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21爆発する斬撃



 極限まで肥大化したホーンラビットのメスが現れた。

 危険度で言えば単体でも星二つを超えそうだ。


「さすがにあのでかさは経験がないと攻撃を受けるのも避けるのも難しいよな」


 俺なら倒せないこともない。

 だが、これは授業だから彼女たちの判断を見守るしかない。

 想定外の自体に陥ったら撤退のサインを出すのがセオリーだがどうするだろうか…。


「皆さん逃げてくださいまし! あれは…あの質量は防げる気がいたしませんわ!」


「なら、どうして構えているのよ。ブランシュも早く逃げる用意をして」


「私の装備の重さに合わせていたら行軍速度が遅すぎますわ。私が引きつける間に、皆さんは無事に撤退してくださいまし」


 ブランシュが一人で残って時間を稼ごうと提案する。

 なんと責任感の強いことか…。


「囮が必要なら軽装の私が魔獣の肉を持って山に入ったほうが引きつける時間を稼げると思います。あいつはもう血の匂いに気づいていますよ。やるなら早いほうが…」


「ホーンラビットのくせに血の匂いに寄ってくるっていうの?」


「それだけ魔素に飢えているということです。やり合うなら…死に戻りも覚悟しなければならない相手です。やるにしても逃げるにしても早く決断しなければ…」


 囮を使う案も出たが仲間一人を危険に晒して逃げる選択ができなくて、全員が臨戦態勢に入っている。

 このあたりは実戦を経験していない学生らしい反応だ。


「…ここで戦いましょう。上級ポーションはブランシュが使ってちょうだい。できる限り攻撃を受け流して時間を稼いで欲しいの」


「やってみますわ。私の盾が砕ける前に、削りきってくださいまし…」


 彼女たちは戦う覚悟を決めたようだ。

 フォーメションは先程と同じ。

 盾役が崩れなければ倒せる可能性は十分にある。

 ポーションが尽きるのが先か、魔素を削り切るのが先か、俺にも予想できないギリギリの戦いだ。

 だが、それは討伐対象が一体だけの場合だ。


「嘘でしょ…!? メスが…二体いるわ…。どうしたらいいの!? こんなの無理よ!」


 偵察していたエマが恐怖で取り乱す。

 自分たちも怖いだろうにカレンとモニカが抱きしめてなだめている。

 ブランシュもグウェンドリンも戦う姿勢を崩さない。

 ソフィアも逃げる判断ができないでいる。


「東廻りのパーティーはやられてしまったようだな…」


 今日の授業は死に戻りを体験させることも想定した厳しい内容なのかもしれない。

 合宿の内容に意見できない臨時講師の俺は見守るしかないのだが、俺は指導に徹することができなかった。

 考えるより先に体が動いてしまった。


「困っているみたいだな?」


「「アッシュ先生!」」


「先生は本当なら、君たちがこのままやられるのを後ろで見ていなくちゃいけないんだけど、その前にひとつ講義をしたいと思ってね」


「何を悠長なことを…」


「きっと意味があるんでしょう。ここは静かに聞きましょう」


 グウェンドリンが聞き役に徹してくれる。

 俺個人の評価はさておき、冒険者としての俺は認めてくれているようだ。


「俺はこの学校に着任する前に、王国で冒険者をやっていてね…。そこで仲間とひどい喧嘩をして身ぐるみを剥がされて飛竜の巣に捨てられたことがあるんだ」


 生徒たちはまぁひどいと嘆きを口にする。

 今思い出してもひどい話だ。

 本当に死ぬかと思ったしな。


「そこから逃げ出す時に俺は…近くを通りかかった冒険者パーティーに飛竜をなすりつけてしまったんだ。そのお陰で俺は無事に街に帰ることが出来たが、これは本来なら重大なギルドの規約違反だ」


 前置きはいいから本題に入ってくれという視線を感じる。


「君たちも、あの時の俺みたいな大ピンチに陥っている。死に戻る事を当然のように受け入れて戦おうとしている者もいるが、俺はあまりその考えが好きじゃない。死に戻りの保険料も結構な額だしな…」


 生徒たちは裕福な家の子だ。

 金ならあるだろうが、本題はそこじゃない。

 簡単に諦めて欲しくない。


「君たちは一度は勝てないと思って逃げようとした。しかし、勝てる可能性もありそうだから考え直して戦おうとした」


 ホーンラビットのメス一体を確認した時点での判断は悪くなかった。

 俺もこの子たちなら勝てるかもしれないと思ったからな。


「だが、状況がまた変わった。全滅する可能性のほうが高い。なのに方針を変えようとしないのはなぜだ? もう一度話し合うべきじゃないか? 冒険者なら最後まで生存の道を探すべきじゃないか?」


「じゃあどうしろって言うんですか」


「誰か一人を犠牲にして時間稼ぎをしろって言うんですか!」


「もう他に思いつかないのか? 使えるものは何でも使え。木を倒せ、岩を落とせ、魔獣同士で争わせろ! なんでもいいから有用なものを探し出せ! 俺は多少の規約違反には目を瞑るぞ。講師はその場にいないことになってるからな」


「まるで先生を戦闘に巻き込んで戦わせろと言ってるようですね」


「まさか…?」


「アッシュ先生は甘いんですのね。まったく…舐められたものですわ」


 生徒たちを助けようとした行動が、彼女たちの誇りに傷をつけてしまったようだ。


「確かに全力で戦って死に戻れば、やりきった満足感は得られるだろう。だがいつか死に戻ることもできないスタンピードのような災害に遭遇しても、君たちは同じように無謀な戦いを選択するのか?」


