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珠景色の春風鈴  作者: 美珠夏/Mishuka
第2章 夏に残した姉妹の景色
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珠景姫の最期


 珠景姫(みかげひめ)は御神体へと行ってしまった。

 長姫(おさひめ)昇格日は自由行動が許される為、誰も珠景姫(みかげひめ)の行動を注視していない。

 宮殿を出て御神体へ続く道に向かっても、止める人は居なかった。


 歴代の長姫(おさひめ)が事件を起こした前例も無く、何も起きないと信じているからだろう。

 楽しげな声が響き渡る会場も、もうすぐ静まり返るはずだ。


 御神体に珠景姫(みかげひめ)が着く頃を見計らって、色歌(いろか)は最後の仕事へ取り掛かる。

 誰かを御神体へと送り、珠景姫(みかげひめ)の死に立ち合わせなければならないのだ。その役割は色歌(いろか)を含む侍女では無く、珠景姫(みかげひめ)と関係性を持たない人に限られる。


 何も知らない宮殿関係者が事件の証人になれば、御三家の人々も信じるしかない。

 その証人となる人を選び、御神体へと向かわせる事が色歌(いろか)の最後の仕事だ。


 もう誰に声をかけるかは決めている。

 色歌(いろか)はその人を見つけると、敢えて全力疾走で駆け寄った。

 息をあげながら、大切な事を伝える。


栄一(えいいち)さん。姉さんが居なくなっちゃいました……」


 突然、色歌(いろか)に駆け寄られた栄一(えいいち)は、驚いた表情で立ち尽くす。

 迷子になった子供のような悲痛な叫びで、もう一度伝える。


「姉さんが居ないのっ!」

 涙を流せたら良かったのに、もう出て来なかった。

 だから、今にも泣きそうな顔で訴える。


「だ、大丈夫だよ。きっと帰ってくるって」

 優しいあなたはそう言うと思っていた。

 色歌(いろか)珠景姫(みかげひめ)に書いてもらった偽の遺書を栄一(えいいち)に手渡す。


「ほら、見てください! 姉さんは、姉さんは……」

 取り乱す色歌(いろか)の前で、栄一(えいいち)は偽の遺書に目を向けた。

 その紙にはこう書かれている。



私、珠景姫(みかげひめ)は今日をもって生涯を閉じようと思います。

長姫(おさひめ)制度によって縛られ続ける人生には、もう疲れました。

最後は神様が宿る場所で、永遠の眠りにつこうと思います。


この紙を見つけても、決して探さないでくださいね。

もう、その時私は生きてませんから。

大好きな人へ。ありがとう。幸せに生きてね。

苦しめた人達へ。さようなら。

  神島 珠景姫



 直筆の文字が示す思いに触れ、栄一(えいいち)の表情は強張っていく。

 思考が停止してしまう前に、色歌(いろか)は追い打ちをかける。

「まだ間に合うよね!? だから、一緒に探してよっ!」

「そ、そうだね。探しに行こう」


「私は宮殿近くをもう一度探すので、栄一(えいいち)さんは御神体の方をお願い!」

「分かった。行ってくる」

 御神体へ続く道を走っていく栄一(えいいち)に、色歌(いろか)は深々と頭を下げる。


 ごめんなさい。辛い思いをさせてしまう事を、どうか許してください。

 あなたしか信用出来ませんでした。

 事実を伝えてくれるのは、あなたしか居ませんから。

 私も一緒に受け止めますね。


 栄一(えいいち)の後を追うように、色歌(いろか)も御神体へと歩き出す。

 宮殿近くに、姉さんはもう居ないから。


 トンネルを抜けると、御神体の前に立つ珠景姫(みかげひめ)の姿が見えた。

 潮溜まりの前には数人の島民が集まっていて、珠景姫(みかげひめ)の美貌に見惚れていた。そこへ、栄一(えいいち)が走っていく。


「姫様! そんな所で何をしているんですか!」

 爽やかな声を張って、栄一(えいいち)珠景姫(みかげひめ)に歩み寄る。

 珠景姫(みかげひめ)は笑みを浮かべると、巨樹の下にある穴へと近づき、飛び込む準備を始めた。


「止まりなさい。佐藤栄一(えいいち)

