21.アリス(アリス視点)
お読みくださりありがとうございます。
私は今、短髪黒髪の男性と対面している。
無造作な髪に長い指を差し入れて何か考えている様子に私は緊張していた。
先程までずっと圧を感じる話し方をされていたけれど今は隣にいるユリアナ様のおかげで私に対する態度が少し緩和された
テレビの特番で一度だけ彼を観たことがあった
普段ゲームなんてしない私でも友人に勧められて手を出したほど世間の話題を賑わせていたゲームのシナリオライターそれがこの人、夜月トオルだ。
その名は本名ではないのだろうと思いながらも私は彼に名を聞かないままずっと話を続けている
私にとってこの人の名など呼び名があれば事足りるので本題から逸れるような話題は出さないでいた、だから年齢も分からない、だけど20代後半くらいだろうなと思う。大人びている兄よりもずっと男性として完成しているようなしっかりとした大人の風格がある
圧が減り少しだけ心に余裕を取り戻した私は彼に気づかれない程度に観察していた
(…ユリアナ様を帰す事ばかりに必死になっていたし、ずっと怖かったからまともに観る事なんて出来なかったけど、この人…なんか…)
「…アリス君」
私の思考がある一つの事に目を向け始めていたその時、夜月さんが低い声で私の名を呼んだ
そうして私の思考はフッと彼に引き戻された
そうして夜月さんは両手指を顎の下で組み合わせ畏まった顔つきで言い聞かせるように、ゆっくりと話しだした
「『神』から君に伝言を預かっている。
君の元の身体である横山有栖の身は今セイオー世界にあるのは知ってのことだと思うが、あいつらは君に重要な事を伝え忘れていたようだ」
「重要な…事?」
私の問いかけにも彼はすぐに話を進めずに、
より私に伝わるように慎重に言葉を選んでいるような気がした。
(このはっきりと自分の意見を述べる人が、言い淀むなんて…)
彼は神様にどんな言伝を頼まれて、
私は何を言われるのだろうと不安がつのり
私は唾をゴクリと飲み込んだ
「君はおそらく、こうなる事まで考えてはいなかったかも知れない、知っていたなら君の選択も変わっていたかも知れないと思うんだが、落ち着いて聞いて欲しい…」
(…なに?)
自然にこの身体が震えだした
何か思いもよらない宣告を受けようとしている
そう感じ取った事に反応したんだろう
私の膝の上で震えがおさまらない手を横から伸びてきた暖かい手がギュッと握りしめる
私はその手の指をすがるようにギュッと握った
でもユリアナ様に意識を向ける余裕などなくて…
そんな私に無情にも宣告は下った
「…こっちの世界に、もう以前の君を、横山有栖を知る者は一人もいない。
君の存在は君が朱音の身に入った時点で『神』から全てクリアにされた。
君が横山有栖だと証明できるものはもう何も無いし、君の家族や友人、いや、この世界で生きる全ての人間が君が初めから存在しないという世界に記憶をすり替えられ、君の生きた痕跡すら跡形もなくこの世界から消したそうだ」
「はっ……はっ…は…はっ…」
言われた事を飲み込めなくて、理解はできても、
それを認めるなんて事できるはずもなく
まるで犬みたいに…小さく息を吐く事しか出来なくなった
「アリス!…アリス、ダメよ。息をちゃんとして、
しっかり吸いなさい!夜月さん!!」
いつものユリアナ様と少し違う声質で名を呼ばれて
もう…なにがなんだか…わからなくて…
ただ…苦しくて…息ってどう吸うんだっけ…
私はどうしていたっけ…
「ああ、クソ、
ちょっと待ってろ!過呼吸になってるんだ」
ガタ、ガシャン何かの落ちる音
「おい!君!しっかりしろ。ほら」
顔の近くで夜月さんの声がした
口と鼻を覆う様に何かをあてがわれ頭の後を支えられる
「大丈夫、
ゆっくり呼吸して……そう…いい子だ」
私を落ち着かせようとする夜月さんの声が聞こえた
私は生暖かい空気を何度も吸い込んで自身の目尻から涙が溢れて顔を濡らしていくのを感じた
(ああ…息…できる…私、生きてる…)
冷静を取り戻し、そっと顔を覆っていたものから
離れようとしたら私の頭を支えていた何かも力が緩んだ、はあと大きく息をついて掌で目尻をぐいとぬぐい前を見れば自分の口にあてがわれたものが
ストバのロゴが入った紙袋だとわかった
(過呼吸…はじめてなった)
「…もう落ち着いたようだな…はあ…
本当に勘弁してくれ…なんで俺がこんなめに…」
そう悪態をついて私の斜め横にしゃがんでいた夜月さんが立ち上がった
私の頭を支えていた力がそれと同時に離れていき
この人の手だったのだと気づく
「す…すみません、取り乱して…」
「アリスは悪くありません。あんな話をされて冷静でいられる人などいないわ、夜月さんがもう少し配慮されるべきだったと思います」
「悪かったな!これでも充分配慮したつもりだ。
どう伝えた所でショックを受ける事は変わらないだろ。俺は伝言を受けただけでこの件に関しては全くの部外者と言ってもいい。
ああ、もう知らん!間に入るのも限界だ。
ちょっと待ってろ、今俺のアクセスをきって、変わりにユリアナ、東堂由梨の脳内に直接アクセスするように『神』にコンタクトとるから!
