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3.婚約者

 私が公爵令嬢ユリアナとして時の流れに身をまかす事を決めてから数刻が過ぎていた。


 今は午前の十時に丁度差し掛かる頃だ。

 時計は元の世界と同じ読み方で時間の概念も同じであり安心したのはついさっき。


 衣装部屋のアンティーク調のカラクリ時計がカチャリと音を鳴らし時計のカラクリが動き出し小さな扉が開く、

 オルゴールの音とともに人型の人形がダンスをするようにクルクル回転して音が止まるのと同時にカラクリがしまる。


(はーっ、こうゆうの大好き。)


「お嬢様?どうかなさいましたか?」


 時計に見入る私の様子にパーティー用の衣装に着替える支度を手伝っていた侍女が首を傾げて問いかけた。


(いけない、いけない。

 ユリアナはこんなの見慣れているんだ)


「いいえ、少し、考え事をしていたの。」


「さようでございましたか。

 いまからコルセットをしめさせていただきますが、お身体の具合はよろしいですね?」


 ギクリ。

 嫌な予感がして身体が強張った。

 それでもいつもと違う態度を取って不審に思われる訳にはいかないと私は記憶通りいつものユリアナらしく答えた。



「えっ、ええ問題無いわ。はじめて頂戴」


「それでは、本日はいつも以上に華やかなパーティー、主役のアリス様とお並びになってもユリアナお嬢様に見劣りなど決してあってはなりません。

いつも以上に頑張らせていただきますね。

おまかせ下さい。」


(えっ、ちょっとまって。)


「あら、マリー。

別にいつも以上なんていいのよ。

だって主役より目立つ必要なんて無いもの。むしろ主役を立てるものよ、それにアリスは私の友人なのだから率先して彼女を引き立てるべきだわ」


「いいえ、お嬢様。

お嬢様はこの国一番の御令嬢なのです。

もちろんお衣装ではアリス様をお引き立てするべきかと存じますが、

お嬢様のこの内から湧き立つ品格と華やかな美しさを最上級までひき出しおくりだすのが私くし共、衣装部の勤めでございます。」


 にっこりわらう衣装担当の侍女達。

 この数刻でわかったけれど、この家の格がとにかく貴い。

 故に、使用人の質と仕事への熱量が高く末端までもがこの家の使用人としての誇りを持ってつかえているようだ。


 この国で最高権力をもつ王家に次ぐ名家。

 シンフォニア公爵家の令嬢であり、将来の王太子妃とも名高いユリアナ シンフォニア。


 ゲームのキャラクター設定では

才色兼備のカリスマ令嬢という最強ライバルのような役割だけど、そのカリスマ性はゲームプレイヤーをも魅了して引き込んでしまうほど強い。


 だから当然使用人がそのカリスマ性にあてられないわけはなく、ユリアナへの忠誠心が毎度ひしひしと伝わってくる…。


「マリー…あなたにまかせます。

でも、私が気絶しない程度にお願いね」


 苦笑の笑みだったはずがユリアナに名前を呼ばれ微笑まれたマリーは良いように捉えたようだ。


「はい、お嬢様。おまかせ下さい。」



(あっ、、、これかける言葉間違えたわ。)


 それに気付いた時にはもう事は始まろうとしていた。

 この世界の正装時の下着であるコルセットの背紐をマリーが手に持ちもう一人の侍女が私の肩をしっかりと支える。

 息を軽く吸うように言われそれに応じればその後はもうただひたすら地獄でしか無かった。

でもさすがユリアナとでも言うのだろうか、

私は悲鳴をあげたくてもこの身は無意識に奥歯を噛みこらえる修正がついていて、私は一度も声を上げる事無くことはすんだのだった。


 コルセットの背紐を引き絞められている時は苦しかったが済んでみると身体のラインがそれに馴染み自然と姿勢までも補正されたように芯が通り心まで引き締まる。


 淡く上品な色味のブルーのドレスだが素材は光沢のある華やかな生地で白の百合の花の刺繍が施され所々に小さなパールや宝石が散りばめられている。


 長い銀糸のような髪は緩やかに巻かれサイドに流され百合の花をモチーフに彫刻されたプラチナ素材にブルーダイヤの施された簪で纏められていた。


(…すごいな。これはプロの仕事だわ…。

 どうすればこの身が一番美しく輝くのか知り尽くしてる…)




 マリーとその他衣装部の手によって完璧にドレスアップされた私は部屋を出て玄関ホールの中央階段の手すりに手を滑らせながら片手はドレスを踏まないように軽く持ち上げゆっくりと下りていく。


 すると、階段下から聞き慣れた声がした。


 …といっても、聞き慣れているのはユリアナであるのだけど。


「ユリアナ、こちらにおいで。

本当にお前は私の自慢の娘だ。

華美なドレスを纏わなくてもお前は最上級に美しいよ。」


「あら、あなた。

最上級は私の為に取っておくべき褒め言葉ではなくて?

