23それぞれの目標
「あとは細々とした消耗品を見て回るくらいだが…先にどこかで食事していくか?」
俺は今日一日、グウェンドリンとブランシュに課外授業をすることになっていた。
冒険者が休日にどんな店を巡っているのかを実地で教える授業だ。
これがグウェンドリンの風呂を覗いたことへの謝罪にもなるとブランシュに提案されたのだが、こんなもの口頭やメモ書きだけでもいいような気がする。
だからきっとこの提案は、グウェンドリンに息抜きさせるための接待をしろ、という解釈で間違ってないと思う。
「どういたしますの? 私は買い物を終えたあとでしっかりしたディナーをいただきたいですわ」
「私は…実は朝から何も食べていなくて…。できれば軽く何か入れたいところですね」
「では軽く食べに行こうか」
「そうですわね。ディナーはまたあとで食べればいいんですわ」
「体調管理も冒険者の仕事のうちだから、食べすぎには気をつけるんだぞ…?」
「それはお財布の心配ですの?」
「普通に体型の心配だよ。鎧に入らなくなったらどうするんだ」
思い切り足を踏まれた。
真面目な心配だったが、言い方にデリカシーがなかったと反省している。
「自分の分は自分で払いますよ」
「食事も授業の一環だ。先生が払うよ」
グウェンドリンは賄賂が嫌いなようなので、できるだけ自然な理由で支払いを受け持ちたい。
おもてなしは難しいな。
「これから行くところは知人に教えてもらったんだが、落ち着いてて良い雰囲気らしい」
店はグラージオのところで扱ってる野菜を卸している店を紹介してもらっていた。
酒の取り扱いは夜のみの大衆食堂だ。
昼のうちならそれなりに落ち着いた雰囲気で生徒を連れてきても酔っ払いに絡まれることはないだろう。
「悪くない雰囲気ですわね」
「そうね、私もこういうところのほうが好きだわ」
「ギルドの周辺は酒飲みのための店ばかりですものね…」
店内を見回して二人が言う。
確かにテーブル席にいる客層も大人っぽい人が多く感じるな。
談笑している声が聞こえるが、よその席にまで会話の内容がわかるような大きな声で喋る人はいない。
「二人はどれくらい食べる? 俺はオススメされた野菜たっぷりのスープでも頼もうと思うんだが…」
「私も軽めのスープがあればそれをお願いします」
「私はがっつりいきたいですわ」
俺とグウェンドリンが頼んだメニューはあっさり系のスープだったので、軽くつまめるようにハムとチーズ、それから塩炒りのナッツを追加で注文しておいた。
「そう言えば、昨日ホーンラビットと戦闘していた時に爆発したあの攻撃は一体何だったんですの?」
前菜をパクパク食べながらブランシュが聞いてくる。
「あれは人工的に作った小さい魔石を砕いて爆発させたんだ」
「人工の魔石ですの…?」
「魔獣の血を固めて結晶化させたもので、すぐに劣化するから持ち帰ったり売ったりとかはできないけどね」
「小さい魔石を魔術の媒体にしたということかしら?」
「魔力を通すことはできるが、それがどういった形で発現するかわからない。だから、わざと魔力を過剰に注いで、意図的に暴発させて使っているだけなんだ。そもそも俺は魔術師ではないから魔石をうまく媒体にする方法もわからないしな」
血晶が魔力に敏感なせいでポーチやアイテムボックスに入れようとしたときも爆発してしまうから保管しておくこともできないのが悲しいところ。
だから、戦闘中に《調合》して、その場で使うしかない。
使いすぎれば土台にした剣がボロボロになってしまう。
威力は高いが使いどころが限られる悩ましいアイテムなのだ。
「魔術師でないなら、アッシュ先生は何の魔力紋を持ってるんですか? 何もないところから物を取り出していましたし、もしかして生産系の魔力紋なんでしょうか…?」
「言ってなかったっけ? アイテムを取り出してたのは《空間収納》のユニークスキルを持っているからだよ。魔力紋は《錬金術師》でスキルは《調合》しかないから生産特化型だと思う」
「まったく聞いたことがない魔力紋ですわね。アイテムボックスもおとぎ話に出てくる空想の産物だと思っていましたわ」
「錬金術師は魔術師系ではないんですか?」
「大昔に俺と同じ魔力紋を持った人がいて、その人が錬金術師を自称していたそうだよ。あまりにもレアすぎて研究が進んでないんだってさ」
試しに簡単に火がつく素材をその場で《調合》して燃焼させてみせた。
ボッと指先から火が出る。
魔物の脂や鉱物を混ぜて作られる火薬だ。
「今みたいに人工魔石も《調合》で作り出してその場で爆発させてるから、見ようによっては魔術に見えなくはないだろうな」
「とんでもないことを言いますわね」
「とんでもないですね」
なんでこんなに引かれてるんだ。
魔術だって言い張ったっていいじゃないか。
まだまだカッコつけていたい年頃だぞ。
「先生が規格外すぎて、食べる前から胃もたれしそうですわ」
…などと言っていたが、ブランシュはメインディッシュとして出された肉厚のステーキを食べきって満足げにしている。
その横でグウェンドリンはハムやチーズにはほとんど手を付けずにナッツばかり齧っていた。
「チーズは苦手だったか?」
「いえ、そういうわけではありませんけれど…」
「グウェンはナッツが大好物なのですわ。子供の頃はナッツさえあれば生きていける、なんてよく言ってましたもの」
