23.こころ
今日は2か月に一度あるユリアナとセナ王子の面会日だ。
あれからセナ王子とは通話で毎日連絡を取り合う以外に私からセナ王子の昼食に合わせて王城へ赴き公爵家のシェフの作るお弁当を差し入れたり、午後からの予定に余裕があれば一緒に昼食をとり疲れたと甘えるセナ王子に膝枕をして昼寝をするセナ王子の頭を時折撫でながらレスティア王国物語の続きを読んだりと恋人らしい日々を過ごしていた。
だから今まで慣例としてあった面会日は無くしてしまっても良いのでは?とセナ王子に言ってみたら、
「それはそれ、これはこれ、確実に会える日がわかっている方が俺の日々のモチベーションが違う。
面会日は必要だ」と言われたので今日もユリアナの年間予定通り面会する為王城へ訪れたのだけれど、
到着するなりセバスの運転するあの車に放り込まれ
「婚姻の儀が終わるまでは過度なお触り禁止です。
守れなかったら夜のリードコールは無しですよ!」と言ってなんとかキスまでに留まらせて
着いた先は王都中心街の一等地に店を構える仕立て屋だった
セナ王子と私が店内に入るなり
「お待ちしておりました、本日は店内貸切にて対応しております。ごゆるりと我がレザリアのドレスをお選び頂きたく存じます。ご試着など御用の時は何なりとお申し付け下さいませ」と若く美しい貴婦人が挨拶をした
仕立て屋レザリアはこの国一の技術と知名度を誇る
仕立て屋で世界的にも人気を博している
そんな毎日大繁盛の本店をまさか面会日に合わせて貸切していたとは、
ユリアナの記憶では何度も見たことがある店内だけど実物の迫力がすごすぎる
私は圧倒されて豪華な店内や華やかなドレスがズラリと並ぶ様子をぐるりと見回した
そんな私をよそに店のマダムとセナ王子はさらに奥のフィッティングルームの前まで歩いていく
私もそれを見て前へ進む
「マダム、例のドレスをここへ、店内の物は後からゆっくり見させてくれ」
「かしこまりました王太子殿下、すぐ準備致します」
そうして貴婦人は店の奥から一着のドレスを持ってきた
「レザリア史上最高峰の仕上がりに御座います。
どうぞお確かめ下さい。」
「見て、ユリアナ…このドレスはどうだろう?俺がお前をイメージして特注したドレスだ」
「セナ様が…私の為に…」
目の前にあるドレスは
白でも白銀と言えるような神秘的で上品な光沢をもつ布地をベースに薔薇の花のように幾重にも重なったドレープが特徴的で
肩口は大きく開きながら胸元と首はキッチリとレース布地で覆われた清楚なドレスだった
でもこのドレスで一番目を引いたのは胸元からくるりと巻きつくように施してある碧と金の刺繍だった
碧はセナ王子の瞳の色だ
この色だけならばこの国では誰もが纏える刺繍の色だ
でも碧に金を織り混ぜた刺繍を施したドレスはこの国のどこの店であっても既製品は置いていないはずだ。そして特注であってもきっと断られるだろう
碧と金、これを一対としてこの国では王太子を表す色としているからだ
セナ王子が生誕した時より
碧と金の刺繍を施したドレスを纏えるのは未来の王太子妃のみであると決められている
それはこの国の女性だけではなく、他国の女性であっても例外では無い、他国で仕立てたドレスを持ち込んでもそれをレスティア国内で着る事は王家に刃向かう狼藉者として処罰の対象となる、だからこの国でこの組み合わせの刺繍のドレスなんてまだ誰も身につけた事がない
「これを…わたくしをイメージして…」
「気に入ってくれただろうか…ユリアナに是非着て欲しいのだが」
(セナ様がその意味を知らない訳がない…だけど)
「わたくしにはこれを纏う資格がございません!このドレスは王太子妃しか着る事を許されないはず、恐れながらわたくしは…」
私の言葉に待ったをかけるようにセナ王子が後ろから私の両肩に手をついた、そして続きを言わせないとでもいうように自らが話し出した
「ああそうだ。この国の者なら皆がしっている。
このドレスは俺の妻、王太子妃を表すたった一人の為のドレスだ。お前に自ら選んだドレスを贈りたいと思った時、俺はどうしても俺の色をお前に纏わせたいと思った。この刺繍のもつ意味をお前が知らない訳が無いし、着れないと言われるだろうとは思っていたよ」
「ならば、どうして…」
私は肩に置かれた手にそっと触れてセナ王子に振り向いたするとセナ王子は困った顔で笑っていた
「これは俺のわがままだ。ユリアナ。
父上にはこのドレスをお前に贈ると決めた時に許可を得ている。
俺はこのドレスを纏うお前をエスコートして国中にユリアナシンフォニアは俺の女だと知らしめたい
お前へまだ恋慕を残す男全てにもう無駄なのだと、諦めろと見せつけてやりたい…これは俺のお前への
執着の証だ。それでもどうか受け取って欲しい。
愛してるユリアナ」
「セナ様はずるいです!
