想定外のひととき
泣き崩れている栄一のもとへ向かう為に、色歌は呼吸を整える。
すると、トンネルから四人の侍女が姿を現した。
「え」
重たい声が漏れた。
何でもう来たの?
侍女がここに来てしまったら、計画が全て狂ってしまう。
困惑する色歌を見つけ、鬼の形相を浮かべた風瑚が歩み寄って来た。
「珠景姫は!?」
「……」
「珠景姫はどこに行った! 答えろっ!」
色歌は何も言わず、静かに首を振った。
目の前の光景が答えだと伝えるように。
乾いた音が響くと共に、頬に痛みが走る。
そして、胸ぐらを掴まれた。
「色歌! どう言うことなんだよ!」
「風ちゃん、止めて! 色ちゃんが可哀想だよ!」
慌てて仲裁に入った舞風は、泣きながら大きな声を出した。
「妹のお前が何で平然としてんだよ! 珠景姫は、珠景姫は……死んだんだろ?」
「あっ……」
改めて言葉にされると、胸を刺されたような痛みが広がった。
その会話を後ろで聞いていた双子姉妹は、涙を流しながら色歌を見つめている。
二人と目が合った時、小春が口を開いた。
「何でそんな顔でいられるの?」
小鈴も続く。
「色歌さんは知ってたの? こうなるって、知ってたの?」
二人の言葉が胸を切り裂く。
結構辛いな、これ。
私だって泣きたいよ。
一緒に泣けたら良かったのに、もう涙は出て来ない。
涙は昨夜枯渇したばかりだし、最後は笑顔でお別れしようって約束したから。
今日が終わるまでは泣けないんだって。
「神島珠景姫は、御神体の穴に自ら飛び込んで命を絶ちました」
事実を伝えると、風瑚は再び手を挙げた。
しかし、今度は叩かれなかった。
舞風が風瑚の手を掴み、大きく首を振る。
「一番辛いのは色ちゃんだよ。私達は寄り添わなきゃだめ」
「でも」
「でもじゃないよ。思う事があるのは分かるけど、色ちゃんが我慢している思いは誰か尊重したの? 今、色ちゃんを責めるのは違うと思うな」
舞風は風瑚と色歌の間に割って入ると、優しく抱きしめてくれた。
「ごめんね。私達もびっくりしちゃってさ。みんな珠景姫の事が好きだったから、受け入れたくないんだよ。それは色ちゃんも同じだよね」
舞風の手が色歌の小さな背中をさする。
下唇を噛んで、色歌は込み上げる感情を押さえ込んだ。
「……舞風さん」
「なあに?」
「全部終わったらちゃんと話すので、今はみんなを連れて宮殿に戻ってもらえますか? 私はまだやる事があるんです」
「そっか。じゃあ、あと少し頑張って」
舞風は色歌との抱擁を解くと、侍女を連れてトンネルへと入っていった。
残された色歌は、風瑚に叩かれた頬に手を当てる。
血は出ていなかったが、今でもじんわりと痛みが残っている。
胸と頬の痛みを我慢しながら、色歌は栄一のもとへ向かった。
そして、申し訳なそうに声をかける。
「姉さんが残した言葉を、伝えに行きましょう」
淡々と告げた言葉で、栄一も気づくだろう。
全てを分かった上で、この場所に栄一を派遣した罪は重い。
最愛の人を失った直後に、好きな人にも嫌われてしまう。
全てを失ってしまうのは、私が未熟だからだ。
終わった後に悔やんでも意味がないのに、心は自分を責め立てる。
「……ごめんね、姫様を救えなかった」
立ち上がった栄一は、涙ながらに色歌に頭を下げた。
「……謝るのは私の方です。全てを分かった上で、栄一さんに辛い思いをさせてしまいました。本当にすみません」
色歌も深々と頭を下げた。
「僕の事は気にしなくて良いよ。今、一番辛いのは色歌ちゃんだから」
「……でも」
「色歌ちゃんは頭が良いから、姫様の要望に全力で応えたんだよね。でも、葛藤もあったでしょ? 頼れる人も少ないなかで、良く頑張ったと思う。だからこそ、頼ってくれたのに、何も出来なかった事が情けないんだ……」
栄一の言葉が痛む心を優しく包み込む。
「だから、まだやれる事があるなら、協力するよ……こうなってしまった以上、色歌ちゃんを支える事くらいしか僕には出来ないから」
「ありがとうございます、本当に……ありがとうございます」
想いを吐露しあった二人は、宮殿へ戻る為に歩き出した。
大扇を含む御三家の人々や、宮殿関係者にこの事を報告しなければならない。
トンネルに入る前に、色歌は御神体の方を振り返る。
夜に呑まれ始めた夕空の下で、巨樹は静かに佇んでいた。
どうか、姉さんの事をお守りください。
御神体に祈りを捧げ、色歌はトンネルの中へと足を踏み入れた。
もう進むしかない――




