2.異世界
「ーーーさま、ーお嬢様」
誰かの声がして私は重たい瞼をそっと持ち上げた。
さっきまでと体勢が変わって仰向けに寝かされた自分の状況に違和感を感じつつ目を覚まし真っ先に目に入る天井の豪華さに呆気にとられる。
家じゃない?どこ、ここ…
身体を起こし自分がかなり豪華な寝台に寝ていて上質な素材のワンピースの寝巻きを着ている事に気付く。
ふと目の前を横切った自分の手を見てさっと目の前に戻し掌と手の甲を交互にひっくり返し凝視する。
何度も瞬きしながら見間違いでないか確認し見間違いでは無いと確信した瞬間、ドクンと心臓が大きく一跳ねした。
(これは…誰の手?)
(自分の意思にしたがって動かせるのだから私の手…なんだろうけど…)
目が覚めた瞬間から全てに違和感しか無く目眩がする背筋にゾワリと悪寒が走るのを身体で感じ、ドクドクと心臓は警告するかのように早鐘を打ち始めた。
見慣れた私の手では無いーー
白く、細長く伸びた指先。
陶器のように滑らかで爪の先まで美しく手入れの行き届いた手が目の前にある。
(…いったい何がどうなってるの?)
そう思うのと同時にトントンと私がいる部屋の大きな両開きの扉をノックする音と共にさっきより大きな声で人を呼ぶ声が聞こえた。
「お嬢様、ミランダです。入りますよ。」
そういって声の主であろう若い女性が入って来た。
「起きていらっしゃったのですか?
何度かお呼びしましたが、いつものようにお返事が無いので心配になり失礼いたしました。おはようございますユリアナお嬢様」
「えっ、と…」
(今、お嬢様っていった?
なんかこっち見て言ってるけど、ユリアナお嬢様てどっかで…ユリ…アナ?
ユリアナってあのゲームの公爵令嬢の名前じゃん!)
私はごくりと唾を飲み込んだ。
…私は仕事柄この展開を知っている。
昨今のラノベ小説の新しいカテゴリーとして
定着しているあれっぽい…。
でもあれらはフィクションであって現実にこんな展開ある訳なくて……。
「………。」
私は無言で寝台から出て立ち上がり裸足のままフラフラと目についた豪華な姿見の前へ向かい自分の姿をようやく目にした。
「ユリアナお嬢様、本日はご友人である聖女アリス様とフィリーネ国王子、レイル様の婚約パーティーでございますね。天気にも恵まれ精霊の祝福なのかピンクのオーロラも見られますわ。」
そう話しかけながらミランダという女性が私の側にきて茫然と立ち尽くす私の髪を後ろからすくい上げゆっくりと櫛でとき軽くサイドアップにまとめる。
手慣れた手付きで着ていた寝巻きを脱がされブルーの上品な軽めのドレスに着替えさせられる。
状況をまったくのみこめないままただただ鏡にうつる自分を見つめた。
顔の作りはあまり違和感を感じ無い。
若干実年齢の私よりも2、3才若かった頃の顔つきだ。
髪は赤茶色のロングヘアが銀髪になっている。
こんな色に染めた事無いが、とにかく艶があり美しい。
瞳の色が黒では無くアメジストのような紫眼唇は何も塗っていないのにいつもよりずっと紅い。
そして手触りが信じられないくらい良くきめ細やかで陶器のように美しい肌。
100%私、東堂 由梨では無い。別人物だ。
そしてこの姿はまるであのゲームの公爵令嬢 ユリアナ シンフォニアのようでーー。
「私…ユリアナに…」
思わず口から漏れ出た言葉は聞き慣れた私の声では無く、その声か、言葉が引き金だったのかブワッと一気に知らない記憶が私の中に押し寄せて来た。
ズキズキと頭痛がはしり額に手をあてる。
(ああ…これはこの身体の持つ記憶だ…
それにしても…)
身一つの脳に人二人分の記憶が無理やり押し込まれたようなもの。
負荷があるのは当たり前なのかもしれない。
辛うじてそんな事を推測できてはいるものの…身体は冷静さとは裏腹に急速な変化を受け入れるのに必死な感じだ。
「ユリアナお嬢さま?何かおっしゃられ…って
大丈夫ですか?頭痛ですか?まあ大変。お顔色も優れませんわ、どうしましょう、すぐに医師様を…
ああ、でも午後にはパーティーが。」
私の様子に気付いたミランダが焦り出したのを額に当てていた手を退けてその手で制す。
「大丈夫。何とも無いわ
昨日は中々寝付けなくて、起き抜けだからポーッとしてしまっただけ。元気よ」
ニコリと無理にでも笑みを向けてやればミランダが安堵した様子で溜息をもらした。
「さようでございましたか、私の早とちりで良かったです。
本日のパーティーは王家主催の公式ですもの。王太子殿下のご婚約者であらせられるお嬢様がご欠席など出来かねますでしょう?
