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31†逃亡者(1/2)



 突き刺し槍ゲイリーのその後の話。(吟遊詩人の語り)



 流浪の詩人が訪れたのは、ギルドに近い大衆酒場。

 荒くれ者が集まって陽気に酒を飲んでいる。

 酒場の主にチップを渡し一曲吟じる許可を得て、酒場の隅でリュートを構え、軽やかに弦を爪弾いた。


「さぁさ、皆様寄ってくれ。紳士淑女の皆様よ。火竜の牙のお話だ。傍若無人な彼らのリーダー、突き刺し槍のゲイリーが、あれから一体どうなった? 我ら詩人の目と耳が、集めた話をお聞かせしましょう」


「おっ、待ってたぜ! 続報を聞かせろ!」


「あいつは捕まったのかい?」


 詩人たちは独自のネットワークを持っていて、様々な情報を集めて共有していた。

 彼らが歌うのは、そこで集めた英雄譚だけではない。

 各地の情勢や大衆の喜ぶ下世話な話も得意分野なのである。


「逃亡中のゲイリーのその後をお聞かせいたしましょう。さぁさ、皆様寄ってくれ。話の前にまず一杯。酒場の主に感謝を込めて、紳士淑女の皆様も一杯お付き合いくださいませ」


 溢れんばかりに注がれたエールを楽しみながら吟遊詩人は歌い出した。


「そう、それは火竜の牙のクランハウスに捜査が入った日の朝のこと…」


----


 ゲイリーはその日の朝、医者の元を訪れていました。

 火竜の牙のメンバーで恋人でもあるディクシー・ブランの治療のためでした。


「シモの感染症だと!? 俺はなんともねぇぞ? おい、診察ミスってんじゃねぇだろうな?」


 ゲイリーは恋人の感染症の原因に驚いて、医者の胸ぐらに掴み掛かりました。

 医者はブンブンと首を横に振るばかり。


「ブノワが罹ったのも同じ症状だったよなぁ? なぁおい、慎重に答えろよ?」


 医者は小さくコクコクと首を縦に振る。

 胸ぐらを掴むゲイリーの手が怒りで震えました。


「ふざけてんのかテメェ! ディクシーの病気はあいつから感染したってのか?」


 医者はさらに小さく頷くことしかできませんでした。

 ゲイリーはすぐにブノワの病室に向かいます。

 怒りに満ちた足音で、病室で寝ていたブノワにも危険が迫っているとすぐにわかるほどの荒々しさでした。


「逃げ出そうとしてるってことは、お前が原因で間違いないんだな?」


 窓から飛び出そうとしていたブノワの目を見れば、隠し事があることなどすぐにわかったことでしょう。

 ゲイリーはブノワの顔面に拳を突きこんで、何を隠しているのか全てを喋らせました。


「人のモンに手を出すたぁ、ずいぶんと強気になったもんだな」


「む、向こうから誘ってきたんだ。僕は悪くないぞ」


 たとえそれが真実だとしてもゲイリーには言い訳にしか聞こえなかったでしょう。

 A級冒険者になる前からずっとクランメンバーとして共に過ごしてきた恋人なのです。

 自分を裏切るはずがないと思い込んでいたのです。


「自分のヤったことの結果だ! 甘んじて受け入れろ!」


 顔の形が変わるほど殴り続けました。

 外傷はポーションで治りますが、ここまで滅多打ちにされるとブノワの精神は相当傷ついたでしょうね。


「クソッ! 誰が通報しやがった? 悪いのは人のモンに手を付けたコイツだろうが!」


 ゲイリーは正当な権利だと喚き散らしながら逃げ出しました。

 交易都市の外周部にある農村地域まで追い立てられてしまいました。


「クソが…。外郭まで追い回しやがって…」


 ゲイリーは小さな食堂に入り、事態が落ち着くのを待とうとしました。

 殴り合いの喧嘩など、ここでは日常の出来事ですからね。

 普通なら治安部もすぐに諦めます。

 大きなパンと塩気の強い干し肉とスープ、そして薄めたワインを流し込むように食べて悪態をつきます。


「チッ、しけてやがる。ボア肉もねぇのか」


 さんざん貪り食べておいてこの態度。

 しかも、お金も払わず出ていこうとしたのです。


「なんだよ? 俺様を知らないのか? この都市最強のクラン、火竜の牙のゲイリー様だぞ。銅貨なんざ持ち歩くかよ。金が欲しけりゃクランハウスまで取りに来い」


 この時、ゲイリーは知らなかったのです。

 クランハウスに捜査が入り、すべての資産が没収されているだなんてこと…。


----


 吟遊詩人がエールを飲んで一息つく。


「いやぁ、自信過剰もここまでくると恐ろしいですねぇ。A級冒険者になれば何をしても許されると思っているんでしょうか? 金を払えばそれで良いとでも思っているんでしょうか?」


