4.二人
私達は公爵家の玄関を出てセナ王子の用意した王室の御車に乗りパーティー会場まで向かった。
シンフォニア領から王都中心部にある目的地の会場まで車で三十分程かかる。
(…この世界、馬車じゃなくて車ちゃんとあるんだよね)
車に乗ってから十分程経っただろうか…セナ王子と私は一言も話す事なく沈黙の中、車の走行音のみが耳に届く。
横をチラリと盗み見れば、セナ王子は窓から外の景色をみたり何か考え事をしているように窓枠に肘をついて目線を下へ向けていた。
私はというと、ずっと外の景色をみていた。
外の風景は中世的な建造物や現代の西洋風景でみた事があるような街並みが広がっている。そこに近未来的な建物がちらほら入り混ざりなんとも不思議な世界を織り成している。
(文明発達は現代に近しい感じね。)
それにしても、電気はあるのに、テレビや漫画に映画などの娯楽がこの世界には存在していない事をユリアナの記憶から知った時はこの世界にきてはじめて泣きそうになった。
だって。小説も無いってどーゆうこと?!!!
私の生きる糧、『人生の根源』ともいえるもの
それは一言に言えば「ストーリー」だ。
媒体はとくにこだわりは無い、
テレビドラマ、映画、小説、マンガにアニメ
とにかく人物構成とそれらが織りなすドラマや動き。そうゆうものが私の心を潤し、今の私をつくっていると言っても過言では無い。
もちろん生活が第一だし、人間関係だって大切にはしている…。
でも大好きなもの。絶対に欠かせないもの。で真っ先に浮かぶのが私にとっては『小説』で、だからこそ、私は仕事でもそれらと繋がっていたいが為に編集という仕事を選んだ。
それなのに…
それなのに!だ。
この世界にはそれが無い。
本はあるにはあるけど、実用書や教本。絵本、歴史書であって、本は本でもまったくのジャンル違い
絵本のおとぎ話や童話はその全てが私が元の世界で知りつくしているような定番ものばかり。
そしてもう一つ
この世界には電気はあるのに何故かテレビやネット動画などの媒体がない。
まあ…そもそもここがゲーム世界だから無いのだと考えればそーゆう設定かって受け流すしかない。
シナリオライターの構想にも限界はあるのだから
そんな細かく世界観追求しないよな。
(作家によってまちまちよね…)とか思ってあきらめようとも思ったりした。
でも、この世界。スマホなくても通信できるようなゲーム特有のハイテク通信媒体が存在している。
自分の意識を集中して空間に手をかざし
横へスライドすると勝手に開くそれをこの世界は
『リード』と言う。この世界に生きる人間はもれなくすべてそれをスマホと同じ感覚で使用できる。
子供は生まれて幼児教育が始まる頃にその使用訓練をうけるようだ。
今の私もユリアナの身なので当然使いこなせる朝食を食べ人払いした後ほんの少しだけどリードを開き使ってみた。
人物を証明するステータスやアカウントをゆるされた者のみが繋がる電話やメールのような機能
パソコンソフトのように文章をタイプして保存できる機能さえ備わり人が作成したものを受け取り保存する事もできる。
『リードスキャン』というコマンドを使用するとリードと通信できる印刷機にデータを送り紙媒体に残す事もできれば、さらには自分の身体具合を数値やグラフデータにおとしこみ可視化できたり、ネットバンクや電子マネーだって存在している。
この世界には物質的な金融紙幣や硬貨は存在しない。
全てはリードで管理でき、そのセキュリティは各国のトップの直轄機関が管理制御し、『リード』をワールドシステムとして確立している。
それから、この世界の自然界には電気と類似した別エネルギーが魔法の根源として混在していて、それらは電気以上の高エネルギーであり、それをこの世界では『精霊の祝』と人々は呼び、
目に出来ない精霊を神のように信仰している。
この世界には魔法使いがいるのだけれど
人が魔力を体内に宿しているから魔法が使える訳ではなく、自然界に存在すると言われている精霊に認められた者が精霊の祝の力を受け魔法が使えるようになると言われていて、王族はじめ、魔道士の一族、神官、そして聖女が例にある。
ちなみにユリアナにはその力はない。
(魔法、使ってみたかった…)
まあ、それは置いといて、だ。
量子科学の発達の賜物なのか、魔法が存在するこの世界ならではの仕組みなのかは博識高いユリアナの知識を持ってしてもわからない。
これもゲームだからなのか、リードに関しての研究や記録は専門家にのみ開示され各国の機密事項になっているのだ。
唯一、ユリアナが知っている事はその、使用方法と歴史的にシステム化されたのが百年程前で、発明者が不明な上、その初期の研究データも当時関わった学者達と共に歴史上から姿を消しているという事だけだった。
(恐らくはその根本的な発明段階のデータが無い為にそこから用途を増やし改良を進める事が困難になっているんだろうな…そしてその結果もたらされたのがこんなチグハグな発展て訳なのか…?)
