22課外授業
合宿授業は様々な課題を残して終わった。
生徒たちの課題は経験を詰めば解消される前向きな課題だ。
だが、俺の場合は生き方を変えない限り解消できそうにない課題が残ってしまった。
「アッシュ先生、いい加減に暗い顔はおやめになってくださいませ。グウェンが着いたときには笑顔で迎えてくださいますわよね?」
俺は合宿授業が終わってからレポートとは別に反省文を書かされた。
講師が生徒の授業に手を貸すとは何事か、ということらしい。
死に戻りなどわざわざ経験させる意味がわからないと書いたら、反省文の反省文を書かされる羽目になってしまった。
即時解雇になってないのは俺をスカウトした理事のレイア・モローのおかげだろう。
テスト入学した今の生徒たちが卒業する来月末までは、そのまま臨時講師を続けられることになった。
「わかってるよ。気持ちを切り替えなきゃいけないってことぐらいさ…」
今日はブランシュとグウェンドリンを連れて中央市で課外授業をする予定だ。
冒険者が何に注目して店を回っているのか、実際に見せながら教える授業だ。
「特に考えてることなんてないんだけど、何を見せたらいいんだ?」
「普段通りでいいと思いますわよ。冒険者の実情を見るだけでも勉強になりますもの」
「本当に普通の買い物でしかないと思うんだけどなぁ…」
武器防具のメンテナンスをして、ポーションや罠を補充する。
ただそれだけだ。
予算もあまりない。
朝の採取ランニングを終えてギルドに立ち寄って、納品依頼をいくつかこなして、食事をおごるために少しお小遣いを稼いでおいたくらいだ。
グウェンドリンへの謝罪の気持ちを込めておもてなしをすれば、きっと許してもらえるとブランシュにアドバイスを受けたのだ。
「剣を1本ダメにしちゃったから、それを買い直して終わりだと思うよ。買い物のついでに炭を納品するぐらいかな。ギルド経由でもいいんだけど、直接持ち込むと割り引いてくれたりするんだ」
ギルドを介した納品依頼の達成ではないから貢献度やランクには影響しないけど、元から納品による貢献度はそんなに大きくないし、金銭を優先していいだろう。
「そういのうが聞きたかったんですわ。グウェンにもあとで解説してあげてくださいませ」
「こんな節約テクニックも必要なのか? お前たちが金に困っているようには見えないけど…」
「使うかどうかはさておき、冒険者の生きる知恵を知っておくのは大事なことですわ」
「そういうもんかね」
「そういうものですわ」
ギルドに併設された酒場で俺は、ブランシュと一緒に茶を飲みながらグウェンドリンを待っている。
今日は三人だけでの課外授業だ。
デートみたいだと浮かれていたが、ブランシュはいたって真面目に冒険者の買い物を見たいようだ。
「あれはうちの生徒だよな。あいつら授業外でも探索に言ってるんだな…」
他の生徒たちも休みのはずだが、エマ、モニカ、カレンの三人組がギルドで依頼を受けているのが見える。
「当然ですわ。B級にあがるために学校に入ったんですもの。前提条件になる貢献度が稼げていなければ意味がありませんわ」
「C級にあがるためじゃなかったのか?」
「学校ではC級認定までが授業の範囲ですけど、私たちの目標はB級認定ですわよ。超大型討伐の参加権が一番の目的ですの」
どうやら生徒たちはみんなB級以上を目指しているようだ。
彼女たちがパーティーを組めばC級の討伐依頼は余裕だろう。
あとは経験を重ねるのみだ。
「等級昇格に使われる依頼も授業内に組み込めばいいのにな」
「何をどれだけ倒せばいいかは秘匿されているのでは?」
「そんなことはないよ。大々的に公表していないだけで、オススメの依頼を聞けばそれとなく依頼を回してもらえるさ。その地域にでやすい魔獣を狩れるようになるのが昇格の最低条件だから、言わなくても必要な依頼は回ってくるだろうけどね」
あとで討伐指定モンスターの情報を仕入れておこう。
実践授業に取り入れれば、俺も一緒に等級昇格の条件を達成できて助かるしな。
「それにしても遅いな。グウェンドリンは待ち合わせ場所を間違ったりしてないかな?」
「女の準備には時間が掛かるものなんですわ」
「ブランシュは早かったじゃないか」
「私の従者は慣れておりますから」
「グウェンドリンのところの従者も優秀そうに見えたけどな」
「普段とは違う準備に戸惑ったのでしょう。あの子はいつも騎士みたいな格好ばかりしておりますので…。グウェンが来たら笑顔で出迎えて、今日は一段と綺麗だよの一言くらい添えてくださいませ。よろしいですわね?」
「うぅむ…。まぁ、わかったよ」
「はぁ…わかってませんわね。アッシュ先生は嬉しいって気持ちを言葉や表情で表現なさいませんの?」
「なんだその質問は…。嬉しいときはちゃんと笑うって? 楽しいときだってそうだし、怒るときも泣くときもある」
「いえ、表情筋を動かすことは問題ではありませんの…」
…なんで俺こんな呆れられてるの?