 ダメに決まってる!と酒場にいた冒険者たちから野次が飛ぶ。


「えぇえぇ、そんなわけないですよねぇ」


 皆、火竜の牙に迷惑を掛けられた経験があるんだろう。

 彼を擁護するものは一人もいない。


「ゲイリーは自分の思い通りにいかないとすぐにイライラするそうで、この後も武器屋で一騒動起こしてしまいます。それでは続きを語りましょう…」


----


「修理に出した武器を渡せねぇってどういうことだ! 金ならいつも通りクランハウスに取りに来りゃいいだろうが」


 朝からずっとイライラしているゲイリーは些細なことでも怒り出すようになり、抑えが効かなくなって展示台をつい蹴飛ばしてしまいました。


「いいや、現金でないと渡せんな。それから壊した物の代金も払ってもらおうか」


「お前がわけのわからない文句を言うから起きたことだろうが」


「壊したものを弁償するなんて当たり前のことだろう。今まではアッシュが直してくれていたから訴えなかったが、彼を追い出した今、直せんのなら金で解決するしかないだろう」


 クランのために一番働いていた陰の立役者を追い出すなんて本当に信じがたいことです。

 彼がいなくなってから火竜の牙は変わってしまいました。

 とても悪い方向に…。


「ふざけんな。今アイツは関係ねぇだろうがよ」


「関係ないというなら、自分でやらかしたことのツケは自分で払うんだな」


「うるせぇ! お前のとこで買った武器がガタついたんだ。お前が直すのは当然だろうがよ。客が怪我したらどうすんだ。さっさと槍を返せや! もっと壊されてぇのか!」


 自分の理論を押し付けて、人の話をまるで聞きません。


「不良品を渡した覚えはない! お前さんが乱暴な使い方をしたのが原因だ。おいよせ! これ以上罪を重ねるな!」


 ゲイリーはカウンターに飛び込み壁に掛けてあった修理済みの槍を奪い取ります。

 店主の止める声も聞かず、店内で槍を振り回しぐちゃぐちゃに荒らしてしまいました。


「泥棒め! 壊した壁も請求にいれるからな!!」


「お前の売りつけたクソ武器のせいで、こっちは依頼失敗してんだぞ。お前こそ迷惑料を払え! こっちはA級冒険者様だぞ!」


 この日のゲイリーはいつも以上におかしくなっていました。

 白い目を向ける通りすがりの人たちを睨み返して威嚇しながら

歩く姿は手負いの獣のようでした。


「なんだありゃ? あれは…うちのクランハウスか?」


 ゲイリーがクランハウスに戻ると、そこには冒険者ギルド所属のナイトが大人数で押し掛けていた。


「なんで俺様のハウスにギルドナイトが…」


 火竜の牙の魔術師・メルティが取り押さえられています。

 クランハウスの中から装備や資材やどんどん運び出されていきます。


「こいつら隠す気なんてさらさらありませんよ。倉庫に装備や素材が全部置いてありました!」


「これらはアッシュ・グレイソンに盗まれたと申告のあった物だろう。クランハウスにあるということは申告が偽りであったという証拠に他ならない。押収して購入記録と照らし合わせろ!」


 倉庫の鍵を持っているものは限られています。

 誰が扉を開けたのでしょう?

 皆様は、この騒動が起きる直前に抜けたもう一人のメンバーをご存知でしょうか。

 そう、火竜の牙を抜けた聖騎士がギルドの捜索に協力していたのです。


「あのクソ盾女…。ギルドナイトを協力しやがったな」


 火竜の牙が積み上げてきた富と栄光がそこにはありました。

 たったひとつの歯車を抜いてしまったがために全てが崩れ去ってしまったのです。



お読みいただきありがとうございます。

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