ああ、本当にわたくしの間違いでようございました」
「……」
(いや、あの一瞬の変化に瞬時に気が付いたあなたはかなり有能な侍女さんだと思うわ。
ええっと、子爵家出身のユリアナ専属侍女のミランダ ラドリーさんね…
はー、ちょっと頭痛も引いてきたかな?…
うまく誤魔化せて良かった…でもこれは…
とにかく、考える時間が必要だわ。)
「ミランダ、あっ、…もういいわ。下がって。」
ありがとうと感謝を述べそうになり、
その言葉をのみこんだ。公爵令嬢ほどの高貴な人間が一使用人に簡単に感謝を述べる事は良しとはされない世界なのだ。
中身は由梨なのにユリアナの意識がそうさせたのか無意識に言葉をつまらせた。
よほど公爵令嬢としての振る舞いを日頃から気にかけていたんだろう。身体や意識が自然とそうさせる。
もちろん先程の着替えを手伝わせてる状況にも、まったく恥じらいや違和感を覚え無かった。
今の私の意識は由梨であって、ユリアナでもあるような融合してるという言い方がしっくりくる感じだ。
「かしこまりました。
それではお嬢様、目覚めをよくするハーブティーを後でお持ちいたします。
朝食はいつも通りテラスでお召し上りになりますか?」
「ハーブティーと一緒にここへ持ってきて頂戴、今日はこの部屋の窓から見えるオーロラを眺めながら食事がしたいわ」
「かしこまりました。」
私は部屋の窓を開け外を眺めた。
心地よくすんだ空気が部屋へ入ってくる外の空は雲一つない快晴なのにゆらゆらとカーテンのように揺れながら淡くピンクに光るオーロラが広がっている。
蒼い小鳥がそらを跳び目の前にはゲーム世界そのものの美しいレスティアの街並みと壮麗にそびえたつ王城がみえていた。
「綺麗…」
窓枠に手をつき外の景色に見とれている私を気遣ってかミランダはしずかに部屋をあとにした。
私はしばらく外の景色を堪能し、気持ちを落ち着かせた後、自分のおかれた現状を整理してみた。
「ここはゲーム内で、私は公爵令嬢のユリアナになっているって状態よね?これ…」
(今流行りの異世界ものにある転生てやつなの?
だとしたら本来の私もう死んでない?
待って、転生じゃなくて転移されて…)
「いやいや、私今ユリアナだし、聖女じゃないから」
(まてまて、そうじゃないでしょ、落ち着け社会人。
流行りのラノベ読み過ぎて普通にこの状況あれよねってなってる場合でないのよ。
なんとかしてもとの場所に元の私で戻らないと…)
「私は大人、冷静に冷静に…」
(ああ……でも。この状況は、どう捉えた所で。)
「わからないわ。何でこうなってるのか。謎でしかない…」
(ただ、幸いなのはユリアナの記憶があるという事ね。
私はユリアナとしてとりあえず生きてはいける。
衣食住に困らない状態てだけでもかなりありがたいわ。いきなり知らない所に来てサバイバルとか漫画や小説で散々みたから…)
これがあのゲーム内ならもしかしてプレイヤーが攻略対象と結ばれたら元の世界に戻れるかもしれない。
「プレイヤー…朱音?」
そうだ、あかねはどうなったの?
朱音もこのゲームの世界にいるの?
プレイヤーとして、どれかのキャラクターとして…
それともあの後私だけがこの世界に落ちてきて、朱音は別世界に飛ばされてたり、とんでも無い事になって無いだろうか。
最後の記憶に残る朱音はほとんど消えかけてた。
つまり私より先に元の世界から消えている。
あの子は大丈夫なんだろうか?
身体事消えかけたって事は元の世界から私と朱音の身は消滅している可能性もある。
あっちとこっちの世界の時間の流れはどうなってるんだろうか…
私たち姉妹で神隠し状態になってるんじゃない?
(ああ、もう。朱音が心配…。
だれか何か教えて、
これがゲーム世界なら案内役的なのいないの?
いたら今すぐ出して欲しい。)
ダメだ…焦りと不安で神頼み的思考に陥りそうだ。
「はぁ。落ち着け、大丈夫…いつも通りに考えろ」
いつだって冷静にがモットーだ。
状況はすぐには変えられない。
けど自分のメンタルは自分の心の持ちようですぐにだって変えられる…
まずは深呼吸…。
いったん全部考えることを捨てる。
心のノートを真っ白に。
今は何も書き留めなくて良い…。
そうして目を閉じてゆっくりと呼吸を整える。
しばらくすると重苦しかった胸のあたりは軽くなり私はそっと目を開けた。
「…よし、いつも通り。」
私は両手で軽く頬を叩き自分自身に活を入れた。
考えても無駄な事だ。
元の自分がどうなった、とか
元の世界でどうなってるとか、
朱音の事を考えるのも今はやめよう。
考えても現状なにもわからないなら無意味だし私がどうこうできる事ではないのだから。
それに考えれば考えるほど悪い方へ考えてしまう今の精神状態では悪循環なだけ。
それより、ずっとこの部屋にひきこもるのも公爵令嬢のユリアナの身となっている状態では無理がある。
今日が終わり、眠りにつけば元の世界に戻れるかも知れないし、どうなるかわからないけど…。
一つわかるのは現状私は生きる為にユリアナとしての生活に身を任せるしか選択肢は無いって事だ。
それも、中身が別人にすりかわってるって
事を誰にも気づかれないように。
「まったく、こんな事ならあの時ゲーム本しっかり読んどいたのに…」
数分前の自分が憎らしい…。
でもしょうがない、付け焼き刃でも今自分が持ってるゲームの知識とユリアナの記憶を頼りにやるしかない。
私はもう一度姿見に自身を映し
じっとユリアナである自分を見つめた。
片手にドレスを持ち、胸に手をあて、軽くお辞儀をしてみる。
(うん…。大丈夫。身体はちゃんとユリアナの記憶通りに動ける)
「はじめましてユリアナ嬢、私は東堂由梨と申します。少々お身体拝借させていただきます。」
こうして、私の公爵令嬢ユリアナとしての異世界生活が始まった。




