5.赤面
「親密みのある接し方…と申しますと、どうすればよいのでしょう。」
セナ王子の出した提案に具体的にどうするのか気になり問いかけてみる。
すると少し間を置いてセナ王子が答えてくれた。
「そうだな…たとえば、ファーストネームで呼び合ってみるか、公の場以外では。」
どう思う?と確認するようにセナ王子が提案した。
それを聞いて私は『うーん…』とユリアナの記憶をもとに考えて答える。
「それは。少々まずくはありませんか?
わたくし、お父様でさえ、殿下をファーストネームでお呼びしているのを見た事ありませんから。」
ユリアナの父はこの国で最高爵位を持つ公爵であり
王政に関わる事を許された五大貴族の一人でもある。そんな高貴な身分である人物でさえ殿下をファーストネームで呼ぶ事を許されていないのだから、なんだか気が引けてしまう。
でもセナ王子はそんな私の意見に否ととなえるように被せ気味に論してきた。
「だからでは無いか、婚約者としての揺るぎなさが一気に周囲に認知されるだろう。実に手っ取り早いではないか。」
「それは確かに、効果はあるかもしれませんが…」
「では決まりだな。俺は今からユリアナと呼ぼう。嬢やレディを抜くだけで随分親密みがでるな。
なかなか効果がありそうだ。お前も名前で呼んでみろ」
セナ王子がワクワクした感じで私を見つめてくるので結局後にも引けず提案にのるしか無くなってしまった。
おずおずと言われた通りに呼んでみる。
「はい、では…セナ殿下?」
そう呼んでみればセナ王子の瞳は爛々と輝いて心なしか子供の様にはしゃいでいるようにも見える。
「おお、中々に新鮮な響きだ。城では皆、殿下か王太子様だからな。…でもなんで疑問形なんだ?
ちゃんと呼べ、それから敬称はいらない。セナだけで呼ぶ事をゆるす」
「そっ…それは、いくらプライベートでも無理です、多分…」
(だってなんかユリアナの身体が無意識に拒絶しそう。恐れ多いとかって感じで…)
「何で無理なんだ、多分てなんだ。一回試しに呼んでみろ」
(えーっ。…でも。王族の意見断るのもな…)
「では…セナ…王子!」
(ああ、やっぱり。ユリアナが無理だったか。
私自身いけても、ユリアナが無理だわな。
厳格だもんな…頑張って寄せて名前+王子までならいけるって事よね…。)
「王子も別にいらない…」
セナ王子が肩を落としてガッカリしている。
(…身内以外に名前で呼ばれた事ないんだろうな…つくづく高貴だな。ちょっとかわいそう…そんな顔されると私も希望には応えてあげたいけど…)
「殿下、流石に私には呼び捨てはまだ無理ですわ。恐れ多くて…セナ王子、セナ…様」
(あっ、様もいけた。)
「!?、では、お前はセナ様と呼べ、よいな」
俯き気味だったセナ王子がガバリと置き上がり声高に命じた。有無を言わせないような瞳と目が合い…
「あっ、はい、殿下。」
「おい。」
「あ、セナ様」
そのひと言でセナ王子が一瞬で破顔する。
「ハハッ、上出来だ」
その時、声に出して満面の笑みで笑うセナ王子をはじめて見た。
ユリアナの記憶の中にも無いその表情に私は釘付けになってしまい…。
(かっ、…カワイイが過ぎる。)
さっきから車の中で甘酸っぱいやらキュンキュンさせられるやら。なんの恋愛ゲーム?!