だけど、自慢の娘なのは違いありませんわ綺麗よ、ユリアナ」


「ありがとうお父様。

お母様もとっても素敵、私一生勝てる気しませんわ」


 シンフォニア公爵であるユリアナの父と公爵夫人である母ゲームではモブキャラだからゲーム本にはイラストだけで名前すら無かったのだけどユリアナの記憶では、


 お父様の正式名は

 デイル シンフォニア 


 お母様は

 カトレア シンフォニア 


 というお方らしい…


 しっかりと名がある事に驚きながらもハグをする。


「殿下がわざわざお前をお迎えに来て下さった。

応接間でお待ちだよ。行っておいで」


「別々の会場入りになるからあちらの会場であいましょう」



「はい。」


 鼓動が段々と早くなる、殿下とは言うまでもない、

 レスティア王国の第一王子 セナ王子の事…。


 王族でありながらも、婚約者であるユリアナをエスコートする為にシンフォニア公爵家に足を運んできたのだ。


 このゲームの攻略キャラであり。

 プレイキャラでもある王子……。


(はじめて会うのが、まさかプレイキャラなんて)


 この世界がゲームと同じように流れているのなら、今現在この世界は、聖女と王子どちらのプレイで進んでいるのだろう。

この人物に会えば何かわかる事があるかもしれない。



「久しいな、ユリアナ嬢。支度は済んだのか?」


「はい殿下、おまたせいたしました。

本日はよろしくお願いいたします。」


 この人がセナ王子。

 たしかキャラ設定では十九歳。

 ユリアナは十八歳だけど中の人な私は

 二十二歳だからだろうか、元の世界で三歳年下ってだけでどこか幼くみえてしまう。

 金髪で少しクセのある柔らかそうな髪質が目を引く瞳は王子様らしい透き通った美しい碧眼、

カッコいいより、可愛い系男子的風貌で女装したら絶対バレないだろうなってくらい綺麗な顔をしている。


 とはいっても身体付きは鍛えているだけあり王家の正装である白の布地に金の刺繍が施されたタキシードが様になっている。


 正式名はセナ レスティア。

国名を姓に持つ王家の生まれで王位継承権第一位のこの国の王太子様だ。


 この人物の婚約者であるが故にユリアナは色々な義務を課せられ多大な重圧と責務にさいなまれている。

 それでもユリアナは公爵令嬢として意識高くすべてをクリアしてセナ王子の横に堂々と立っている。

ユリアナの記憶を垣間見るに

それらすべては血の滲むような努力の上になりたっている。

誰もユリアナほど気丈にこの大役は務められないだろう。


 故に彼女はカリスマ令嬢であり、この国の王太子の婚約者なのだ。



「今日は王家主催の婚約パーティだ。

我が国の貴族とフィリーネ国の王侯貴族以外にも

友好国からも多数の来賓貴族を招いている。

聖女殿はお前の友人だと言うことは知っているがお前には俺の婚約者として今日はホストに回ってもらう。よろしく頼む。」


 今日婚約する聖女アリスはゲーム内では基本恋敵となっているようだがユリアナの記憶的見解ではユリアナの親友枠に収まっている存在だ。


 政治絡みの取りまき的友人が多い中、突然異世界から現れた年近い娘である聖女アリスはユリアナから見て警戒するまでもない何も有していない少女だった。


 アリスが転移してきた時から既に王太子であるセナ王子の婚約者になっていたユリアナは国王陛下からもアリスを気にかけてやってほしいと頼まれた事もあり社交の場で過ごす時ユリアナはいつもアリスをきにかけていたようだ。


 それらはニ年程前からのユリアナの記憶の端々から考察できた。


 はじまりは義務的なものであった関係は聖女アリスの清廉で真面目な性格とアリスから聞くこの世界とは違う世界の話しや異世界での風習や価値観に彼女はきっと好奇心を覚えたのだろう。


 ユリアナは大層アリスの事を気に入りニ年の月日が経つ頃には二人は世間も周知する程の仲のいい友人となった。


 本当のユリアナであれば今日というこの日を親友として誰よりも祝福し、一緒になって喜んだのだろう。


 でも、そんなかけがえのない時であってもユリアナは個人としてゆっくり喜びに浸ることができない。


 王太子の婚約者としての義務がついてまわるのだ。

 そしてそれは誰に労われるでもない、ユリアナについてまわる責務だ。


「…承知いたしております。殿下に恥を欠かせる事無きよう誠心誠意努めさせていただきます。」


(きっとユリアナはこう答えるだろう…)


