珠景姫の最期
珠景姫は御神体へと行ってしまった。
長姫昇格日は自由行動が許される為、誰も珠景姫の行動を注視していない。
宮殿を出て御神体へ続く道に向かっても、止める人は居なかった。
歴代の長姫が事件を起こした前例も無く、何も起きないと信じているからだろう。
楽しげな声が響き渡る会場も、もうすぐ静まり返るはずだ。
御神体に珠景姫が着く頃を見計らって、色歌は最後の仕事へ取り掛かる。
誰かを御神体へと送り、珠景姫の死に立ち合わせなければならないのだ。その役割は色歌を含む侍女では無く、珠景姫と関係性を持たない人に限られる。
何も知らない宮殿関係者が事件の証人になれば、御三家の人々も信じるしかない。
その証人となる人を選び、御神体へと向かわせる事が色歌の最後の仕事だ。
もう誰に声をかけるかは決めている。
色歌はその人を見つけると、敢えて全力疾走で駆け寄った。
息をあげながら、大切な事を伝える。
「栄一さん。姉さんが居なくなっちゃいました……」
突然、色歌に駆け寄られた栄一は、驚いた表情で立ち尽くす。
迷子になった子供のような悲痛な叫びで、もう一度伝える。
「姉さんが居ないのっ!」
涙を流せたら良かったのに、もう出て来なかった。
だから、今にも泣きそうな顔で訴える。
「だ、大丈夫だよ。きっと帰ってくるって」
優しいあなたはそう言うと思っていた。
色歌は珠景姫に書いてもらった偽の遺書を栄一に手渡す。
「ほら、見てください! 姉さんは、姉さんは……」
取り乱す色歌の前で、栄一は偽の遺書に目を向けた。
その紙にはこう書かれている。
私、珠景姫は今日をもって生涯を閉じようと思います。
長姫制度によって縛られ続ける人生には、もう疲れました。
最後は神様が宿る場所で、永遠の眠りにつこうと思います。
この紙を見つけても、決して探さないでくださいね。
もう、その時私は生きてませんから。
大好きな人へ。ありがとう。幸せに生きてね。
苦しめた人達へ。さようなら。
神島 珠景姫
直筆の文字が示す思いに触れ、栄一の表情は強張っていく。
思考が停止してしまう前に、色歌は追い打ちをかける。
「まだ間に合うよね!? だから、一緒に探してよっ!」
「そ、そうだね。探しに行こう」
「私は宮殿近くをもう一度探すので、栄一さんは御神体の方をお願い!」
「分かった。行ってくる」
御神体へ続く道を走っていく栄一に、色歌は深々と頭を下げる。
ごめんなさい。辛い思いをさせてしまう事を、どうか許してください。
あなたしか信用出来ませんでした。
事実を伝えてくれるのは、あなたしか居ませんから。
私も一緒に受け止めますね。
栄一の後を追うように、色歌も御神体へと歩き出す。
宮殿近くに、姉さんはもう居ないから。
トンネルを抜けると、御神体の前に立つ珠景姫の姿が見えた。
潮溜まりの前には数人の島民が集まっていて、珠景姫の美貌に見惚れていた。そこへ、栄一が走っていく。
「姫様! そんな所で何をしているんですか!」
爽やかな声を張って、栄一は珠景姫に歩み寄る。
珠景姫は笑みを浮かべると、巨樹の下にある穴へと近づき、飛び込む準備を始めた。
「止まりなさい。佐藤栄一」
「……っ!」
「これは最初で、最後の命令です。私の言葉と、あなたが見たものをみんなにしっかりと伝えてください」
「言葉と、見たもの……ですか」
栄一は足を止めて、珠景姫を見上げる。
「『長姫制度は今日を持って廃止にする。珠景姫は最後の姫になった』と」
「お待ちください。何を……何をなさるおつもりで……」
「色歌のこと、よろしくお願いします」
「姫様ぁぁぁあ!」
珠景姫がこれから行う事を悟ったのか、栄一は大きな声を出して走り出す。
周りの島民は、二人のやり取りを不思議そうに見つめていた。
最後に色歌の方を見た珠景姫は、涙を拭って笑顔を見せた。
今から目の前で姉さんの命が終わる。
大好きな家族と永遠のお別れになるのだ。
もう触れ合う事も出来ない。
一緒に思い出を重ねる事も、小さな事で喧嘩する事さえ出来なくなる。
当たり前だった今日までの日常が終わってしまう。
ずっと続くと思っていた姉さんと過ごす日々が、叶わぬ夢へと姿を変えてしまうのだ。
待って。お願い。
やっぱり、止めて。
まだ一緒に生きようよ。
私が長姫制度を撤廃出来るように頑張るから。
ねぇ、お願い! 死なないでよっ!
私を一人にしないで!
姉さんっ!
溢れ出す思いは、声に出なかった。
珠景姫は大きな穴の中へと飛び込んで行く。姉さんを止めようと動き出す身体を抑えるように、伸ばしかけた右手を左手でギュッと握りしめた。
怖くて目を逸らしたかったのに、心に宿った使命感がそれを許さない。
そして、珠景姫は御神体の大穴の中へ姿を消した。
世界から音が消え、地鳴りのように島民の悲鳴が湧き上がる。
目の前で、栄一が膝から崩れ落ちた。
色歌もトンネル横の壁に背を預けて、儚く輝く夕空を見上げる。
感じたことの無い恐怖に胸を痛めながらも、色歌はしっかりと最後まで見届けた。
長姫制度の撤廃を約束した私は、悲しんではいけない。
姉さんの夢を叶える為に、立ち続けなければならない。
私だけは姉さんが死ぬ事を知っていて、お別れに向けた時間を取って来た。
だから、突然のお別れになった人達を支えてあげよう。
まだ大丈夫。姉さんがくれた勇気と、最後に感じた温もりが私を支えてくれるから。
今は我慢して頑張ろう。全て終わったら、溜め込んだ悲しみに向き合えば良い。
泣き崩れている栄一のもとへ向かう為に、色歌は呼吸を整える。
すると、トンネルから四人の侍女が姿を現した。
「え」
重たい声が漏れた。
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『 珠景姫 Mikage hime 』:八月八日。終わらない夏
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珠景姫Mikagehime ⇔ 珠景色の春風鈴
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どちらから読んでも楽しめる物語
❀ 春風鈴→珠景姫(時系列順)
❀ 珠景姫→春風鈴(神島家の姉妹を深く知る)




