、記憶が途絶えた。