と心の中でツッコミをいれて、はたと思い出す。
(そうだった、『セイオー』の中だったわ)
『聖女と王子どっちになる』はあっちの世界ではsei-oとよばれている。
タイトルがあれなだけに言葉にするのが中々に恥ずかしいからだ。
そんな一般的に手が出しづらいゲームが何故にああまで話題となり世間を賑わせたのかをこの世界にきてじわじわと納得させられていた。
(この美しい世界に。この王子だ。)
笑顔一つでこんなにも人を魅了する…恐るべき破壊力だ。
こんなキャラクターが男女共に何人もいるとなれば
他種多様な魅力を持つどれかにどっぷりハマるのも頷ける。
プレイキャラの設定が聖女ではなく王子だと、ユリアナはおそらく…とゆうか、ほぼ百パーセント攻略対象なんだろう。
しっかりゲームの設定や登場人物を読み切る前にこちら側に来てしまったから今の状況が王子プレイでユリアナルートなのかもわからない。
もしユリアナルートで攻略を進められれば私はどうなるんだろうか?この王子に骨抜きにされるまでこのゲームは終わらないのだろうか?
(仮にそれでゲームエンドして元の世界に戻れたとしても、めちゃくちゃ惚れさせられた後に元の世界に引き戻されるって、大概ひどくない?誰得なの?
いや、そりゃ帰りたいけど。
小説読みたいし、漫画読みたいし、ドラマ録画たまったままだし。
本当、帰りたいけど。
なんだかな…さすがに私、自分に同情する。
こんな展開、現実にあっても、うれしくもなんともないよ、ホントに。)
「…はあ。」
「何だ?また溜息か」
「いえ…なんだかお腹空きましたわね、セナ様」
もうほぼほぼ素の私になっている。
さっきまでのユリアナに徹する気がどうにも緩んで、なんか、緊張がとけたら急にお腹が空いてきた。
「ふはっ、完璧淑女のユリアナ嬢が、遠い目してお腹すいたとか。ブハッだめだ。おかし過ぎる」
「私に言わせれば、その完璧な容姿で吹き出してお腹抱えて笑ってるセナ様のが驚きですわ、
今まで表情筋死んでるなってくらいだったのに」
「……」
あれ?無言?
ちょっと調子乗り過ぎちゃったかな。
「完璧な容姿…ってお前」
はい、赤面頂きました。
「って、そこは聞き流して下さいよ!
何故そんなに照れてるんですか?だいたいセナ様が美丈夫だというのはこの国のものなら誰しもが認めてる事ですよ?!
私は事実を述べたまでであって…」
(なんか私まで顔熱くなってきた…)
「わかった。わかったから落ち着け。
あー、なんだ。『ひょうじょうきんしんでる』って言い回しははじめて聞いたから良くわからんが。
とりあえず。婚約者に見た目を好ましいと思われてるのは良い事だよな。
俺もお前の容姿は華やかで美しいと思っているしな」
セナ王子は口元を隠しながらこちらをチラチラ確認してそんな言葉を返してくる。
「…っ」
ああ、うん。
ユリアナ可愛いもんね。
私だってこの容姿が日々磨き上げられたもので、一般的にも美しいと評価されてるのは知ってる。
今の私はユリアナで、由梨では無いのもわかってる。
でも、朱音に「お姉ちゃんに似てる」て言われたからだろうか。
それとも、ユリアナになってすぐ、姿を見た時に自分の容姿とあまり違和感を感じ無かったからなんだろうか。
まるで、自分の容姿が美しいと言われみたいに錯覚してしまって…。
「…ほらな、お前も同じではないか。
誰だって不意をつかれたらそーなるんだ。
わかったか。」
セナ王子がこちらを見てそんな事を言いだすものだからユリアナの心臓の音がどんどんうるさくなっていく。
セナ王子の言い分なら、おそらく私の顔はさっきのセナ王子と同じように真っ赤に色づいているのだろう。
この身体はユリアナのものだ。
でも自分のものだと錯覚してしまうほどに私の感情に従って動いてくる。
まったくなんてやっかいなんだろう。
このうるさい程に早鐘をうち続ける心臓に否が応でも知らしめられる。
惹かれ始めてしまっていると…。
こんな些細なやり取りで相手に心を許すほど子供じゃないしウブでもない。
それなりに恋愛だってしてきているし男性経験もある…そもそも、私はこんなにも、惚れやすい人間だっただろうか?