そのように言われたらわたくしが断れなくなる事もわかっていてこのドレスを用意して、逃げられないようにここまで連れてきた。そうなのでしょう?
もし…私が受け取らなければ、このドレスをどうなさるおつもりなのです?」
「…そうだな…このドレスはお前の為だけに用意したドレスだ。
でもお前が着ないと言うのなら、仕方ない。このドレスはキャンセルしてこの店の一番目立つ場所に置いてもらい誰か欲しがった令嬢にでも売ってもらおう。そして勇敢にもこのドレスを纏って俺のもとに現れたならダンスの一曲くらい踊ってその日一日エスコートするかもな。まるで婚約者みたいに…そうして…お前に失恋した俺はその何処ぞの女にまた恋を…」
私は頭に血が上ったようにカッとなって
セナ王子の胸を拳でドンとひと押しして
背伸びをして彼の唇に自分のそれを押し付けた
「そんなの絶対許さない!
ほかの女に私にするみたいにセナ王子が触れるなんて嫌だよ!」
ほんの少し想像しただけでも我慢なんて出来なかった。嫌で嫌でしょうがなくて、目尻に熱い涙が滲んだ。
嫉妬で吐き出した言葉は公爵令嬢には程遠い口調で
由梨の心のままについて出た言葉に他ならなかった
「ユリアナ…今…はじめてお前から…」
口元に指をつけてセナ王子が頬を赤く染めた
(ああそうですよ、
あなたに私からキスしたのなんてはじめてだよ)
「あなたが好き…
私にこのドレスを着る資格が無くても、これを纏わないとあなたを他の誰かに奪われるなら、誰にどう思われたって良い…セナ様…セナ王子
このドレス私が受け取らせて頂きます。」
(この人を欲しがるって事は、王太子妃として、ゆくゆくは王妃として生きる事を覚悟するって事だ。
私には到底そんな度量も覚悟も無い、
それでも離したくない。一瞬だって、この場所を
この王子にこうして触れられるこの距離を
誰かにあけわたすなんて無理…)
「あなたを、セナ様を愛しています」
私が言い終わるが先かセナ王子が力強く私を抱きしめた
「ああ、ユリアナ。嘘じゃないよな、
夢みたいだ、やっと言ってくれたな…
何度こんな夢を見た事か、本当に夢じゃないよな…
」
「何言ってるのですか…」
「ああ、この微妙に素っ気ない返し、間違いない、
俺のユリアナだ。本物だ。良い匂いもするから大丈夫だ」
そう言ってなにやら首元をクンクンしてくる
まったくこの王子は…
呆れながらもこんな所さえ愛しいのだから私も重症だ
「はい、夢ではありませんよ殿下」
そう口を開いたのは私では無くて、
ニッコリと笑ったセバスで、
「はい、私もこの耳でしかとお聞き致しました。お買い上げ頂き光栄に御座います。王太子殿下」
(この国の有能な人達のステルス機能がすごい…
そうだよね!?さっきから側にいたよね!?
私わかってたよね?なんで二人っきりみたいな気になってたの?)
恋は人を馬鹿にするって言うけど…
自分がこんなまわりも見れなくなるくらい誰かにおぼれる日がくるなんて思ってもいなかった
「ユリアナ、他のドレスもせっかくだから選ぶといい、今なら店ごと買ってしまいたいくらい俺はうかれているしお前に貢ぎたい」
「それ王太子として絶対ダメなやつです!
ドレスは手持ちのものでじゅうぶん足りています。
寧ろお父様が家をあけるたびにお土産と称して買ってきてますし、留学中のお兄様達からも送られてますので」
「くっ、身内の愛が重ウザいな、
ユリアナ、これからはお前を着飾るものは全て俺が贈ろう。心配するな、国庫の金など使わないさ
俺が個人で投資して得た財産だけでも町一つ買える程あまり余っている、それも毎年増えていく一方でな、使い所を探していたんだ。さあどこからどこまで買う?」
「だから、いらないです!しかも見ないで買い込むつもりですか?ありえないです」
「なにを言う。レザリアのドレスはどれも一級品、
ハイブランドだからどれを買っても間違いないだろ」
「まあ、殿下はよくご存知でいらっしゃる」
嬉しそうにマダムが笑う
(脳内で算盤はじいてるなこれ…)
「セナ様、あの、他のドレスはまたの逢瀬の時にゆっくり見るとして、あの…」
「何だ?ユリアナ」
「一度、着てみても良いですか?