この件に関してはもうそっちでやってくれ」
そう言って夜月さんは部屋を出て行った
ユリアナ様は東堂由梨さんの綺麗な顔を
悲壮に歪めて苦笑した
「…アリス。どうやら準備ができたみたい…
『神』様の言い分を私があの人の変わりにあなたに伝えるわね」
そうしてユリアナ様が言葉を選んでゆっくりと
私の様子を伺いながら話してくれた
私が聖女アリスとしてセイオー世界で過ごしていた二年程の月日は、こちらでは換算されていなかったものの、私が東堂朱音の身に入ってからこちら側で人生を過ごすと横山有栖が行方不明の状態となり今のご時世そのまま世間が放置してくれるものでも無いし私と深く関わっていた人間の人生も大きく歪みが生じる事になるらしい
『神』が創造した世界に書き換えを行うとき、
それには選択がつきものなんだという事を知った
何を増やし何を変えるか、何を残して何を捨てるか
『神』はその選択をする時、指針にしている事があるという
後腐れがあるかどうか、一言で言えばそれだけらしい
でもユリアナ様はその一言の意味にはもっと深くて繊細な事柄が含まれているのだろうと言って、この世界をうまくコントロールするのに今回の事は必要な処理だったのだと私が納得できるように話してくれた
つまり、まとめると、
私は予定通りこの新しく切り替わった世界で
東堂朱音として生きるしかなくて、
元の私を知る人がこいしくなって自分が本当は横山有栖なんだと話した所でその意味すら成さないという中生きるという事だ
今あるこの世界に横山有栖ははじめから存在しないのだから
「…ありがとうございますユリアナ様
よくわかりました。これが、私が望んだ私がしたことの対価で、私が、私自身で自分の存在を捨てたのだとやっと本当の意味で理解できました。
そう、私には願いがあって、どうしても成就したい思いがあって…この東堂朱音さんの身ならばそれが叶うのだと、『神』様のお墨付きならそれで充分です。私は私がほしい人を手に入れて幸せになってみせます。」
「…そう。わかったわ」
「…びっくりしたでしょう?