容姿を褒められる事には免疫があるはずだ。
それなのに、どうしてこの目の前の王子には平常心でいられないのか、そこから何かおかしい…
この感情は実はユリアナのものなんじゃないだろうか?
体が無意識にユリアナであり続けようとするように、この感情も無意識が引き起こしているものだったりしないだろうか?
本当のユリアナ自身はセナ王子をどう思っているのだろう……。
(ああ、でもユリアナはこんな顔するセナ王子を知らないんだよね…)
そんな事をグルグル考えながらセナ王子と見つめあって何分たっただろうか。
ガチャリ
王子の座席側の扉が開く。
コホンと軽く咳払いをし、王子の専属運転手が早く出ろと言わんばかりに車外へ手を広げていた。
「蜜月の時を邪魔するようで恐縮ですが時間も差し迫っております。
会場へのご移動をお願いします。」
(なんか全部聞かれてたっぽい…やめてーなんの罰ゲームなの!?これ)
居た堪れなくなり顔を両手で隠した。
「…セバス、お前は一言余計なんだ。てより、聞いてたのか俺たちの会話を」
「申し訳ございません。
幾度とお二人を乗せて走ってきましたが今日のような甘い雰囲気は初めてだったので私くしとても興味深く。耳の穴かっぽじって終始聞き及んでしまいました。」
「お前はまったく悪びれる気すら無いな」
呆れた物言いでセナ様がセバスをなじる。
ユリアナの記憶からみるにセバスことセバスチャン ルネストはいつもこんな感じだ。
王太子相手に臣下だというのにまったく気後れしない。これで、護衛力もナイトレベルなので王族には重宝され、王子が幼い頃からつかえているのでこんな事ではクビにもならない。
王家の使用人ではあるが伯爵の地位も持っている貴族だ。…そして確かゲームでは攻略キャラだった気がする。
「ルネスト卿はいつもおふざけが過ぎます。」
私の言葉にくすりと口角を上げセバスが笑い、セナ様が車から降りた後、私にエスコートするように手を差し伸べ、車を降りる私を丁寧に外へ招く。
セバスの差し出した手にいつものユリアナらしく指先を置きゆっくりと降りればセバスとバチリと視線があった。
「レディユリアナ 、殿下をファーストネームで呼ぶのであれば、私もぜひ、セバスチャンとお呼びいただきたい。殿下を差し置いて私が敬称で呼ばれるわけにもいきませんのでぜひお仲間に…」
にこにこしながらセバスがそんなことを言う。
「何いってる。それじゃ特別感が半減するではないか、むしろお前とユリアナの変な噂がたったら厄介だ。」
腕を組んで絶対に無いと言うようにセナ王子が首を振る。
「どちらにせよ、ルネスト卿をファーストネームで呼ぶにはお父様の許可が必要ですわ」
私はにっこりと微笑みありがとうの代わりに膝を曲げ簡素なお辞儀をしその手を引いた。
(この人絶対面白がってるわね。)
今度は先に車を降りてドアの端に待機していたセナ王子と目が合い、私はセナ王子の横に並んだ。
セナ王子はキリリと様子を変え先程とは雰囲気がガラリと変わっていた。
(あ…いつものユリアナの記憶にあるセナ王子だ。)
「セバス、説教は後だ。行ってくる」
「イエスユアハイネス いってらっしゃいませ、殿下 」
(わーっ、このやり取りユリアナの記憶以外ではじめてみた。王族への臣下の応答、でもルネスト卿がやるとなんか軽ーく感じるな。)
ルネスト卿とセナ王子のやり取りで冷静さを徐々に取り戻した私はようやく目の前の豪華すぎる建造物を目にする。
(…ついたんだ。王家の最上級の宮殿。
聖女アリスとレイル王子の婚約パーティーの舞台に。)
次回、聖女アリス登場です。