セナ様が私の為に用意してくれたこのドレスを」
「…ああ…ああ!もちろんだ!すぐ着てくれ今すぐに!!!」
セナ王子が瞳をキラキラさせて私の手を握った
私はマダムにフィッティングルームへ招かれ
ドレスを着せてもらいメイク直しとヘアアレンジも
してもらった
目の前に立つのは神々しいまでの女神
完璧淑女と謳われるユリアナの姿だった
その美しさに圧倒された…
(どうしてこの姿を自分と似ているなどと錯覚したのだろう。)
本当の私にはこんな湧き立つような気品も
このドレスと同じ白銀の髪も
雪のように真っ白な肌も魅惑的な紫の瞳もない
(このドレスは確かにユリアナシンフォニアの為だけのドレスだ…)
胸がチクリと痛む
その痛みに掌を当てる
(うん。この痛みも全てセナ王子がくれたものだ)
「お似合いに御座いますユリアナお嬢様」
「ありがとうマダム、綺麗にしてくれて」
「もったいなきお言葉にございます。
これ程までに我がレザリアのドレスを着こなして頂けて恐悦至極に存じます。」
私が店とフィッティングルームの間に掛けられた紅いカーテンを手の甲で退けて店内へ踏入と同時に椅子に腰掛けていたセナ王子が立ち上がった
「…」
「セナ様、いかがでしょうか?
わたくしちゃんとセナ様の想像どおりに着こなせておりますでしょうか?」
「…ああ、いや、想像どおりどころか、想像を遥かに超えてる、すごいな…よく似合ってる」
ユリアナを見て目元を赤らめ愛しむように微笑むセナ王子にまたも胸がチクリと痛む
「…それでは、わたくしもう着替えてきますわ」
踵を返しフィッティングルームに戻ろうとする私を
「は?」と言ってセナ王子が慌てて肩を掴み止めてくる
「なぜそんな急いで着替えようとする、
俺はもっとじっくり見たい」
「私はみて欲しくありません…」
「…意味がわからないな、こんなに美しくて、可愛いのに…それとも、このドレスはお前の気に召さなかったという事か?」
「そんなこと!とても素敵なドレスです。」
「ならばお前はそのまま着ていろ…
マダム、このまま着ていく、ユリアナの着ていたドレスを持ち帰れるように手配を、
それからまだ寄る場所もある、ドレスを動きやすいようにしてくれないか?」
「仰せのままに」
「セナ様!」私は眉を寄せて下唇を軽く噛んでいた
とても好きな人にドレスを贈られた女性のする顔ではないだろうにセナ様は目を細め言った
「何をイヤイヤしてるのかわからんが、あきらめろ
俺はまだまだそのドレスを纏ったお前を堪能したいんだ、俺は王族なんでね、根っからわがままが染み付いてる。公爵令嬢のお前よりもね」
そう言って不敵に笑ったセナ王子にまたも私は根負けして店員のなすがままにドレスを軽くされ
またセナ王子のもとへ戻る
そして店を出る時にはいつのまにやらセナ王子が購入したドレスの箱が用意されていて後から呼んだのであろう従者達が次々と乗ってきたのとは別の車に荷物を運んでいた
私とセナ王子はまたセバスの運転する車に乗り目的地のわからないどこかへ向かっていた
車中ではセナ王子が満足そうにニッコリしている
私は対して怒っていた
「どれだけ買ったのです?」
「…」
「言わないと家に戻ってから返しにきますよ」
「5着…いや10着…ああでも全部ちゃんと俺がお前に似合うと思って選んだやつだからいいだろう?
