15講師はじめました
合宿当日となった。
結局、徹夜してしまったので頭をスッキリさせるためにランニングしつつ、酸味の強い果実を採取してポーションを混ぜ合わせて、眠気覚ましを作って飲んておいた。
「初日から居眠りはまずいもんな」
校舎に戻ってくると、廊下の奥でグウェンドリンたち女子数名が集まっているのが見えた。
何やら真剣に話し合っている。
「昨日の今日だし、あまり関わり合いにならないように執務室に帰ろう…」
そのまま通り過ぎようとすると、先頭にいたグウェンドリンに呼び止められる。
「おはようございます、先生。少しお時間よろしいですか?」
昨夜は色々あったから、まだ彼女の中で俺を変質者として警戒しているのだろう。
声音に緊張が含まれている気がするし、言葉遣いからも距離を感じる。
「おはよう、ローラント嬢。何か問題でもあったのかい?」
俺は努めてフレンドリーに接しようと、笑顔を浮かべながら話しかける。
彼女は少しためらう素振りを見せた後、ゆっくりと話し始めた。
「…私のパーティーメンバーを紹介しようと思いまして」
そう言う彼女の背後から二人の女子が顔を出した。
片方は大きな盾を持った重装備の戦士系と思われる金髪の少女。
もう片方は小盾に長剣という標準的な軽戦士系をした肩までで髪を切りそろえた少女。
「盾役に遠距離火力に遊撃で、バランスも良さそうなパーティーじゃないか」
「本当にそう思いますか?」
三人だけだと盾役の負担が高そうだから、あと一人か二人足したらもっと楽になる、と率直に彼女たちを評価すると、三人は納得したかのように頷きあう。
「もうひとり足すならどんな役割がいいと思いますか?」
どうやら三人では心許ないと自覚していたらしい。
そこまで理解してるなら追加メンバーに必要な能力もわかっているだろう。
だとすると、この質問は俺を試すための質問なのかもしれない。
「目的に応じてメンバーを入れ替える、もしくはメンバーによって目的を変更する。そう考えてみるのも良いかもしれないね」
考え方を提案してみたが、納得していないのかあまりいい反応が得られない。
そんなことはわかっているとでも言いたげだ。
「例えば、何度も戦ったことのあるお決まりの相手を討伐しに行くなら、火力を増やして時間短縮を狙えばいいし、初めて行く場所を探索するならば盾役や支援職がいると安定感が増すだろう。ただ、支援職は野良で簡単に探せるものではないから、盾役を入れるのが現実的な選択じゃないかな」
これもあまり反応がよくない。
すこしベラベラと喋りすぎたかな…。
「もし…未開の地を探索するならば、支援職が最高の選択肢ということですよね?」
「そりゃあもちろん。ヒーラーなら間違いなく最高と言えると思うよ。もしもの事故も防げるし継続戦闘能力も高い。魔力紋を活性化させるバッファーは火力とも盾役とも相性がいいし、魔獣を惑わせるデバッファーでも盾役の負担が大きく減るだろう」
「…だそうよ、クロエ。あなたの魔力紋を決める基準になったかしら?」
「はい、グウェンドリン様。それから先生も。大変参考になりました」
気配を隠して脇に控えていた侍女が一歩前に出て頭を下げる。
彼女が追加のパーティーメンバーってことか。
「もしかして今年、成人になるのか? 魔力紋の鑑定がまだなら一番適正の高いものを選んだほうがいいと思うが…」
俺の言葉を聞いたグウェンドリンは首を横に振る。
「目的に応じて能力を持った人材を募集する。今ある能力によって目的地を変える。どちらもできない場合もあるでしょう?」
「まぁ、そうだな。野良の人間を連れてきて学校に入れるわけにはいかないしな…」
彼女たちは貴族だ。
自分の才能を自由に伸ばして欲しいと思うが、利権や派閥などで選択肢が限られることもあるんだろう。
ここに来ている子たちは考え方が大人びていると痛感させられた。
自分の魔力紋に固執してクランをギスギスさせた自分との差を感じる。
