14閑話:ガールズトーク
閑話 ガールズトーク (合宿授業前日の生徒たちの様子)
紅髪の乙女――グウェンドリンは落ち込んでいた。
裸を見られてしまったこともショックだったが、魔術をすべて防がれたことが何よりも辛かった。
政略結婚から逃れるために冒険者になったのに、磨いた技が一切通じなかった。
自分の身一つ守れないなんて…。
グウェンドリンの変化に真っ先に気付いたのは幼少の頃より付き合いのあった金髪の令嬢――ブランシュだった。
ブランシュはナイトキャップに髪をしまいながら、からかうようにグウェンドリンに絡んでくる。
「明日の実践訓練が楽しみね。採取訓練からはじめるみたいだけれど、どんなものが取れるのかしらね。できるなら私は大物とも戦ってみたいですわ。でも、泥にまみれるのはいやよね」
グウェンドリンはすべての問いかけに「ええそうね」と生返事をする。
ブランシュは深刻そうな顔をする親友の様子がどうしても気になった。
「泥といえばあの大浴場は最高ですわよね。汚れてもたっぷりのお湯で洗い流せるんですもの。その日あった嫌なことも全部忘れられちゃう。そんな最高のお風呂に行ったのに沈んだ顔で帰ってきた友人がいるんですけど、あなたは何があったか知らないかしら? いつも強気で自分が一番だって信じて疑わない子なの。ねぇ、グウェン、あなたのことよ? 聞いてるの、グウェンドリン・ド・ローラント公爵令嬢さま」
「えっ?」
名前を呼ばれてグウェンドリンはようやく顔を上げた。
「もう、グウェンったら…。こんなに心配してるのに、どうしてあなたは何も話してくれないんですの? 私ってそんなに頼りないかしら? もっと甘えてくれていいのに…。あなたは甘えるのが下手すぎますわ」
「…ごめんなさい」
素直な謝罪の言葉を聞いてブランシュは目を丸くした。
いつもならばすぐに言い返すはずなのに、今日のグウェンドリンは本当に弱っているらしい。
ブランシュは小さくため息をつくとベッドの上に座りなおす。
そしてそのまま親友を抱き寄せた。
「本当に変ですわよ。何があったら私の親友はこんなにしょぼくれてしまうのかしら? ねぇ、全部話してスッキリしたらどう?」
「ブランシュ…あなた面白がってるだけでしょ」
「面白がってるだけじゃありませんわ。心配もしてますわよ。でも、天下のグウェンドリンお嬢様が、お風呂に入って戻ってきたら、こんなに縮こまってしまってるのよ? 気にならないほうがおかしいでしょう? ねぇ、クロエも気になりますわよね?」
「わたくしに振らないでくださいませ、ブランシュ様」
グウェンドリンの傍らに控えて髪を梳かしていた侍女のクロエはノーコメントを貫く。
「ねぇ、教えてくださいましグウェン…」
じっと見つめて目で訴えかける。
グウェンドリンはブランシュのこのおねだりに弱かった。
「くだらない話よ。新任の講師が先に入っていたってだけ」
「それだけで落ち込んだりしないでしょう?」
「へらへらと締まりのない顔で平然と挨拶してきたのよ。バカにしてるわ。前も隠さずむしろ誇らしげに晒して」
「見せつけるって大人げないですわね…。まさか、あなたより大きくて綺麗だったんですの?」
「何を言っているの!? 私にはついてないわよ。あんな汚らわしいモノ」
「えっ?」
「何よ?」
「ん? ん…?」
ブランシュは話が食い違っていることにようやく気がついた。
グウェンドリンと新任講師が胸の大きさで張り合ったのだと思い込んでいたが、重要なところを見逃していた。
「ついてないって、まさか…。ねぇ、もしかして新任の講師って…男ですの?」
「そう言ってるでしょ」
「言ってないですわ!?」
「もうどうでもいいでしょ。あんなの忘れたいのよ」
「どうでもよくないわ!? なんでそんな面白いこと黙ってらしたの!」
「ちょっとブランシュ。あなたやっぱり面白がってるじゃない!」
枕を振り回してブランシュを追い払おうとするが、逆に押し倒され、あっさりと抑え込まれてしまった。
魔術の扱いはグウェンドリンのほうが上だが、体捌きは《重騎士》のブランシュのほうがずっと上回っていた。
「いいからお聞かせなさい。その男と何があったんですの? 裸を見られたくらい、なんともないでしょう?」
「何もないわよ。何もできなかったの…。顔を吹き飛ばすつもりだったのに、裸のまま私の炎を全部受けきられたのよ。自信失くすわよ」