お前のクローゼットを公爵とお前の兄君二人が与えたドレスが占拠しているのが気に食わない、
少しでも婚約者として主張せねば…」
「そんな無駄な対抗意識でお金を使わないで下さい、父があのドレスの山を見たらそれにまた対抗しようと爆買いに走るのが目に見えてます!このような事は絶対もうダメですからね!」
「お前怒ると言葉使いが変わるのな」
「あっ…」
ユリアナの規制がどんどん外れてきてじがでてきてしまっている…
思わず口元に手をつく
「それも可愛い、笑ってようが、怒ってようが、
全部が可愛くてならんな…お前俺に惚れ薬でももったんじゃないか?はー、そうだとしても許せるな、
こんなに幸福でいられるならこれが薬の作用だろうとかまわんよ、俺は自分史上今が一番幸せだ。
お前を好きになって幸せだ」
「薬なんか盛ってません、
寧ろセナ様こそわたくしに盛っているのではありませんか?」
そうだとしたらこの気持ちにも素直に納得出来るのに、嫉妬ばかりの濁った感情、これが惚れ薬とかのせいならばどれほど気が紛れるか
「薬など盛る訳ないだろ、俺が一番欲しいものはお前の心だ、それを惚れ薬なんかで得られるなどと考える程俺はバカじゃない」
「…心…セナ様はわたくしのこの身と器量を好きになったのでは…」
「何言ってる、見た目に心惹かれたならばもう婚約したその日に夢中になっているはずだろ、もちろん今はお前の全てが可愛く美しく見えるから見た目も好きだと言えるが…」
「でも、わたくしの婚約者としての器量に気付いて好きになったのですよね…」
「いや、だから…器量良しなのもずっと前から知っている。お前が王太子である俺の婚約者として心を律して励んでくれた結果だと思って見れば何気ない普段の立ち振る舞いも全て愛おしいと思う。
でもきっかけはあの聖女の婚約パーティーの日だ
あの日、公爵家で見たお前の笑顔に…飾らない言葉に俺はお前の人となりを見て心を奪われた」
「あの日がはじまりだというのですか?
わたくしの…心を見て好きだと思ったのですか?」
(本当に…)
「ならば私がダンスが下手で目立たないくすんだ髪に黒の瞳をしていても良いのですか?
心に惹かれたというのなら私の身が今と違う別のもので肌も白くなくて、歳だってセナ様よりずっと年上でも私を好きになったとでも言うのですか?
そんなことございませんでしょ?この身を好いただけなのだと素直になればよろしいのに」
(どうしよう
私今、きっとひどい顔をしている…)
だって到底信じられない…心は期待しているのに、
それを打ち消すようにドロドロした感情が溢れ出す
瞳が揺らいで目尻から熱い涙が溢れた
その雫をセナ王子が指先で掠めとる
「…お前の情緒はどうなっているんだ?
触るなと言っておいてうっとりとした瞳を向けてくる俺を好きだと認めたかと思えば、またするりと距離をとる…お前は俺をどうしたい?
お前は俺がどうお前を好きならば納得できるんだ、
どれも全てがお前ではないのか?どれも全てが愛しいのではダメなのか?何をそんなに思い悩んでいるのか教えてくれ」
「わかりません。…うまく言えません…
でも、他では無く、私の心を求めて欲しいのです。」
とんだわがままだ
自分はセナ王子の見た目や才能も込みで彼を好きになっただろうに、相手にはそれを許さないなんて
間違っている、わかっているのにいつだって気持ちがついていかない
「だからさっきから言っているだろ
俺はお前の心を好いて何よりもそれを欲しがっていると、それを素直に受け止めてはくれないのか?」
「…」
返事をしない私に焦れてセナ王子が私の顎を掴み強引に唇を塞いだ
「よくわかった。
つまりお前は俺の事を信じていないのだな。
俺を好きだと言う自分の気持ちは信じられてもお前を好きだと言う俺の気持ちは信じられない。
そうなのだろう?だからそうやって勝手に悲観して泣くのだろ」
「セナ様」
向きを変えては押し付けるようにして唇を貪られ苦しくなって唇を開けばその先へ進もうとセナ王子の唇が開く、ハッとして力一杯セナ王子の胸を押した
「ダメです!」
「やっと手に入れたと思ったのにすぐこれだ…
でも良いさ、何度振り出しに戻ったって構わない
一生かけたって手に入れる。覚悟しろと言っただろ?お前が俺の気持ちを信じられないならこのまま婚姻してどちらかが死ぬ迄に信じさせるまでだ。」
セナ王子の碧の瞳が血走るようにギラついていて
私は身震いした
「セナ様…違うのです。私は…」
セナ様は私の額に口付けを落として悲しそうに笑った
「着いたようだ。
ユリアナ、この話はやめよう…俺たちはうまくいっている、お互いを思い合っているのだからなんの弊害も無いんだ。婚姻の儀が日取りもきまってマリッジブルーてやつになってるだけだ、花嫁は婚姻前に不安に駆り立てられるのだったな」
「そんなんじゃ…」
「ユリアナ!おしまいだ。
今から行く、お前と愛を誓い合うはずの場所で
ケンカなんかしたくない。」
「…それって」
ガチャリと車の扉が開く
セバスに招かれるように外に出ればそこには
ユリアナの最後の記憶、そのままのレスティア大聖堂があった




