表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
珠景色の春風鈴  作者: 美珠夏/Mishuka
第3章 秋が隠した夏の思い出
PR
24/64

夏の続きを探す日々


 姫奥島(ひめおくしま)の歴史に刻まれた夏が終わった。

 珠景姫(みかげひめ)が居ない世界を、今日も色歌(いろか)は生きている。


 中庭を彩る桜紅葉も美しく、秋の青空に良く映えていた。

 冷たい空気が通り抜ける廊下を歩き、色歌(いろか)珠景姫(みかげひめ)の部屋へと向かう。


「ご飯の時間ですよ。起きてますか?」

 部屋の中に入ると、空気が寂しそうに笑っていた。

 珠景姫(みかげひめ)の姿が見当たらない。


「あれ……姉さん? どこ行っちゃったんですか?」

 畳の上を歩き、部屋の中を探し始める。


「…… 色歌(いろか)さん」

 廊下の方を振り返ると、小春(こはる)が心配そうにこちらを見つめていた。


小春(こはる)。姉さん見てませんか?」

「あ……だって」

 言葉を詰まらせた小春(こはる)の代わりに、後から来た舞風(まいかぜ)が声を出す。

「色ちゃん。もうお姉さんは……」

 視界がぼやけた後、ゆっくりと鮮明になっていく。

 色歌(いろか)の目は、ようやく現実を認識した。


「……そうでしたね。姉さんはもう居ませんでした……」

 消え入りそうな声を漏らし、色歌(いろか)は困ったように微笑む。

 そして、逃げ出すように珠景姫(みかげひめ)の部屋を後にした。


 色歌(いろか)の背中を追うように、小春(こはる)舞風(まいかぜ)の言葉が聞こえてきた。

「大丈夫でしょうか?」

「ずっと我慢して来たからね。今は一人にしてあげよう」

 声は届いているのに、今は聞こえなかった。

 一人になりたい気持ちと、孤独になりたくない気持ちがぶつかり合う。


 姉さんの想いに応える為に。珠景姫(みかげひめ)の命を無駄にしない為に。今日まで色歌(いろか)は小さな努力を重ねてきた。

 長姫制度(おさひめせいど)を撤廃して、珠景姫(みかげひめ)が夢見た世界を実現する。

 たった一つの仕事なのに、何も成果を上げられていない。


 本当は、どうしていいか分からないのだ。

 何から始めれば上手くいくのか。どう立ち回れば綺麗に終わらせる事が出来るのか。

 考えれば考えるほど、不安と悩みが増殖してしまう。

 未熟な自分が情けなくて、頭を抱えたくなる。


 でも、私はまだ十五歳になったばかりだ。知識や経験も圧倒的に不足していて、歴史を変える大役はあまりにも荷が重すぎるのかもしれない。

 そんな言い訳をしてしまう自分に嫌気がさす。


 あの夏、姉さんを必死に止めれば良かった。


 こんな未来を迎える事くらい想像出来たはずなのに、色歌(いろか)は無意識に拒んでしまったのだろう。珠景姫(みかげひめ)の意思を否定する勇気も無く、辛くても受け入れるしかなかった。