グウェンドリンの子供時代がまったく想像がつかないな。
ブランシュのほうは今と変わらず、よく食べる子なんだろうなと想像つくのだが…。
「二人は昔から付き合いがあるんだな」
「えぇ、家が隣同士でしたので月に一度は交流会をしておりました」
「隣と言っても、領地が隣という意味ですけど」
「ははっ、スケールが違うな」
「ブランシュの家は私の家から見ても裕福で、色んなものを晩餐のメニューに出してくれていたわ。その中で特別に美味しいナッツに出会ってしまったのよ」
「我が家の両親は食の冒険者を自称しておりましたの。珍しいものや新しいものが大好きで各地から食材を取り寄せては、お客様に振る舞っておりましたわ」
「おいしいものが本当に多かったわね。中には二度と食べるものかと思うようなものもありましたけれど…」
本当に昔から仲が良いんだな。
羨ましい関係だ。
「しかしなんでまた、そんな裕福な家の子が冒険者になろうと思ったんだ? 食材集めのためでもないだろう?」
俺が疑問をぶつけると二人は一瞬顔を見合わせた。
ブランシュが小さくうなずいた後、静かに語り出す。
「独立したかったからですわ。我が家には優秀な弟がいて、家督を継がせるために私が平民に嫁ぐか騎士になるしかなかったんですの。それで私は騎士になるほうを選びましたの。いずれは弟のための騎士団を作るつもりですわ」
「私も似たようなものよ。婚約相手が性に奔放すぎてどうしても受け入れがたくて…。でも家の格が同等の相手だから断るに断れなくてね。それで騎士兼冒険者として名声をあげて爵位を得て、家から独立してしまうのが手っ取り早いと思ったのよ。幸いなことに私たちには魔獣と戦うだけの才能があったから」
「両親が黙認してくれているのもありがたいことですわ」
政略結婚って今でもあるもんなんだな。
結婚なんていやだって断るだけじゃ変えられないなんて、俺にはわからない世界だ。
成人したばかりで貴族としての立場を保ちつつ、独立を考えるなんて精神的に大人すぎて尊敬の念すら抱く。
「冒険者として一人前のラインにはもう乗っかってると思うよ。才能もあるし、向上心もある。しっかりとパーティーを組めばA級認定も見えてくるだろうよ。そこまで行ったら誰も軽んじたりしなくなるさ」
「そう言ってただけると自信になりますわ」
「そうね。まだまだ学ぶことは多いと思うけれど…」
彼女たちの目標を聞いて俺もしっかりと先を見据えないといけないなと反省した。
B級冒険者になってしまえば収入が安定するなぁ、くらいにしか考えていなかった。
「アッシュ先生は、どうして冒険者になろうと思ったのでしょうか? ユニークスキルをお持ちなら、やはりおとぎ話のような大商人に成り上がるのを夢見たのでは…?」
「子供の頃はボックスに入れられるものもたかが知れててさ。商人なんかこれっぽっちも頭になくて、もっぱら聖騎士に憧れていたよ。成人前の修行期間には騎士団に入って荷物持ちをやってたくらいさ。結局、成人してからも雑用と荷物持ちをやらされる従騎士のままだったし、アイテムポーチが安く出回るようになってから騎士団に居づらくなって、それでも戦って人を守ることへの憧れが捨てきれなくて冒険者になった。あとはもう成り行き任せさ…」
スタンピードの混乱に乗じて国を出たとか、仲間と大喧嘩して逃げてきたとか、かっこ悪い部分はだいぶ省いたが、だいたいこんな感じだろう。
彼女たちみたいに強い目的意識を持って冒険者になったわけじゃない。
戦って人に称賛されながらお金がもらえたら嬉しいなくらいの軽い気持ちだったと思う。
「少し恥ずかしいな…。俺も、もっと明確な目的を持ってスタートしたかったよ」
「誰かを守りたいというのは十分に立派な目的だと思います」
「ですわ」
二人のフォローが心に沁みる。
あぁ、表情や態度で相手を喜ばせるというのはこういうことを言うんだろうな。
「俺はただかっこつけたかったり、金目当てで始めたようなもんだからな。正直、二人の話を聞いて考え直すべきだなって思ったよ。もっと本気で誰かを守るとか、誰かの役に立ちたいって思うようになったし、自分の力がどこまで通用するか挑戦したいって思うようになったよ」
ありがとうと伝えたら、二人は微笑んでくれた。
まずは冒険者等級をB級以上に戻すことから始めよう。
収入のためでもなく、生徒たちにかっこつけるためでもなく、彼女たちを導く講師として胸を張っていられるようにしたい。
その後は俺の魔力紋《錬金術師》がどこまで冒険者として通用するか挑戦するための地盤を作るんだ。
戦うのにとにかく金が掛かるからな…。
「それじゃ、そろそろ授業に戻るとするか」
「えぇ」
「はいですわ」
消耗品などの小物を見終わるころには、グウェンドリンの俺に対する警戒は解けて、良好な関係になれていたと思う。
場を用意してくれたブランシュに感謝しないとな。
生徒たちに冒険者の基礎を教えていくことで給料がもらえて、俺もまた勉強になることがある。
お得しかない。
臨時講師を前向きな気持ちで続けていけそうな気がした。
そう思っていたのだが、臨時講師の契約は更新されることがなかった。
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