なんて考察してみたけれど、そうだとしても腑に落ちない。機密にされてはいても今現在実用化され、制御できているなら新たな専門学者達が改良も試しているのでは?と思ってしまう。
これだけのものがあるというのに、娯楽レベルが私がいた元の世界よりずっと低いままストップしていて、穴が空いたようにストーリーが生まれる為の基盤がこの世界から抜けている。
そしてそれをこの世界の人間は誰も気にもとめていないし、無い事に気づいても無いのだから。流石異世界とでも言うべきか…。
「はーー…っ」
随分と長い間物思いにふけり思わず素で大きな息もついてしまった。
「随分と長い溜息だな。
そんなに俺と二人なのが退屈か?」
冷めたその声にハッと我に帰り、しまった。と横を振り向くと怪訝な顔つきでセナ王子がこちらを覗き見ていた。
「…ユリアナ嬢でもため息をついたりするんだな。」
無表情で淡々とセナ王子がつぶやく。
(なんて表情筋してるのこの王子。
あなたゲームの男主人公ですよね…?
私の王子印象が破綻寸前なんですけど。)
「べつに殿下といるのが退屈でため息が出たのではありませんわ。昨日はわたくし色々ショックな事がございましたの。それを思い出して落ち込んでしまって…」
そこまで言って言葉に詰まる。
婚約者を放って考え事にふけってる時点で既に失礼にあたるのではないだろうか?それも権力の塊。王太子相手に…
(あっ。詰んだわこれ。
本物のユリアナならばこんなミスはおかさない。)
「もっ、申し訳ございません殿下…私、失礼を…」
私がうなだれるように俯いていると急に顎をクイっと指先で持ち上げられ私は一瞬何が起きたのかと、セナ王子を見つめた。
セナ王子は笑顔ではなかったけれど、私から手を離し視線を逸らすと口をひらいた。
「そうかしこまるな。幼少の頃から共に学び、俺たちは婚約関係にもある身だ。大衆の前でかしこまるなというのは俺もお前も立場上無理な話しだが、
こーやってプライベートな時くらいは身分差など気にせずお互い過ごせば良いと…
…って、お前は別にそんな事望んではいないよな
……すまん。少々喋り過ぎた」
「……」
(えっ?今謝るとこあった?)
不快な表情をするのだろうと勝手に思っていたのに私の横に座っている王子は口元を自身の手で隠して私から顔を隠すように窓の方へ向いてしまった。
心なしかセナ王子の耳が赤みを帯びている気がする
(さっきも思ったけど、その仕草は照れ隠しだよね?え…何それ。ちょっとかわいいな…)
これがプレイキャラ兼攻略対象の魅力か、中々にキュンとくるものがある…。
でもさすが多属性もち、まるでキャラ立ちしてない気がする。クールなの?ツンデレなの?
いきなり顎クイくり出すあたり天然なの?
何にせよ、ユリアナと敢えて距離を取っている訳では無いのね。
(心の距離が近づいたようで率直に嬉しいかも…
乙女ゲームプレイ中てこんな気持ちになったりするのかしら)
「…ああ、それと。何に落ち込んでるのかは知らないが、お前は昔からとても理知的だ、何か問題があったとしても時間が過ぎればそのうち解決してるだろう。あまり考えるだけ無駄なんじゃないか。」
照れ隠しのように相変わらず窓の外を眺めながら
ぶっきらぼうな言葉の中に気遣いを滲ませるセナ王子に自然と笑みが漏れた。
「ふふっ、そうですわね。
私も殿下と同じように考えたのですけれど、ふと思い出してしまって…落ち込んでも仕方ないですよね、ありがとうございます。殿下」
私の笑い声でこちらに向き直ったセナ王子が頬を染めながら非難めいた声色で言った。
「まったく今日のお前はなんなのだ。まるで別人では無いか。」
図星をつかれギクリと身体が強張るが必死で立て直しを試みた。こんな初っ端から身バレして牢屋送りはゴメンだ。
「わ、わたくし、いつもこんなじゃありませんこと?」
動揺を隠すように笑顔でガードしてシラを切る私に淡々とセナ王子は言った。
「いや、全然。いつも作り笑いしているだろ?」
その顔からは赤みが徐々に引いていきいつも通りのセナ王子に戻っている様子だった。
「言葉は話すのにまるでそこに感情が無い。
まわりはみなお前を慕い、羨望を向けているようだし、気づいてるのは恐らく俺だけかもな……
別にそれを非難してるんでも、変えたい訳でも無かったから、こうやって話題に出す気もなかったんだが…今日は少しだが、お前から感情をよみとる事ができる。正直いつもこーであったほうが俺はやりやすい。お前はどうなんだ?いつもは素を隠しているのか?それとも俺以外の人間には今日みたいに素直に感情をみせたりするのか?