 今更後悔しても、姉さんは帰って来ない。

 どんなに待っていても、再会は果たせないのだ。


 残された色歌(いろか)に出来ることはただ一つ。

 珠景姫(みかげひめ)に託された『長姫制度(おさひめせいど)の撤廃』を実現することだ。


 姉さんがきっかけを作ったあの夏から数ヶ月が経った今、状況は何も変わっていない。

 長姫(おさひめ)と姫が不在という空白の期間が生まれただけで、前に進めていない。

 早く先手を打たなければ、御三家が新たな姫候補を決めて動き出してしまう。


 でも、色歌(いろか)はまだ動けなかった。

 根付いた文化を根底から覆す戦略も無ければ、運命に抗う勇気も湧かなかったから。

 辛く寂しい時間だけが過ぎていく。



 紅葉が美しいのは、ほんの一瞬だ。

 見頃を迎えてから数日が経てば、寂しい見た目に変わってしまう。

 これから迎える冬に備えて、地面は落ち葉の布団を掛けて暖を取り始めた。小さな生き物たちも、冬を越す為に姿を消してしまう。


 冷たい秋風が吹くなか、色歌(いろか)長姫(おさひめ)神社に来ていた。

 赤や黄色に染まった落ち葉の上を歩きながら、夏祭りの事を思い出す。


 寂しげな空気が漂うこの場所も、あの日の夜は多くの人で賑わっていた。祭りの雰囲気に酔いしれる人々の中に、姫と侍女達も紛れ込んでいた。 

 お忍びで遊びに行った思い出は、一生の宝物だ。


 夏祭りへ足を運ぶ度、あの日の事を思い出すのだろう。

 思い出に溢れた夏景色も、紅葉の絨毯の下に隠されてしまった。

 落ち葉をかき分けても、見つける事が出来ない特別な時間。


 あの夏はもう帰って来ない。

 そう思うと、やっぱり胸が苦しかった。


祖父爺(そふじい)?」

「何じゃ?」

 社殿の中を掃除していた扇寿朗(せんじゅろう)に声をかけると、手を止めて色歌(いろか)の隣に来てくれた。

 境内の景色を眺めながら、色歌(いろか)は素直な思いを吐露し始める。


長姫制度(おさひめせいど)を撤廃する事って可能なのかな?」

「不可能ではないはずじゃ」

「……どうしたら良いと思う?」

「ふむ……難しいのぉ」

「祖父爺の考えを聞きたい」

 色歌(いろか)のお願いを聞いた扇寿朗(せんじゅろう)は、真剣な表情で考え始める。


 しわしわのおじいちゃんだが、本当は凄い人だ。

 扇寿朗(せんじゅろう)長姫(おさひめ)神社の宮司になれる血筋では無い。

 姫や侍女と同様に、長姫(おさひめ)神社の宮司も御三家から選ばれる。長男は家を継ぐ役割がある為、次男の中から選ばれる事が多い。

 しかし、扇寿朗(せんじゅろう)と同世代の次男がどの家にも生まれず、御三家が優秀な人材を選んで、宮司を任命する事になった。その時任命されたのが扇寿朗(せんじゅろう)だ。


 高齢になっても変わらず宮司を務めているのは、これまでの功績を御三家が評価しているからだろう。神島家の当主である大扇(だいせん)の父である事も、理由の一つかもしれない。


「現実を知る事じゃ。島の民が長姫制度(おさひめせいど)に対してどう考えておるか、珠景姫(みかげひめ)の死をどう受け止めておるか。宮殿の関係者や御三家の意見だけでは、制度を変える事は叶わん」


 扇寿朗(せんじゅろう)は話を続ける。


「代表を納得させれば物事は決められる。だが、その決断に賛同するかを決めるのは島民じゃ。島民の心を動かせない限り、根付いた文化を変える事は出来んじゃろ?」


 真剣な表情で色歌(いろか)は頷く。


「どんな時代でも、何かを変える為に頑張るのは一般の人々だ。個々の力は小さくても、一つになれば大きな力になれる。その先導役を色歌(いろか)が担えば良い」


 扇寿朗(せんじゅろう)色歌(いろか)の頭をわしゃわしゃと撫でる。


「失敗を恐れずに進み続ければ、どんな茨の道にも終わりが来る。信じて進み続けた者にしか見えない景色があるんじゃ。その景色を二人で見に行きなさい」


「……二人?」


長姫制度(おさひめせいど)の撤廃は、珠景姫(みかげひめ)の願いなんじゃろ? だから二人だ」


 涙が溢れそうだった。

 そう。これは姉さんが私に託した夢だ。

 色歌(いろか)にしか叶える事が出来ない。

 珠景姫(みかげひめ)の想いが色歌(いろか)の心の軸となる。

「ありがとう。祖父爺」


「明日の自分が今日より成長していれば良い。そうすれば、いつか夢を叶える力を手に入れる事が出来るはずじゃ」


「うん。頑張ってみる」

 呼吸を整えて色歌(いろか)は立ち上がる。

 祖父がくれた勇気を受け取り、孫は再び歩き出した。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