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30商家の娘



「商業ギルドから呼び出し命令が来ておるぞ?」


 炭を納品してから一週間が経ち、農場からまた中央市に戻ってきたら商業ギルドから呼び出し命令が来ていた。

 何事かと思ったら錬金炭が速攻で売り切れて、窓口にいつ売るんだとクレームや予約が殺到して業務に支障をきたすと、あの嫌味ったらしい課長に怒られてしまった。


「新素材を発見したのなら特許の申請をしなさい! 値段も見直しなさい。従来品が売れなくなってしまっては困るんですよ!」


 成形した石炭は薪とも木炭とも普通石炭とも違うって言ったのに…なんたる理不尽!


「他とは違うってちゃんと言ったのに…。なんなら現物も見せたでしょ…」


 担当してくれた認定士さんが炭の買い取りを中断して、加工賃を取る形で予約を受け付けてなんとか乗り切ってくれたようだ。

 そのまま買い取りを進めていたら石炭の価格上昇に巻き込まれる恐れがあったので最高の判断だったと思う。


「勝手に予約券を発行してしまいましたが、加工の方は間に合いますでしょうか?」


「全然大丈夫ですよ。加工はいくらでもできるので…。ちょっと待っててくださいね」


「お願い致します! ではこちらが買取価格の一覧になります。確認しておいてください」


 用意がいいね。

 ありがたい限りだ。


「実はこれ、私にも手数料のボーナス入るんですよ」


「そんなこと言わないほうがいいですよ?」


「アッシュさまは商業ギルドのお金の流れを知りたいのではないかと思いまして…。違いますか?」


「よく人を見てるんですね」


 なかなかおもしろい人だな…。

 金に貪欲だけれども、金を生み出すものにはとても優しいという、商業ギルドを具現化したような人だ。


「店舗となる物件もいくつか見繕いましたので、後日見に行きましょう。参考までに物件のデータや賃料などの資料を渡しておきますね」


「認定士って忙しいんじゃないんですか? あの課長さんなんていつもピリピリしてるじゃないですか」


「課長のことはあまり気にしないでくださいね。甘い汁が吸えなくなってイラついてるだけですから。登録を優先するかわりに規定より多く手数料を受け取っていたんですけど、それがギルド規則で原則不可になったので、やる気が出ないみたいです」


「賄賂ってやつですか」


「待ち時間をお金で買うのは全然ありだと、私も思うんですけどね。上乗せした分を個人の懐に入れちゃうのは組織として認められないですから…。新しいギルドの制度では、即日の飛び入り料金は高めに設定して、期日に余裕を見て予約した方には割引を適用するんですよ。アッシュさまも新商品登録の際には事前予約をご利用くださいね!」


「飛び入り登録しにいって通常の手数料だった俺はタイミングが良かったのかな」


「課長がやる気を失くしてるタイミングでよかったですよ。有望株の担当になれて私はラッキーです」


 認定士さんはハキハキと喋ってとても元気で、時に毒も吐くけど要領がいいタイプのようで強かさを感じる。


「とりあえず倉庫いっぱいに買い取りされた炭を調合しておかないとですね。《調合》錬金炭!」


 アイテムボックスに収納して一気に調合してしまおう。

 販売価格もギルドの指示通りに高くしておけば少しは落ち着くだろう。


「あの…もう加工が終わったんですか? 新しく持ってきたわけではないんですか!?」


「時間は量が増えてもあまり変わらないですよ。魔力は大量に使うので疲れますけどね」


「アッシュさまを前にすると常識が崩れますね…」


「なんかごめん」


 注文が来てから納品をすればいいと思っていたから、こんなに迷惑をかけるとは思わなかった。

 店舗を決めるまではマーケット担当の人たちに、もう一踏ん張りしてもらうしかないな。


「果汁入りのポーションジュースでも飲みます? うちの倉庫担当の人たちの分も差し入れしておこうかな」


「ありがとうございます! みんな喜びますよ!」


「それじゃあ、またしばらくは錬金炭の予約で大変だとは思いますが、買取の方と合わせてよろしくお願いします」


 錬金炭の再納品を終えた俺はギルド前の噴水広場で休憩しながら、貸店舗の間取りや家賃などの資料を見比べていた。

 倉庫のみの物件。

 販売できる窓口がある物件。

 そして、工房を兼ねている物件。

 どれも結構な賃料が掛かるようだ。


「世の中、金、金、金…だねぇ」


 資金の足りなさに唸っていると見知った顔に声を掛けられた。

 冒険者学校で臨時講師をしてたときの教え子の一人だ。


「お久しぶりです。アッシュ先生も商売を始められたんですね」


 貸店舗の資料をチラ見しただけで俺が商売を始めたことを察したようだ。


「おぉ、ソフィア・メルシエか。商売はこれから始めようと思ってるところだよ。そっちは冒険者と貴族と商人の仕事を全部こなしてるのかい?」


「えぇ、順調ですよ。最近は新しい出来事が多くて、毎日が充実しております」


 彼女は商家から地方の役人に成り上がった貴族の家の娘だ。

 自分で魔獣の素材を手に入れて商売に活かそうだなんて、俺と似たような考え方をしている。

 貴族としてはちょっとばかり変わっているタイプと言えるだろう。

 彼女も錬金炭加工の予約票を持っているところを見ると、どうやら炭の買い付けに来ていたようだ。


「もしかして錬金炭をメルシエ商会で売るつもりで買い付けにきたのか?」


「質の悪い石炭でも数を揃えれば加工してくれるようですから、そちらの買い取りを進めているところです」


「おいしそうな商売のやり方を明かしてしまってもよかったのか?」


「教えたところで真似できる人は稀です。まず元手がないと難しいですからね」


 少し生意気にも聞こえるが、商売で成功している王者としての風格も感じる。

 自信に満ちあふれている顔だ。


「何をするにも資金が必要だよな」


「店舗用の物件を見ているということは自分の店を持たれるおつもりですか? 講師を辞めてから商業ギルドに登録されたばかりですよね…?」


 何やら思案したあとソフィアは、まさか!?という表情をした。


「もしかして、先生があの錬金炭の出品者なのですか? もしそうなら、うちと契約しましょう! 専属にしていただけたら出品しているあの値段よりも更に高く、より多くの人に売ってみせますよ」