パートナーとしてのお前の才幹にはいつも感服するし信頼もしている。でもお前の事が俺にはよくわからない…お前は何を考えて…そもそも俺との婚約をどう思っているんだ?」
「私は…」
私はユリアナの感情を知らない。
ユリアナの身体と記憶を保有しながらあくまで自己意識は東堂由梨1つだからだ。
ユリアナの身体の中に、ユリアナの感情とも言うべき意識はかけらも残ってはいない。
私はユリアナの記憶をユリアナの耳や眼から得た情報のように知る事は出来ている。でも、日々の生活や、人とのやり取りや物事で、その都度ユリアナ本人がどう考えて思考をめぐらせていたのかはまったくわからないでいた。
(そんな私がユリアナのセナ王子への気持ちを安易に語る事など無理だけれど…)
通常のシナリオではユリアナとセナ王子の絆はとても深く良いパートナーとして過ごしている。
そして、ユリアナの記憶を垣間見るにユリアナは王太子であるセナ王子の婚約者という自身の身を意識して維持しようと努めているのもわかる。
つまりはセナ王子との婚約を自ら受け入れているって事だ。
(だから、恋情についてはわからないけど…)
「…私は…殿下の婚約者として殿下の隣に立てる事を光栄に思っています。
高みに身を置く事で自分の今までの努力は報われますし、無駄無く役立てる事が出来ますでしょう?
わたくしの心持ちをすべて殿下にさらけ出せるほどには私はまだ殿下というお人柄を良く知りませんし…もしかしたらそれは、私のほうが、婚約者としての建前ばかりで殿下を知ろうと意識してなかったからなのかもしれません。」
「つまり、俺自身にはまったく興味が無かった…と。」
それは違う。私が鑑みるユリアナ嬢は…
「いいえ、違いますわ。
そもそもわたくしは殿下の婚約者として社交界で周知されはじめた頃から、ずっと気の抜けない緊張の日々を過ごしてきました。
周囲からの期待に応えたい。
殿下にふさわしい淑女にならなければ。
他の貴族に足をすくわれないか。
私の振る舞い一つで殿下の立場が危うくならないか。私は自分で大丈夫と思えるまで基盤を固める事に精一杯で、殿下と心を寄り添わせ信頼関係を築く事を先送りにしていた。
自分を客観視すると、そんな感じでしょうか…
ーーですから…」
私はセナ王子の手の先に自分の指先をそえ真っ直ぐに彼を見つめた。
「殿下自身に興味が無いのではなく、私自身に心の余裕が無かったのです。結局、安心できるほどの基盤を今の私が築けているのかはわかりませんが、
少なくとも今のわたくしの心は殿下を知りたいと思っております。」
このふたりのキャラ設定には強い絆が必要だ。
そうでなければ本来のシナリオ通りにはどのルートだとしても進まない。
(今現在ユリアナとセナ王子の間に絆とよべる
ような信頼関係が無いのなら、今ここから築いていこう。)
「…俺も配慮が足りなかったようだな。
王族の婚約者になる事がどれだけの重責となるか少し考えれば想像もつく事だ。
俺は婚約者でありながらお前が一番不安であった時に何もしてやれなかった。すまない。」
セナ王子が私と重なっていた手を裏返し今度は私の手をギュッと両手に包み込みすまなそうに眉を寄せた。
「これからは悩む前に相談してくれ、大概の事は俺が解決できる事柄のはずだ。それから、俺たちの婚約を面白く思っていない一派もお前が不安視するとおり少数派ながらいるだろう。
この婚約は王家にとっても、シンフォニア公爵家にとっても利のある揺るぎない婚約だ。
今までも面会の時間はとってはいたが、体裁をつくろっているだけで、隙があると反対派に思われ出しゃばられても厄介だ。今後は不安要素は摘み取っていかねばなるまい…周囲から見てより親密みのある接し方や見せ方が必要かもしれないな。」
そう真面目に話すセナ王子の手はもうとっくに私から離れている。
甘酸っぱい空気はほんの一瞬に過ぎなかった。
やっぱりこの王子はユリアナに恋愛感情を抱いてはいないんだ。
(うーん、恋愛小説でいう、序盤だなこりゃ
まだまだ、親密にはほど遠そうかな…。)
一生懸命考えている横顔にじわじわと親しみを覚えながら私はのんびりとそんな事を考えていた。
お読み下さりありがとうございます。
由梨が思っている以上に、セナ王子のユリアナへの恋情はじわじわ膨れ上がっているのです。