レスティアの救世主が、聖女なんてよばれてた女がこんな悪女で…」
「いいえ…ただ。私も知りたいなと思ったわ
あなたのその抱える気持ちを…それが、どんな分類の感情かは大体わかるのだけれど、私はあなたのようになった事も、考えた事すらないから、自分を捨ててまで手に入れたい誰かなんて私にはないもの、あなたに上手に寄り添ってあげられないのがただ悔しいって思うわ」
ユリアナ様の言葉にまた泣きたくなった
震える心をぐっと堪えて笑顔を作った
ちゃんと笑えていたかわからないけど、ユリアナ様は由梨さんの形のいい唇を静かにあげてこう言った
「私が帰るまでに、幸せになったあなたをちゃんと私にみせてちょうだい…私が貴方に望むのはそれだけよ」
「ありがとうございますユリアナ様」
そうして、しばらくして夜月さんが戻ってきた
私は東堂朱音として生きる事を夜月さんに伝えて
夜月さんは一言「ああ、そう、わかった」とだけ言った
ユリアナ様がセイオー世界に戻るのは『神』様とユリアナ様が交渉してしばらくまってもらえる事になった。
「夜月さん、私も『神』様とお話ししたいので、たまに今日みたいにかわって下さいね」
ユリアナ様が夜月さんに対した事で無いようにお願いした
「はあ?なんでだよ、いやだ」
きっぱりと吐き捨てる夜月さんにユリアナ様が距離を詰めた
「いいではないですか、どうせしばらくしたら私はあちら側に帰るのですから」
ニコニコと人の良さそうな笑顔を振りまくユリアナさまと真逆に心底嫌そうな夜月さん
(なんだかユリアナ様いつもより楽しそう)
「それから、私を創造した言わばこちら側にいる間の保護者として、こちらの世界を見物体験する予定の私に付き合って下さいね、創造主様」
「それこそなんでだよ!ユリアナは東堂由梨さんの記憶があるし、その身は大人なんだから一人で何処にでも行って好き勝手体験できるだろ!」
「わたくし、由梨さんの記憶で知ってしまいましたの、この世はカップル限定とか、カップル割引なるものやサービス、恋人としか入れないカフェなどなどがある事を、
由梨さんが戻った時に人間関係を複雑に変えてしまうわけにはいきませんし、でもわたくしは帰るまえにここでしか体験できない場所へ行ったりサービスを受けたいですし、そうすると、夜月さんしか相手がいません。消去法でよろしくお願いしますわ」
「いや、ほんと、今すぐ帰ってくれ!
ああ、そうだ。これから書く小説にそーゆう施設とか色々織り交ぜておくから!それならあっちでもセナ王子と体験できるだろ?」
「…殿下とそのような場所に行ける訳ございませんでしょ?何人の護衛をつけてかねばならない事か、想像しただけで膨大な下準備と人件費が浮かびます。面倒でしかありませんからこちらで貴方とすませたほうが手っ取り早いです」
「なんだそれ!?なんだその冷めた反応!?
どうなってんだいったい…」
夜月さんの顔色がどんどん悪くなっていく
自分のシナリオ通りにキャラクターが動いていない事に困惑しているのかも知れない
「とにかく、由梨さんは平日は仕事で忙しいようですから土日に会いに来ますね、
仕事で関わる事は無いと思いますが会社で顔合わせたら挨拶くらいはして下さいね、社会人の基本です」
「クソ、できるOLみたいな事言いやがって…
あっ、ちょっ!?」
ユリアナ様が夜月さんが手元でいじっていたスマホを取り上げてさっと由梨さんのカバンからスマホを出して
何をしてるのか横からみていれば
ささっとSNSアプリを立ち上げて
ピロリンとスマホの音が鳴った
(あ、連絡手段を登録したのか)
「はい、どうぞ、お返しします。
このレイムというアプリがこの世界で一番需要のある連絡手段のようですから登録しておきました」
「しておきましたじゃない!お前本当にユリアナか!?そんな子に育てた覚えは無いぞ!」
「私も貴方に育てられた覚えはありませんが、十八年間ユリアナシンフォニアとして生きてます」
「キャラクターの生みの親としていってるから!
はあ、ダメだ…喋ると俺の中のユリアナのイメージが崩壊していく…このままじゃ小説が書けなくなりそうだ…こわい…お前こわい…」
さっきまでしっかりした大人の男性にしか見えなかった夜月さんが人が変わったように怯えてなんだか
頼りなくみえる
それをユリアナ様が嬉しそうにニッコリと笑って見つめていた
それにしてもこの東堂由梨さんはユリアナ様の姿に似ている不思議な偶然はあるものだ。
(そして…夜月さんも…中々どうして…)
「今日が土曜日で良かった、さ、行きましょうかアリス、ああ、そうだった。私は由梨で貴方は朱音な
のよね…では、帰りましょ、朱音」
そう言って入り口の前でユリアナ様が笑った
「は…う、うん。行こうお姉ちゃん」
この身体の記憶だろうか、
目の前にいるのは姉なのだと意識したら
記憶に馴染んだ言葉が漏れた
私は東堂朱音になったんだ…
私は二年ぶりに会う大好きな兄との再会を思った
もう妹ではない、この姿での再会を…
次話もアリス視点となります