「あぁ、そうだ。急造品で悪いんだが、これを受け取ってもらえるか。その…これからよろしくというか、良好な関係を築いていきたいというか…そういう挨拶みたいなものだ」
アイテムボックスから今朝作ったばかりの上級ポーションを取り出す。
上級ポーションの効果は昨日の晩に実証済みだ。
喉を焼かれても即時回復するぐらい強力な回復薬だ。
謝罪の品として悪くない選択だと思っている。
「熟練薬師の作った上級ポーションには劣るかもしれないが、結構な回復量があると思う。それなりに日持ちもするから使わなかったら売ってしまってもいいし…」
「まさか上級ポーションですの?!」
飛びついてきたのは金髪の少女――たしかブランシュ・ド・マフタンと言ったか――のほうだった。
「君らパーティーなんだろ? ひとつずつ持っていくといい」
差し出したポーションを見て三人は受け取るか相談していたが、ブランシュだけはポーションをすぐに受け取った。
「どうして受け取らないんですの? これのすごさがわかりませんの? ポーションと上級ポーションの違いはなんと言ってもその浸透力! 魔力紋に即座に染み渡り一瞬の内に回復を促す即時回復力が魅力なんですのよ?」
「まぁ盾役なら一本は持っておきたいよな。とりあえず、みんなも持ってって。それじゃ実践のほうも頑張ってな」
俺は受け取りを拒否されるのだけは避けたかったので、許すという言質を取れないままだったがお詫びの品を押し付けるようにして渡して執務室へ戻ってきてしまった。
また改めて二人きりになれるときを見計らって謝罪しなきゃいけないな…。
そして、初めての授業が始まった。
「はじめまして、生徒諸君。俺はアイテムポーチ論の講師、アッシュ・グレイソンだ。理事のレイア・モローに雇われて君たちにアイテム管理の講義をすることになった」
生徒たちの名前はだいたい頭に入っている。
みんないいとこのお嬢さんばかりだ。
冒険者になる必要なんてなさそうなのに…。
「講師の経験はないが、冒険者としての経験はそれなりにある。また個別の質問に答える時間も十分にあるのでわからないことがあったら、好きなだけ聞いてくれ」
あの赤い髪の公爵令嬢――グウェンドリンと目が合う。
表情は笑顔だが目の奥が冷たい。
あれはレイアと同じ相手を値踏みしている目だ。
貴族はみんなあんな風に笑うんだろうか。
「では、講義を始めよう」
力を示さないとまずい。
背中に冷たい物を感じた。
これはあまり雑談もしていられない。
なので前置きは省いて直接本題に入ろう。
「今日の探索は丘陵地帯から森林浅部まで。準備はしてきたと思うが、念の為に隣のパーティーとポーチを交換して、お互いの荷物をチェックしてみてくれ。何か足りないと思うものはあったか?」
生徒たちはお互いに視線を交わしている。
特に不足はないといった様子だ。
前列に座っていた生徒にポーチの中身を復唱させる。
「ポーションと携帯食糧。武器防具のメンテナンスキットに予備の矢筒。魔力紋を活性化させる魔石各種、あと解体のためのナイフセットで全部ですね」
「ありがとう。ソフィア君が述べてくれたように教本の通りにアイテムを用意したのならポーチには半分ほどの空きがあることと思う。もったいないと思わないか?」
教本通りにできていれば学校としては合格、となるのかもしれないが俺からしたら全然足りないように見える。
「教本は駆け出しの冒険者のために書かれたガイドラインでしかない。可もなく不可もない、必要最小限のアイテムを載せているだけだ。昔はこれでアイテムポーチがパンパンになっていたが、今は違うだろう? 半分も空けておくのはなぜなんだ?」
そんなこと考えたこともなかったという顔だ。
教本の通りに行動するのは兵士としては優秀だ。
だが、彼らは指揮官になることも見込まれている。
なぜそうするのかもしっかり考えられるようにならないとな…。
「先生、残りの半分は素材を持ち帰るために開けてあるんじゃないんですか」
「持ち帰る分はギルドから貸し出される大型のリュックがあるだろう?」
