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13着任前夜の緊張感



 グラージオに事の顛末を報告して、しばらく中央市を拠点にすることを話すと、食料品店で働く人たちの集合住宅に住むことを提案された。

 何から何まで甘えっぱなしな気がするが、この提案にも甘えさせてもらうことにした。

 農園で働くと約束して連れてきてもらったのに、一度も農園を手伝えていない、と嘆くとグラージオは薬草ができるまで仕事はあってないようなものだと笑い飛ばしてくれた。

 それが本当にありがたくて申し訳なくて…。


「お詫びのハチミツ酒の量を増やさないとな…。あとは薬草酒も作ってみようかな」


 冒険者養成学校へ向かう途中に薬草などを採取しながらそんなことを考えていた。

 明日から合宿授業が始まるので、前日のうちに現場入りしておこうと思って早めに出たのだが、採取に夢中になって到着が夜中になってしまった。


「誰もいないと思ったけど明かりはついたままなんだな…」


 地図を頼りにたどり着いた冒険者養成学校はなかなか立派な建物だった。

 建物は三階建てで、一階には受付と依頼書が貼られた広間があって冒険者ギルドと同じ造りになっているらしい。

 二階は授業が行われる教室があり、三階が教官たちの執務室兼会議室になっているそうだ。


「一階に入浴施設もあるって聞いたんだけど、どっちかな…? お風呂が付いてるなんて、すごいお金掛かってるよなぁ」


 長旅の疲れを癒すためにまずは風呂だ。

 生徒名簿の暗記をしてたせいで頭も疲れてるから、しっかり温まってリラックスしてから眠りたいところだ。

 さすがに校内に寝る場所はない。

 俺は執務室で寝袋を使おうと思っているが、生徒たちはキャンプに慣れるために中庭でテントを張って寝泊まりするそうだ。


「おぉ、お風呂は大浴場になってるのか。生徒もまとめて入れるようにしてんだな」


 しかも、お湯が張られたままだ。

 花を練り込んだ高級石鹸の香りもする。

 大きな風呂を独り占めして最高の気分で今日を終えられそうだ。


「あぁ~、疲れがほぐれていく」


 こんな贅沢ができるなら毎日通いたいくらいだ。

 温水でポーションを仕込むと魔力の消費も抑えられるし、錬金術師にとっても最高の環境だ。


「薪や魔石でお湯を沸かすのも結構お金掛かるからな」


 こういう施設があるだけでやる気が違ってくる。

 調合しながらゆったり入浴を楽しんでいると脱衣所のほうから物音がする。


「まさか泥棒? いや、学校に盗むようなものなんてないよな…?」


 夜の学校には誰もいないはずだ。

 合宿の前日から現場入りして風呂に入っている俺がイレギュラーなんだから、俺の荷物を狙って盗みに入ったわけではないだろう。

 そもそも持ち物はすべてアイテムボックスに入れてしまっているので、俺の荷物は盗みようがないんだが…。


「だったら何をしに来たんだろう?」


 湯船から上がり脱衣所に近づく。

 俺を雇った理事のレイアは、権力争いや陰謀なんてないと言っていたが、本当は危険があって俺を狙って誰かが刺客を放ったとか…?