変な顔だった?
「アッシュ先生、言葉遣いや表情は武器にも弱点にもなりますのよ。常に意識しておけば相手の感情を操ることだってできますわ。表情だけで相手を喜ばせることができてようやく貴族としてC級入りと言った感じですわね」
「言いたいことはわかるけど、作り笑顔とか嘘くさくならないか? そもそも俺は貴族ではないし…」
「嘘に見えないように使いこなせるまで練習してくださいまし。天然の笑顔だけでは戦っていけませんのよ」
講師を続けていけるなら、貴族を相手にする機会が増えるかもしれないし、知っておいて損はないかもしれないな。
「ほら、グウェンが着きましたわよ」
「…おぉ、すごいな…」
笑顔で出迎えるつもりが驚きが先に来てしまった。
グウェンドリンは紅い髪を纏め上げて首周りを大胆に見せていた。
胸元には髪と同じ色の大きな宝石が揺れている。
俺が口ごもっているとブランシュが足を踏んでくる。
「おっと、失礼。あまりに見違えたから言葉を失ってた。来てくれてありがとう。すごく似合ってるよ」
「お誘いありがとうございます。今日一日、よろしくお願いします」
たしかに豪華な雰囲気が彼女に似合っているけれど、これから工房を巡るんだよな…?
それとも休日はみんなこんな風に着飾るものなのか?
「さぁ、特別授業を開始してくださいませ」
ブランシュに促され、俺は工房通りへと彼女たちを案内した。
「まずは緊急性の高いものから見ていく。俺は武器がダメになってしまったので、それから見ていって、防具を見て、最後に小物を探す、と言った感じだな。君たちは武器に大きな損傷がないから、大きく傷ついた防具から見ていったほうがいいだろう。自分たちが使っている店は中央市の店か? それとも地元や専属の職人を抱えてたりとかするか?」
「全て中央市の防具店で揃えました。私物の鎧は家紋が入っているから、おいそれとは使えません」
「儀式用の鎧は修理するのも大変だろうから、飾ったままのほうがいいだろう」
町沿いを流れる川の下流側にある大通り、通称:工房通りにやってきた。
水車によって動く大槌の音が地響きとともに聞こえてくる。
あたりには金属の焼ける独特の臭いが漂っている。
「まずは武具の修理を専門にしている工房を回るぞ。表通りの防具店で修理の依頼を出してもいいが、実際に作業するのは修繕専門の職人だったりするから、直接持ち込んだほうが手数料の差で安く上がったりする。工房に受付がなくて、ちゃんと表の防具店を通してくれってところもあるから、自分の防具がどっちのタイプの店で買ったか調べておくといいかもな」
二人が持ち込み修繕の依頼をどこに持ち込んでいいのか悩んでいたので、俺は休憩中の職人に話しかけた。
手土産はポーションのハチミツ割りだ。
彼女たちの防具をどの工房に修繕に出せばいいか物を見せて聞いてみる。
「違う工房に持ち込んでも修繕してくれるだろうが、自分の店で売ってる防具のほうが作業も早くて正確だろう。彼らは横のつながりがあるから、そこらにいる職人たちに聞けば気さくに答えてくれるさ」
剣のことを聞くなら防具屋に、防具のことを聞くなら武器屋に聞く。
間違えても防具屋に防具の事を聞いたり、武器屋に剣のことを聞いてはいけない。
物を売りつけられたり、職人のこだわりトークが終わらなくなるからな…。
「それでは修理に出してきますね」
職人たちに工房の場所を聞いて修繕依頼を出してきた二人は、少し興奮した様子で帰ってきた。