「10年前、チグシ領の端の方の村がスタンピードで崩壊した話は知っているか? あの時に冒険者たちはどうしていたと思う? 領主が真っ先に逃げ出して援軍の見込めない状況でありながら、残された領民のためにその場に残って戦う覚悟を決めたんだ」


 結果、街は崩壊。

 命からがら逃げ出した商人から情報を得た帝国軍が大部隊を送って鎮圧、占領。

 生き残ったのは教会の地下墓地に押し込められた女子供だけだった。


「自分だったらどうするか、よく考えることがある。未だに答えは出ていないが…もし助かる見込みが敵国にしないとわかったら、恥も外聞もなく助けを求めに行くべきだったと思うんだよ」


 生徒たちは沈黙している。

 レイアに指摘されていた説教癖が出てしまった。


「お前たちだけで戦う覚悟ができてしまってるならしょうがない。俺は森に隠れてじっとしてるよ…」


 諦めて見守り役に戻ろうとした時だった。

 ホーンラビットの甲高い鳴き声が響く。


「まずいですわ。音にも気づかれましたわね。あんな距離から気づくなんて…」


 俺はその場から退散するのを躊躇ってしまった。

 講師としては生徒たちを見捨てて、すぐに隠れなければならない。

 だが、冒険者としての俺は同業者を見捨てて逃げるのがどうにも受け入れがたいようなことに思えた。

 見知らぬ誰かに飛竜を押し付けるときとは違うモヤモヤとした感情がある。


「このままやられるのを見守らなきゃいけないのは、きつすぎるだろ…。助けられるのに助けないなんて…」


 生徒たちの前でかっこつけて戦いたいだけじゃないかという疑念も湧き上がる。

 葛藤しているうちにホーンラビットがどんどん近づいてくる。


「だめだ…。俺もまだまだ未熟だな…。俺にも、かっこつけさせてくれ!」


 俺は腹を決めて飛び出していった。


「危ない!」


 グウェンドリンが叫ぶ声が聞こえる。


「こっちは任せろ! そっちも倒しきれよ!!」


 先に気づいたホーンラビットを生徒たちに任せて、後ろからやってくる二体目に飛びかかる。

 ホーンラビットは何度か戦ったことのある相手だ。

 飛び跳ねるのも引っ掻くのも膝や肩やつま先をよく見ていれば避けられる。

 気をつけるのは大きく避けすぎると自分の攻撃を当てられないことくらいだ。


「そこだっ!」


 素早いホーンラビットを倒すコツは足を狙って機動力を削ぐことだ。

 横から飛びかかってきたホーンラビットの攻撃をしゃがみ込んで回避しつつ、すれ違いながら足元を切りつける。

 深く斬りつけられればバランスを失って倒れる。


「頭が下がればこっちのもんだ」


 そのまま下半身を攻撃してもいいが、できることなら頭部を狙いたい。

 一度の攻撃で耳や目を破壊できれば好都合。

 破壊しきれなくても頭へのダメージが蓄積すればホーンラビットの動きが鈍る。


「俺のターンはまだ終わらないぞ?」


 動き出しそうになったら、今度は爆弾攻撃だ。

 耳元で爆音を鳴らしてやるとホーンラビットは全身の筋肉を硬直させて棒立ちになってしまう。


「攻撃力が少し足りないか…ッ」


 戦う時間が長引けばミスする可能性が増えていく。

 一気に片付けたかった俺は奥の手を使うことにした。

 それは、俺が《血晶》と呼んでいる魔獣の血を使った人工魔石の《調合》だ。


「血晶で強化した斬撃は…爆発を伴う!!」


 斬りつけるたびに爆発が起こりホーンラビットの角や爪にひび割れが生じる。

 魔素を多く含んだ新鮮な血液でしか《調合》できない欠点はあるものの威力は抜群だ。

 だが、この攻撃はもう一つ致命的な欠点がある。

 それは武器がすぐにボロボロになることだ。

 このせいで俺は金を掛けなければ火力を出せない金食い虫なんて罵られたこともある。


「何っ!? 今の爆発音は!?」


「こっちに気を取られてる場合か! 集中を切らすな!」


 叱咤を飛ばすが心配は無用だったようだ。


 生徒たちは大きく崩れることなく戦い続けていた。

 さきほどまでとは雰囲気が変わっている。

 この戦いの中で何かを掴んだ様子だ。


「遅い、遅い! 全然遅いですわ!」


 ブランシュはホーンラビットの攻撃を読み切っていて、うまく盾で受け流している。

 態勢を崩したところにエマ、モニカ、カレンが突撃して下半身を斬りつけていく。


「これで決めます! 爆ぜよ(エクスプロージョン)!」


 炎の一撃が正確に角を捉える。

 ボキリと鈍い音がして角が落ちる。

 ホーンラビットの意識は完全に飛び、仰向けに倒れていった。


「こいつでとどめだ! 砕け散れ! 血晶爆破ブラッドエクスプロージョン!!」


 生徒たちが止めを刺すのとほぼ同時。

 俺もホーンラビットに最後の一撃を叩き込むところだった。


――バキンッ!


 爆発する斬撃でホーンラビットの角が弾け飛ぶ。

 安物の剣も一緒に砕け散ったが、もう驚異になる敵は周囲にいない。

 生徒たちの安堵の声が聞こえてきた。


「もう無理、限界。ちょっとだけ休憩。ソロ討伐なんて、するもんじゃないな」


 まだ心臓がバクバク言っている。

 心拍数が落ち着いて冷静になってくると、自分のやらかしたことがわかってくる。

 獲物の横取りなんて軽いほうだ。

 授業を思いっきり邪魔してしまったのが非常にまずい。


「二日で解雇されるなんて、ないよな…?」


 講師として自制できなかった自分がとても恥ずかしくなってきた。



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