 儲けの匂いを敏感に感じ取ったのか、目をギラギラと輝かせて俺に話を振ってくる。


「嬉しい提案だね。錬金炭の卸先が増えるのは大歓迎だ。でも、自分の店っていうのを持ってみたいから専属ってわけにはいかないかな」


「あれだけの品質ですからいい商売になりますよ。店はどこに出されるんでしょうか?」


「まだ資金繰りが苦しくて店を借りられないんだ。ギルドにお金を借りると利子が結構高くつくらしいし…。今は元手を作るために錬金炭を売りつつ、他にも高く売れるものがないか考えているところさ」


「お金がないなら出資者を募ればいいじゃないですか」


「出資者? 個人に資金を出してもらうのか? 借金と変わらなくないか?」


 ソフィアの言っていることがいまいち理解できなかった。

 こういうときは素直に聞くのが一番の近道だ。

 目の前の少女は商売で成功して貴族にまで上り詰めた大商家の娘さんだからな。

 錬金炭の買い付けを任されているほどだし俺よりよっぽど経験値が高いだろう。


「出資者について詳しく教えてくれないか?」


「利子の代わりに別のものを渡す契約をするんです。それこそ今やっている錬金炭を優先的に加工する権利なんていいじゃないですか。先払いと変わりないですから優先的に数を確保できるなら開業資金ぐらい出しますよ。2・3ヶ月分の優先加工契約が数件取れれば、店を借りる資金ぐらいになるんじゃないですか?」


「錬金炭の優先加工を約束して資金を集めるんだな。契約内容の管理も難しくなさそうだな」


「継続して契約してくれた人には、割引という形で利益の一部を還元すれば、錬金炭以外の商品の取引にもプラスになると思いませんか? 出資者たちに共に歩む仲間になってもらうんです」


「何人くらい集められるかわからないが、やってみる価値はありそうだ」


「どれくらい割り引いて還元するかなど、詳しいことは商業ギルドで聞いてみるといいでしょう。契約の仲介もしていますから」


 本当に手広くやっているな商業ギルドは…。

 後日、出資者を募ることについて詳しく聞いてみよう。


「それにしてもまさか先生が錬金炭の販売元だとは思いませんでした。冒険者一筋で行くものだと思っていましたから…」


「錬金術師の店をやる理由は冒険者の活動にお金が掛かりそうだからなんだ。作ったものを世に広めたいって気持ちもあるけど、やっぱり何をするにもお金は大事だから」


「稼ぎたいのならば、やはり総合商店のうちと専属契約をしませんか? この街に店を立てるだけではもったいないですよ。他の領にも販路を持っているうちに任せてくれませんか?」


「そんなに口説いてくれるってことは、ソフィアの見立てでは俺の店は拡大していけそうってこと?」


「えぇ、見込みはあります」


 可能性を示してくれる人が身近にいるのはとても心強いな。

 錬金炭の販売だけでも任せてしまおうかな…。


「うちはいくつかの領にまたがって商売をしていますので、売れる数の桁が違ってきます。20~30店に商品を卸すことになりますから、供給は大変でしょうけどやりがいがありますよ」


「単純に考えても20倍か…」


 専属契約に揺らいだ俺の気持ちを見透かすようにメルシエ商会のアピールをしてくる。

 この目はギルド職員と同じ儲けを逃さない強かな目だ。

 商売が絡むと目がギラつくのは、商人系の魔力紋を持ってる人たちの共通の特徴なんだろうか…。


「技術があって資金を集められたとしても、素材の仕入先や店で働かせる人材がないと広く大きく商売をすることはできません。うちと契約するとすべてが揃います。どうですか?」


「どんなに頑張っても俺の体は一つだもんな。何百人って動かせる商会はホント強いと思うよ…」


「いかに効率的な組織を作るか、これは冒険者より騎士団の運営に近い要素ですからね。商人と貴族の共通点だと言えると思います」


 俺も冒険者集団を引き連れて素材収集チームを作ったりすれば冒険者商人として成り上がれたりするんだろうか。

 いや、また金が原因でクラン崩壊しかねないな…。


「専属契約のことはまだわからないが、出資者についてはすぐにでも考えてみるよ」


「えぇ、ぜひその商談にうちの家も参加させてくださいね」


 ソフィアは錬金炭の商売に加われそうなことに満足して帰っていった。

 錬金術師の店の将来像が少し見えてきた。

 出資者や取引先に素材を用意してもらえば加工賃で儲けを生み出すことができそうだ。

 アイテムを売る店舗よりも、買い付けた素材を納品してもらう大きな倉庫のほうが重要そうだ。


「だけど、一人じゃできない仕事量だな。俺が留守の時に素材の受け取りをしてくれる人も欲しいし、契約の管理をしてくれる人も欲しい…。販売員も欲しいよな。うぅむ、商業ギルドで人材募集を掛けてみるかな…」


 ひとりでできる範囲を超えてしまう商売は身の丈に合ってない気がするが、同時に挑戦しがいのある課題なのでやる気がムラムラと湧いてきた。



お読みいただきありがとうございます。

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