 武器を取り出そうとしたその時、真っ赤な髪の裸の女が入ってきた。


「えっ!? きゃあああっ!」


「うわあああ!! 待った! ちょっと待った、落ち着けって!!」


 叫び声と同時に展開される炎の防壁。

 実に素早くて鮮やかな展開だ。

 …などと関心してる場合じゃない。

 大浴場は広いとはいえ屋内だ。

 そんなとこで炎の魔術を使ったらどんな被害が出ることかわかったもんじゃない。


「火はマズい! 落ち着けよ! 頼むから落ち着いてくれ!! 俺は怪しいもんじゃない! 俺は明日からここの講師をするアババッッ!!」


 ギルドの登録証やレイアと交わした臨時講師の契約書をアイテムボックスから取り出したが間に合わなかった。

 正確なコントロールで放たれた小さな火球が俺の顔面にクリティカルヒットした。


「ゲホッ!」


 ヤバい。

 延焼範囲を狭めて呼吸の阻害だけを狙うなんて対人慣れしすぎてるだろ。

 上級ポーションをアイテムボックスから直で飲めなかったら喉を焼かれて詰んでいたかもしれない。


「観念しなさい! この変質者!!」


 ギロリと睨みつけられた。

 羞恥、嫌悪、憤怒、拒絶。

 様々な負の感情が読み取れた。


「待った、俺は臨時講師のアッシュだ。落ち着いて、その書類を見てくれないか」


「嘘ッ!? どうして喋れるの。確実に口を塞いだはず…」


 俺は両手をあげて降伏アピールをするが、彼女は警戒を解いてはくれない。

 この子は確かこの学校に出資している公爵家のご令嬢だ。

 燃えるような赤い髪と炎の魔術を得意としていることが、暗記した生徒名簿に書かれていた特徴と一致する。

 なんで生徒が合宿前日からいるのかわからないが、ここで選択肢を間違うと物理的に首が飛びそうだ。


「落ち着いてくれ、グウェンドリン・ド・ローラント嬢。まずはお互い服を着てから話さないか?」


 彼女の手のひらに魔力が集中していってるのが感じられた。


「その目を閉じてから言いなさい!!」


 彼女の放った火球は今度は正確に目を狙ってくる。


「うぉお熱ちちち。殺意高すぎだって!」


 ガードが間に合ったが、手のひらが焼けてジンジンと痛む。


「…どうして、私の名を知っているの?」


 俺が名前を呼んだことに気づいて不審がっているが、少しだけ冷静になったように見える。


「生徒の顔と名前を覚えるのも仕事のうちだ。それから室内で炎を使うのはやめてくれ」


「誰のせいだと思ってるの! 一体あなた、誰なのよ!!」


「落ち着いて聞いてくれって! 俺は臨時講師のアッシュだ。理事のレイア・モローに雇われた無害な冒険者だ。わかったら、とにかく服を着てくれ。さすがにノーガードは目のやり場に困るんだって!」


 手で隠してはいるが揺れる部分にどうしても視線が吸い込まれる。


「だから…見るなッ!!」


 正確無比な火球が顔面めがけて連続して飛んでくる。

 さすがにもう手で受けるのはきつい。

 アイテムボックスから小盾を取り出してすべて受け切る。

 それから俺はタオルを取り出して彼女に向かって投げつけた。


「せめてそれぐらい巻いてくれ…」


 最初からこうすればよかった。

 どうしてもっと早く思いつかなかったのか。


「どこから物を出してるの…?」


 アイテムボックスから物を取り出す異様な光景に冷静さを取り戻してくれたようだ。


「ユニークスキル持ちなんでね」


 俺はローブを羽織り、彼女に向き直った。


「…そういえば、特殊なスキルを持った冒険者がアイテム論の講師として来ると言っていたわ…。まさか、男だとは思わなかった」


「まさかはこっちのセリフだよ。駆け出し冒険者の学校だって聞いてたのに、こんなに殺意の高い魔術を操れる子がいるだなんてね…。それよりすまなかった。男子使用中の立て札くらい出しておくべきだった。脱衣所に何も荷物がなかったら誰もいないと思って当然だよな」


「…………いえ、私こそ悪かったわ。少し頭に血が上りすぎたみたい」


 相変わらずこちらを睨みつけているが、少しはクールダウンしてくれたらしい。


「改めて自己紹介するよ。俺はアッシュ・グレイソン。明日の合宿授業から君たちを教えることになったアイテム論の臨時講師だ。よろしく頼むよ、グウェンドリン・ド・ローラント嬢」


 俺は右手を差し出す…が、握手は返してもらえず空中をさまよう。


「まぁ…気まずいよな。俺はもう上がるから…。今夜ここでは何もなかった。風呂に行こうと思ったら廊下ですれ違った…くらいに思ってくれると助かる。それじゃ、ゆっくり風呂を楽しんでくれ」


「……教室には、私のパーティーメンバーもいるので、おかしな真似はしないでくださいね?」


 グウェンドリンは立ち去ろうとする俺に警告する。

 生徒の中にも前日から泊まり込んでるものがいたのか…。

 風呂に入る前に建物を見回って確認しておくんだったな。


「今日はもう執務室から出ないから安心してくれ。首になるようなことはしないよ。この仕事は給料もいいからね」


 逃げ去るようにして風呂を出る。

 着替えて脱衣所を出ると言いようのない寒気に襲われた。

 背中がゾワゾワして振り返ると、そこには黒い闇が立っていた。


「ヒィッ!?」


「……それで、話し合いは無事に終わったかしら?」


 俺を講師の仕事にスカウトしてくれた後輩冒険者――レイア・モローが犯罪者を見るような目でこちらを睨んでいる。

 これは反論したらアウトなやつだ。

 なんでここにいるんだとか、見てたなら仲裁しろとか言ってはいけない圧を感じる。


「今どき裸を見たくらいで責任を取れなんていう貴族もいないけれど、それでもうら若き乙女に恥をかかせたのだから、それなりの謝罪は用意しておきなさいよ? 醜聞を嫌って事を荒立てる気はないと思うけれど、それでもあの子はローラント領主の家の子だから、許す・忘れるって言質は取っておきなさいね」


 貴族仕草っていうより大人の常識ってやつだな。

 冒険者してるとそういうところが大雑把になっていけない。


「そうですね…」


 領主の娘を辱めたと噂になれば、首になるだけじゃ済まない。

 ローラント領に二度と足を踏み入れられなくなる。


「とりあえず後ろから刺されないように謝罪の品を用意しておきますよ。明日からの講義もちゃんとやるのでご心配なく。では、おやすみなさいませ、理事どの」


 俺は一刻も早くこの場を退散することに決め、足早に自分に割り振られた執務室へと向かった。


「何が無害な冒険者よ。初日から騒動起こしてくれちゃって…」


 レイアの呟きを置き去りにして。


「あー、寿命が縮んだ。俺以外にも前日入りする人がいるなら教えといてくれよ…」


 俺は部屋に戻ると、すぐさま寝袋に潜り込んだ。

 風呂上がりにひんやりした寝袋の中は天国のように感じられる。

 眠気が来るまで昼間集めた薬草でポーションの調合をしようと思ったが、煩悩を振り切れなくて上手く寝付けなかった。


「ヤバい。もう朝だ…」


 こうして波乱に満ちた講師生活が始まったのであった。



お読みいただきありがとうございます。

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