「その青のドレスは以前話していた半年前から今日の為にと仕立てていたドレスか」


「はい。アリスは今日レイル王子殿下の色である赤に金糸の刺繍をあしらったドレスを準備しています。

 私はその色味に被らない赤を生えさせる淡い青をこの日に着ると決めていましたの。」


「そうか。確かにその色味であれば主役に見劣りもせず、邪魔もしない。良い色だ。」


「…はい。アリスに早く会いたいですわ」


「そうだな。では行くとしよう」



 セナ王子とユリアナの関係は良好だ。

でも、

本来のゲームとは違う事にユリアナの中の人となって気づいたことがある。


 この、セナ王子のユリアナに対しての態度はとても婚約者に対してのものでは無い。

友人。それ以下レベルな素っ気なさ

ユリアナを嫌っているわけでもないし、むしろ婚約者として認めているとわかる発言もしている。


 だけれど、だからこそ違和感がある。

 二人が婚約したのはニ年と八ヵ月前、二年半も経っているのにユリアナの記憶の中にはセナ王子との恋人的なエピソードが何も見つからない。


 公務、公務、定期訪問、公務、公務、たまの夜会での鉢合わせ、

 色恋なし、ほぼ公務


 そんな感じの記憶しかない…どう考えてもドライな政略結婚だ。


 確か、本来のゲーム設定ならセナ王子はユリアナととても絆が強く引き離せないほど仲が良いはずだ。


 それが、会ってみればドレスアップしたパートナーにお世辞のひとつも言わない塩対応って。


 なんかおかしく無い?


 まさか、王子プレイで他の女性攻略対象のルートに進んでる途中段階とか?

 それか王子プレイでのユリアナルートだとはじまりがこんなドライスタートなんだろうか?


 とにかく、どんな展開になってもこちら側には

非がないのだとしっかり印象づける為に

ユリアナとして私は礼を欠かす事無く

婚約者として振る舞うべきよね。


「…殿下は今日はいつにもまして、その…素敵ですわね。つい見惚れてしまいましたわ」


 頬に指先を添えてお嬢様らしく品をつくりセナ王子に軽く微笑んでみる。


(外面の良いユリアナなら、まずこれくらいのお世辞は言うよね。まあ、お世辞では無く、由梨である

 私から見てなら本気でイケメン過ぎて直視出来ないレベルなんだけど…

 こんな綺麗な顔の男の子、芸能人でも見た事無い)



 先に部屋を出ようとしていたセナ王子がガバッと振り返り困惑したような眼差しをこちらへ向けた。



 その瞳と視線がはっきりと重なったのに耐えられたのは一分程だろうか…

 セナ王子の浮世離れした美しさに吸い込まれそうで交わしていた視線を外すように睫毛を伏せてしまった。



「お前…ーーー」


 呟くように呼ばれた気がしてまた視線を戻すとセナ王子がびっくりしたような顔をして固まっていた。


「え…どうかなされましたか?」


(なんか間違えた?)


「…いや、いい。急ごう」


 口に手をあてそっぽを向きそう一言のべるとさっさとひとりで部屋の外へ行ってしまう。



 私はといえば、ただ呆気にとられながらついていくしかない。


(なんだこれ、

照れたの?そういえばクール属性標準装備とか書いてあったな、反応がイマイチわかんない…

恋愛ゲームてこんなもんなの?)


(とりあえず、エスコートどこいった。

何しにきたんだあの王子は…)


 堂々と背筋を伸ばしこちらなどお構いなしに前を歩く王子の背中を重たいドレスの裾を持ち上げ追いかけながら…


(後ろ姿も文句なしに王子だな…)


 …なんて思ってしまう。


(まあ。本来ならもっと紳士らしく婚約者の

ユリアナ(わたし)を気にかけ隣に寄り添い腕か手を差し出すべきなのだけれど…)



 そんな事を考えていればセナ王子は一度こちらを振り返り、バツの悪そうな表情を見せたかと思えばまた声をかけるでもなく先を歩いて行った。



(あれ?自分がエスコートしに来た事思いだしたのか?でもまた先いっちゃうのね…うーんなんだろう。とりあえず、この王子が女性慣れしてないのはすごくよくわかった)


(これが毎度の事なのだと思うと…ユリアナは大変だっただろうなぁ。)



 今はこの身に無いこの身体の本当の主が何を考えて日々を過ごしていたのだろうとユリアナの感情を探った。ユリアナになってからずっと探っている。


 でもそれはこの身のどこにも無い。

私がここに入ってきた時、入れ替わったのだろうか、それはここでは無いどこかにいってしまったのだろう事だけは感じていた。


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