「ですが大型リュックは魔石の消費が激しくて高くつくじゃないですか…」
素材を持ち帰る大型リュックは大きな魔獣もまるごと入るが燃費が悪い。
ゴミを持ち帰ろうものなら収支がマイナスになりかねない。
「だからリュックは使わないようにしたい…か? それはポーチを空けておく理由にならないだろう。毒消しや煙幕を持っておけば探索の安心感が増さないか? 罠や爆弾も持っておくと狩りの安定感を高められると思わないか?」
「それはそうですけど、それもやっぱり出費が増えるじゃないですか」
「支出に見合うだけの収益が得られるならどうだろう? どこで何が採れるか、だいたいの位置は先人が地図に記してくれているのだから、何をどれだけ持ち帰れば収支がプラスになるか考えられるだろう?」
「たしかに言われてみれば、そうだね…」
「何をいくつ持ち込み、何をいくつ持ち帰るか。入念に計画することが大事だぞ!」
植物と鉱物の分布図、魔獣の生息範囲、それから素材の買い取りリストを複写したものを配って、何を狙うかを生徒たちそれぞれに考える時間を与えた。
「罠や爆弾があれば、特定の部位を攻撃しやすくなったり、逆に特定の部位を傷つけずに討伐ができて、持ち帰る素材の価格を高くすることができるだろう。単価の高い山菜を狙うのもいいぞ。数を集めるのが大変だが鉱石も高く売れるだろう」
みんな真剣に話し合ってくれている。
まだ実戦経験の浅い彼らでは効率のいい稼ぎ方を思いつくのは難しい。
ただ一方的に教えるだけでなく、一緒に考えていけるような指導をしたい。
生徒の顔つきが少しずつ変わりつつある。
「さらに罠や爆弾やポーションの元になる素材と調合の魔導具を持ち込んで現地で作れるようにしておけば、継続戦闘能力がさらに高まるだろう。この辺の魔導具は値段もそれなりにするから、今はまだ選択肢にいれなくてもいいが…」
さすがに駆け出しのうちから魔導具の購入を勧めるわけにはいかない。
しかし、前列に座っていた生徒――ソフィア・メルシエが突っ込んだ質問をしてきた。
「その魔導具を導入したときに、より多く収入が見込める採算のラインはどれくらいなのでしょうか?」
「費用に対する効果が一番大きいのはやはり罠だろう。罠の組み立ては面倒だが、バラして持ち歩けばポーチの中の空間を節約できる。そしてポーションも水を現地で調達すればかなりの容量を節約できる。この二つを揃えれば大型ともやりあえるし小型をより多く狩ることもできるだろう」
「罠の組み立てはなんだか面倒そうですわね」
「現地で水を調達するって言ってもレシピや分量を覚えてないといけないですよね?」
「私はやってみたいですね。面白そうですから」
「簡単そうなやつはやったほうがお得そうだよね?」
「そんなに差がでるものかな?」
何人かが調合の魔道具にも興味を持ってくれているようだ。
グウェンドリンとソフィアは特に強い関心があるようで、早速ポーチの中身を入れ替えている。
俺の講師としてのテストでもあるから、ある程度は成果を出して欲しいな…。
「せっかくだし調合ありのチームとなしのチームでどれくらいの差が出るか競ってみるのはどうだ? 俺は調合ありチームを応援したいが、候補者がいないなら俺も探索に加わって君たちと競おうと思うんだが…」
「先生と私たちの勝負ですの? 面白そうですわね」
「私は調合ありのチームでやってみたいな」
「先生に勝ったらアイテム論の単位をもらえるんですかー?」
俺が参加することが決まると俄然、張り切る者が現れた。
やる気になってくれたようで何よりだ。
「さすがに単位はやれないが豪華な賞品も用意しようじゃないか。最優秀チームには、これを一本。俺の収益を超えたチームには、さらにもう一本だ」
上級ポーションを一本取り出してテーブルに置く。
その一本だけでも生徒たちの目つきが変わるのがわかった。
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