「嘘でしょう…?」
ブランシュは驚きを隠せなかった。
グウェンドリンが嘘を付くとは思えない。
すでにB級冒険者と同レベルの実力者のグウェンドリンとやりあって、無傷で乗り切るなんてその新任講師はとんでもない実力者ということになる。
本当だとするとグウェンにとっては喜ばしいことのはずなのだが…。
「むしろ良かったじゃないの。前から言ってたでしょう。自分より強い人と戦って実勢形式で学びたいって…」
「そんなの無理よ。だってあの人――」
自分より強い人に出会った驚きと男の裸を見てしまった羞恥とその場面が頭から消えない苦悩で言葉が詰まる。
「もう! 思い出したくもないのに!」
「んふふ、そんな必死にならないと忘れられないほどのいい体でしたのね」
「違っ…そんなんじゃ。揺れるから目が行ってしまっただけよ」
「あらあらあら…。私は体のどこが忘れられないか、なんて聞いてないですわ。よっぽどすごかったんですのね。ねぇ、そこのところ詳しく話してもらえるかしら?」
「お茶をご用意しますか? グウェンドリン様」
「クロエまで乗らないでよ…。体の話はもうしないわ。でも、お茶は淹れてちょうだい。落ち着いて眠れるように何か温かくて香りが優しいものをお願いね」
クロエは恭しく礼をして部屋を出ていく。
「ねぇ、グウェン。どんな人でしたの?」
「普通の人間よ」
「では、どうやってあなたの炎を受け切ったのかしら?」
「わからないわよ」
「私にも聞かせてくれませんか? 新任講師がどんな人か気になってたんです」
混ざってきたのは商家の娘ソフィア。
金で貴族の地位を買ったなどと揶揄されることもあるが、貴族相手にも物怖じせず自分を貫ける強い意思を持った少女だ。
短く切りそろえた髪が知的な印象を与えている。
「もう、みんなして…。そんなに興味の湧く話ではないわよ」
グウェンドリンはお風呂に入ろうとしたら先客がいて驚いて魔術を放ったが、すべて受け止められてしまったこと。
それも一発だけでなく何度も防がれてしまったことをかいつまんで話した。
「それにしてもすごいですね。グウェンドリンさんの魔術を防ぐとは…」
「あれはスキルを使った防御じゃなかったわ。ただ受け止めただけ。耐久力が高いのか、回復力が高いのかはわからないけれど、とにかく顔面に直撃したはずなのに平然としていたのよ」
「にわかには信じられない話ですね。聖騎士のように耐久と回復力を併せ持つタイプの魔力紋なのでしょうか…」
「わからないわ。少なくとも国内の騎士ではないわ。あんな人見たこと無いもの。それに何もないところからタオルを取り出したり、ローブを纏ったりしてたから、魔術系の魔力紋だとは思うのだけど…」
「それってまさか…。いえ、それだけでは無理ね…。でも…アイテムと組み合わせれば…不可能ではない…?」
グウェンドリンの話を聞いてソフィアが思考を巡らせる。
ソフィアの持つ《商人》の魔力紋が直感的に何かを感じ取っていた。
「あなたの推理はなんと言ってるんですの、ソフィア?」
「高度な召喚魔術を操っているか、もしくは商人の夢。空間収納持ちなら可能性あるかもって…」
「あぁ! それよ! ユニークスキルがあると言っていたわ」
「アイテムボックス持ちで決まりね」
「アイテム論の講師に選ばれたのも、それが理由なのかしらね」
「確かにそうかも知れないわね…。でも、召喚魔術を使えるのなら宮廷魔導師になっているでしょうし、アイテムボックスを持っているのであれば、自分で商売をしているはずでしょう? どうして冒険者学校の講師になったのかしら? 不審な点が多いわ」
「不審だと思うのは裸を見ちゃったからじゃないんですの~?」
「だからもう思い出させないでよ!」
再び枕を振り回し始めるグウェンドリンをブランシュが抑え込む。
「それでその人は若かったんですの? 身長は? 体型は? 声や顔はどうでしたの?」
新任講師のプロフィールをさぐろうとするブランシュに揉みくちゃにされて、グウェンドリンは洗いざらい覚えている限りアッシュの特徴を話す羽目になった。
その後、お茶が運ばれてきてガールズトークの話題は飛び飛びになり、お互いの好みのタイプの話や、許せない味付けの話に変わったりして、まだしばらく続くのだった。
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