「防具店に出すより細かい調整を聞いてくれましたわ!」
「改造も受け付けているそうですよ」
「魔獣の素材を使うのが最近の流行らしいですわね」
「炉の温度をあげるのが大変なんだとか…」
彼女たちは冒険者の話だけでなく、職人の話も好きなようだ。
工房通りまで連れてきたよかったな。
「それじゃ次は俺の武器を見て回るから、退屈かもしれないが付き合ってくれるか」
俺はギルドの受付に教えてもらった武器工房の中で、ひとつ行きたい工房があった。
そこは剣でも斧でも槍でも種類問わず幅広い注文を請け負う工房だという。
いろんなオーダーを受けると聞いていたから職人の数も多いと思ったんだが、窯の大きさの割に職人の数が少ないような気がするな…?
「悪いな兄ちゃん、受付は向こうだ。
オーダーもやってるから寄っててくれや」
振り返りもせず、こちらの気配を察して職人が吠える。
「鍛冶仕事に没頭して客を逃すタイプですわね」
「集中してるときは邪魔されたくない気持ちはわかるよ。調子の悪いときは特にね…」
オーダーメイドの依頼をするために受付へと回る。
受付にいた職人には愛想のよさそうな明るい声で話しかけられた。
「あいよ、いらっしゃい!」
「ギルドの受付に聞いたんだが、素人のあいまいなオーダーを汲み取ってくれる職人がいるらしいんだが、その人に依頼を頼めるかな?」
「たぶんそのオーダーを受ける職人ってのはうちら親子で間違ってないよ。剣から槍から鈍器まで、ご要望とありゃフライパンだってなんだって承るよ」
「フライパンとまでは行かないが面倒な注文になりそうなんだ」
俺の希望はただひとつ。
血晶を刀身に付着させて爆発させても壊れない武器だ。
「それで、要望なんだが…刀身の上で爆弾を爆発させても衝撃で折れたり曲がったりしない丈夫な剣が欲しいんだ。そんなものできるだろうか…?」
「ははは、お客さん、面白いこと言うね。爆弾の衝撃で曲がらないってなると相応の厚みと幅が必要になるな。これはもう盾を振り回すようなもんだね。まぁ柄を付けたら斧、と言い張れなくはないが重くて結合部が脆くなりそうだね」
人間に持たせた絵を描いて、だいたいのサイズ感を示してくれる。
盾を振り回すと言う例えがよくかわった。
「剣って言える細さと長さを出そうとすると、割れたり曲がったりってのはどうしても出てくる。薄く軽くしようとするとそういう問題からは逃げられないのさ」
「大きさや重さが問題か…」
「斧を作るにしても剣を作るにしても金属と魔獣の素材を層にして組み合わせるしかないと思う。いい塩梅の素材を探るのが大変だから金銭的な問題にもなるだろうね」
素材から探るとなるとその分の経費も値段に乗っかるようだ。
さすがにきつい。
「ありがとう。すぐには無理だってわかっただけでも収穫だよ。いい素材が見つかったら試しに持ってくる。そのときまた相談に乗ってくれ。これは相談料として受け取ってくれ」
割り引いてもらうために持ってきていた炭を相談料として渡した。
これは《調合》で使いやすい大きさに固めた炭で、前にいた街でも職人たちに好評だったものだ。
「まだ話を聞いただけなのに…いいのかい? それじゃ、遠慮なくもらっておくよ。素材と注文、待ってるからな」
爆発に耐えられる剣を作ろうと思ったが、オーダーメイドでも難しいようだ。
結局、俺は安い量産品の鋼の剣を買って帰ることになった。
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