「……っ!」


「これは最初で、最後の命令です。私の言葉と、あなたが見たものをみんなにしっかりと伝えてください」


「言葉と、見たもの……ですか」

 栄一(えいいち)は足を止めて、珠景姫(みかげひめ)を見上げる。


「『長姫(おさひめ)制度は今日を持って廃止にする。珠景姫(みかげひめ)は最後の姫になった』と」


「お待ちください。何を……何をなさるおつもりで……」


色歌(いろか)のこと、よろしくお願いします」

「姫様ぁぁぁあ!」

 珠景姫(みかげひめ)がこれから行う事を悟ったのか、栄一(えいいち)は大きな声を出して走り出す。

 周りの島民は、二人のやり取りを不思議そうに見つめていた。

 最後に色歌(いろか)の方を見た珠景姫(みかげひめ)は、涙を拭って笑顔を見せた。


 今から目の前で姉さんの命が終わる。

 大好きな家族と永遠のお別れになるのだ。

 もう触れ合う事も出来ない。

 一緒に思い出を重ねる事も、小さな事で喧嘩する事さえ出来なくなる。

 当たり前だった今日までの日常が終わってしまう。

 ずっと続くと思っていた姉さんと過ごす日々が、叶わぬ夢へと姿を変えてしまうのだ。


 待って。お願い。

 やっぱり、止めて。


 まだ一緒に生きようよ。

 私が長姫(おさひめ)制度を撤廃出来るように頑張るから。

 ねぇ、お願い! 死なないでよっ!

 私を一人にしないで! 

 姉さんっ!


 溢れ出す思いは、声に出なかった。

 珠景姫(みかげひめ)は大きな穴の中へと飛び込んで行く。姉さんを止めようと動き出す身体を抑えるように、伸ばしかけた右手を左手でギュッと握りしめた。

 怖くて目を逸らしたかったのに、心に宿った使命感がそれを許さない。


 そして、珠景姫(みかげひめ)は御神体の大穴の中へ姿を消した。

 世界から音が消え、地鳴りのように島民の悲鳴が湧き上がる。


 目の前で、栄一(えいいち)が膝から崩れ落ちた。

 色歌(いろか)もトンネル横の壁に背を預けて、儚く輝く夕空を見上げる。


 感じたことの無い恐怖に胸を痛めながらも、色歌(いろか)はしっかりと最後まで見届けた。

 長姫(おさひめ)制度の撤廃を約束した私は、悲しんではいけない。

 姉さんの夢を叶える為に、立ち続けなければならない。


 私だけは姉さんが死ぬ事を知っていて、お別れに向けた時間を取って来た。

 だから、突然のお別れになった人達を支えてあげよう。

 まだ大丈夫。姉さんがくれた勇気と、最後に感じた温もりが私を支えてくれるから。

 今は我慢して頑張ろう。全て終わったら、溜め込んだ悲しみに向き合えば良い。


 泣き崩れている栄一(えいいち)のもとへ向かう為に、色歌(いろか)は呼吸を整える。

 すると、トンネルから四人の侍女が姿を現した。

「え」

 重たい声が漏れた。


このエピソードを、

珠景姫 視点で楽しみたい方はこちら↓

『 珠景姫 Mikage hime 』:八月八日。終わらない夏

https://ncode.syosetu.com/n2627jv/36


珠景姫Mikagehime ⇔ 珠景色の春風鈴

✼••┈┈┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈┈┈••✼

どちらから読んでも楽しめる物語


❀ 春風鈴→珠景姫(時系列順)

❀ 珠景姫→春風鈴(神島家の姉妹を深く知る)

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